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第29話  コータ、ネリー王女と再会する。

 

 もう冬がそこまで来ていて、王宮内の廊下にも暖かい恰好の人たちが増えてきた今日この頃。アンジェリカは僕を抱っこして廊下を進んでいた。例によってマユミも斜め後ろに控えている。

 そろそろ彼女の部屋だという曲がり角で、僕たちはフネフネと動く未確認飛行物体を発見した。

 ……またねこじゃらし?

 前回より数倍大きく、動きも妙にリアルで気持ち悪さが前面に出ている。

 アンジェリカはそれに釘付けになり、一歩も動けず固まってしまった。

 

≪……アンジェリカ?≫

  

 どうやら僕の声も届いていない。

 アンジェリカは無言のまま、それに吸い寄せられるように一歩一歩進んでいく。

 ねこじゃらしは巧妙に彼女を誘引すべく、角から出たり入ったりを繰り返す。

 (たま)らず彼女がそれを早足で追いかけて角を曲がった瞬間、全身が柔らかく包まれた。ふにょんとしたあの懐かしい感触。


「……まさか、本当に成功するとは思っていなかったわ!」


 やっぱりネリーさんだった。

 

 

 アンジェリカようやく我に返ったのか、ハッとした表情で自分を包む存在の顔を見上げる。


「コータ君が引っかかってくれたものだから、アンジェリカも……なんて思っちゃったのだけれど、『案ずるより産むが易し』とは言ったものね? ……こんなことなら()()()()っからこうしていれば良かったわ」


 どこか呆れた様に笑うネリーさん。

 対照的にアンジェリカは彼女の豊かな胸元でブスーっとした表情だ。

 不穏な視線を感じて下を向くと、マユミが愕然とした表情で僕を見つめていた。

 あなた、まさかあんなのにひっかかったの? とでも言いたげに。

 これは僕の信用に関わるから断固として主張しないといけない。

 僕はアレに引っかかった訳ではなかった。あまりにもネリーさんが必死に振っていたものだから、可哀想になって近付いただけだ。


「小さいコータくんがあのサイズのねこじゃらしだったということは、大きいアンジェリカならばもっと大きくしないとって思ったの。……徹夜して頑張った甲斐があったわ!」


 っていうか、やっぱりコレねこじゃらしだったんだ。

 近くで見るとウネウネが更に気持ち悪い。

 これを徹夜で作る感性が理解できなかった。


「はいはい、みんなこっちにいらっしゃい」


 三人三様で眉間に皺を寄せる中、僕たち一行はネリーさんの部屋に連行されていった。



 程よく温められた部屋で、ネリーさんとお手伝いさんが手際よく茶の準備するのを、アンジェリカは文句も言わず行儀よくソファに腰掛けて待っていた。

 彼女の横をはじめとした空席にはぬいぐるみが沢山座っている。

 まだ作りかけのようなものも転がっていた。

 アンジェリカはチラチラと横目でそれらを見つめる。

 ネリーさんがそんな様子の彼女に微笑んだ。


「……それは私の趣味なの。子供たちから欲しいのを聞いてから作り始めるのよ。……お土産に持っていったら物凄く喜んでくれるわ」


 彼女の言う子供たちというのは例の保育園に通っているあの子たちだろう。

 部屋を見渡すと真っ先に目が行くのが、アンジェリカのものよりも更に巨大なベッド。その枕元には僕そっくりのぬいぐるみがあった。

 ソファに座っているやつのようなデフォルメしてファンシーな感じだったらいいのに、僕だけ妙にリアル志向。自分のはく製を見せられたみたいで寒気がした。



 準備が終了して、お手伝いさんは僕たちに軽やかに一礼をして去っていった。

 ネリーさんがアンジェリカの前にカップを置いて着席する。


「……何か御用でしょうか?」


 アンジェリカは憮然とした表情そのままの硬い声で切り出した。


「ううん、用があるのはコータ君の方よ。貴女はただのつきそい。……置いて行ってくれるならば帰ってくれてもいいわよ?」


≪そんな言い方!≫


 僕は伝わらないのを承知で苦言を伝える。


「ん~! かわいい!」


 だけどネリーさんには通じず、アンジェリカから僕を取り上げて頬ずりし始めた。すぐさまアンジェリカが奪い返す。


「もう、一晩ぐらい貸してくれてもいいのに……」


 またあの変な雰囲気の中で過ごすのかと憂鬱(ゆううつ)な気持ちになっていると、マユミが身を乗り出した。


「……あの、私は西本真由美と申します。実は私の家は特殊な事情でお金が無くてですね、大学進学を諦めていたのですか、ネリー様が前世で創設された財団の無利子で返済無期限の奨学金制度を使って大学に通うことが出来ました。今ここで感謝を伝えるのは違うかも知れませんが、改めて有難うございました!」


