第3話 コータ、現実世界に居た頃の夢を見る。
「――こんなこと出来る訳ないよ!」
「あぁ!? オマエ、俺たちに逆らうのかよ!?」
「……そんな訳じゃ、ない、けど――」
「お前は黙ってコッチの言うことを聞けばいいんだよ!」
口答えするな、と力一杯殴られた。
僕は結局彼らの命令には逆らえないのだ。
「お前みたいな弱っちいのが金を受け取りに行くからこそ、アッチは信じるんだよ! ……な、分かるだろ?]
実際、老婦人を標的にした受け取り詐欺は成功した。
「――無理だよ! ねぇ、こんなことやめようよ!」
「いいんだよ! お前みたいなのが売人ヤッてるなんて誰が思うよ? 警察だって絶対分からねぇよ」
「なぁ簡単な仕事だろ? 街でスマホ見ながら突っ立ってるだけで、あちらさんから話しかけてくるんだから」
「……最悪捕まったとしてもオマエはまだ未成年なんだから実名報道はされねぇって」
そう言いながら彼らは大笑いする。
実際捕まらなかった。
彼らはそのお金で毎晩毎晩豪遊していた。
一方僕は四畳一間風呂なしトイレ共用のアパートで毎日毎日怯えながら暮らしていた。
また彼らが何か言ってこないだろうか?
警察が僕の犯行だと気付いて捕まえに来ないだろうか?
全く気が休まらない毎日。
特に静かな夜は少しの物音でも目が覚めた。
地獄のような日々だった。
次第に大学へ行くのもアルバイトに行くのも億劫になった。
必要最低限の買い物以外は家から出ないようになった。
死ぬ勇気もない。彼らの頼みごとを断る勇気もない。
昔からそうだった。
小学校から高校まで彼らに付きまとわれ、万引きさせられるのはお菓子から始まり、やがて数千円のゲームソフトにまで及んだ。
ストレス解消と称してサンドバッグ代わりに殴られることもあった。
どうしても大学だけは離れたくて必死に勉強し、何とか東京の大学に入った。
だけどまるで追いかけきたかのように、偶然彼らがアルバイト先に現れた瞬間、僕は全てを諦めたのだ。
昔の僕は夜を怖がる子供だった。
共働きの両親はいつも僕が寝た頃に帰ってくる。
心細い思いをしている僕をずっと守ってくれていたのはモモだった。
モモはずっと僕の側にいてくれた。
僕が学校でいじめられ泣かされて帰ってきたとき、一生懸命慰めてくれたのは『彼女』だった。
学校のテストで頑張って100点を取ったとき、一番最初に喜んでくれたのも『彼女』だった。
リコーダーの練習に合わせて歌ってくれたのも『彼女』だった。
本の朗読の宿題に付き合ってくれたのも『彼女』だった。
絵の宿題のモデルになる為にじっと動かずに我慢してくれたこともあった。
毎晩毎晩一緒にご飯を食べてくれた。
毎晩毎晩一緒の布団に入ってくれた。
寒い夜は体を温めてくれた。
怖い夢を見て真夜中に起きたときも、一緒にトイレに付いてきてくれた。
彼女は僕が生まれたときから、ずっと僕から離れることなく見守ってくれていたのだ。
僕にとってモモ無しの人生は考えられなかった。
だから彼女が死んでしまったあの日、僕は自分の一番大事な部分を失ったのだ。
そこからの人生は最悪だった。
どれだけ彼女に助けて貰っていたのか、彼女がどれだけ僕の心を守っていたのかを思い知る日々だった。
どれだけ僕は彼女に依存していたのだろう?
どれだけ僕は彼女に大切にしてもらっていたのだろう?
嬉しい思い出、楽しい思い出は全て彼女と共にあった。
その彼女がいなくなったことで、僕は何を支えに生きればいいのか分からなくなった。
そもそも何が幸せなのかが分からない。
父や母と一緒にいる意味もイマイチ理解できなかった。
何故ならモモと一緒にいる時間の中にこそ、彼らとの時間があったからだ。
まずモモがいて、そして次に両親がいる。
僕の人生における価値基準はモモだった。
それは彼女が死んでからも変わらなかった。
寂しくなれば、いるはずのないモモを無意識のうちに探していた。
僕はモモのいないセカイで生き続ける自信がなかった。
『――大丈夫だよ。もう何も心配いらないからね。誰もコータをいじめたりしない。私が誰にも手出しさせないから。……コータは私だけのコータだからね。ずっとずっと一緒だからね。ゆっくりお休み――』
不意に優しい声が響き、頭を撫でられる。
暖かい。幸せで心が満たされていく。
それだけで僕はゆっくり眠れるような気がした。