 はきはきとした、いつものマユミらしからぬ緊張した言葉遣いで頭を下げる。

 ネリーさんは不意打ち気味の彼女からの発言に目を見張る。

 アンジェリカはもっと驚いた顔をしていた。


「あら? そうだったの? ウチの奨学金って相当切羽詰まっていないと借りられないのよね? 裏でちゃんと調査するから。本当に必要なところにだけにしか提供しないことで有名だったのよ? ……貴女、本当によく頑張ったんだね? 凄いわね」


 ネリーさんは軽やかにソファから降りると、片膝を付いてマユミの頭を丁寧に撫で始める。

 彼女の思わぬ行動に犬であるマユミの目から大粒の涙が零れた。

 



「――アンジェリカも気付いていると思うけれど、私はどちらかというと性格の悪い人間だわ」


 再びソファに座ると今までと違う鋭い視線で僕たちを見渡した。

 おそらくこれが彼女の本当の姿だと直感する。

 アンジェリカの緊張が腕を通じて僕にも伝わった。


「マユミさんのように助けるべき人間は全力で助けるけれど、その必要のない人間を甘やかすつもりはない。恵まれた立場にありながらそれを有意義に行使できない人間を軽蔑する。立場に(おご)って誰かを虐げるようなクズ人間は全力で叩き潰す。……さて、アンジェリカ貴女はどうなのかしら?」


「……どうって?」


 彼女の剣幕に飲まれたのか、アンジェリカの声が擦れる。


「恵まれた立場に生まれた自覚は? ……当然あるわよね? このセカイは前世を真っ当に過ごした、もしくは不遇なままでも頑張って寿命を全うした者たちへのご褒美。貴女はさぞかし立派に前世を生き抜いたのでしょう。犬の身でありながら王族の一員に選ばれる程の高潔さは、素晴らしいものだったと容易に想像できるし、惜しみない賞賛を贈るわ。……その結果として、貴女は普通の人と違う生活をさせて貰っている。でもそれを許してもらえるのはそれなりの責務を背負っているからよ」


「……責務」


 アンジェリカは噛みしめるように呟いた。

 ネリーさんに言われるまでもなく、彼女は出会った頃からその覚悟をしていた。

 いつか何かを背負わされることぐらい、ちゃんと自覚していた。

 ――いつか。


「貴女は犬だったということもあるから、ある程度の猶予を与えて貰っていたし、今もその時間の中にあるのだと思う。周りの者たちも貴女をどう扱えばいいのか考える時間が欲しかったし、ね? ……だけど今の貴女を見れば、コータ君やマユミさんをはじめ他の方々との知己を得たことで、すでにある程度の分別を得たのではないかと思えるの。……特にマユミさんを得てからの、ここ数ヵ月の成長には目を見張るものがあった」


 アンジェリカは無言だったが、ネリーさんは彼女の表情をじっくり眺めてから微笑んだ。


「……だから()は貴女を()として扱うと決めたわ。()である私がきっちりとシステムの駒としての責務を(まっと)う出来るよう、成人するまでにちゃんと教えてあげる」


 彼女はアンジェリカを非難しているのではなかった。

 自分が責任をもってこのセカイの王族としての振る舞いを身に着けさせるいう善意の申し出。

 アンジェリカもそれが理解できたのだろう、硬いそれでいて決意に満ちた表情で大きく頷いた。


 

 ネリーさんは真剣な顔を一転させて微笑む。

 それに呼応するかのように、アンジェリカの身体からも力が抜けた。


「今、姉だの妹だのと話をしたけれど、正直なところピンとこなくてね?」


 ネリーさんが全てをひっくり返すようなことを言う。

 ちょっとフィリップ王子に似てるかも知れない。


「ホラ、私の家族っていうのは、やっぱりあのセカイで一緒に暮らした人たちのことだから。貴女だって似たようなモノでしょう? ……ここのセカイのお父様やお母様といっても基本的に他人だし、仕事以外で積極的に関わることもないから同僚って感覚に近いのかもね? 無理してプライベートの時間に逢いたいとまでは思わない」


 アンジェリカも小さく頷く。

 むしろ彼女はずっと家族を避け続けている。

 その証拠にいつも一緒にいる僕が知っているのは、積極的な手段を使ってきたネリーさんと何度か呼ばれた王様だけ。

 いるはずのお母さんもお兄さんも会っていないし、他に兄弟がいるのかも分からない。


「でもね? 最近の貴女を見てると可愛いらしくて。……一緒に居てもいいかなぁなんて思っちゃったりする訳よ」


 照れたように笑うネリーさんが素敵だった。




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