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第28話  マユミ、シンシアと意見交換する。

 

 アンジェリカは不機嫌さを隠そうともせず、ずんずん進む。

 彼女は私たちやフィリップ王子、侍女のナタリーたちにそのような姿を見せることはあっても、一歩部屋から出れば王女の振る舞いを崩すことはない。

 休日と言うこともあって、それほど人通りは多くないのだが、それでも人目はある。みんな彼女の珍しい姿に驚き道を開けた。 


「――コータの馬鹿! 結局コータはおっぱいが好きなんだよね!?」


 いきなりの発言に視線が一気に集まった。

 大声でそんなこと言わないの!

 私の咎める視線もアンジェリカには届いていない。

 完全に我を忘れている様子だ。


「ネリーお姉さまっておっぱい大きいもんね! でも元々はシワシワのおばあちゃんなんだからね!」


 いきなり飛び出したネリー王女の名前に、周囲からは聞いてはいけないようなものを聞いてしまったのではないかと、不穏な空気が漂う。 


「コータは大きいおっぱいが好きなんだね? あんなデレデレしちゃってさ。……私のはちっちゃいからダメなんだ? だって、いつもこんな風に押し付けても全然デレデレしないもんね?」


 アンジェリカはそう叫びながら、コータを胸にガンガン叩きつける。

 彼は悲壮感漂う声できゃんきゃんと鳴いて何かを伝えた。


「そうなんだ? 痛いんだ? そうだよね、私って胸ぺったんこだもんね? もしかして死んじゃうのかな? 十歳の女の子のおっぱいに叩きつけられて死んじゃうのかな? ……おあいにく様! どれだけ痛い思いをしてもコータは死なないから、死ねないから!」


 そんな物騒なことを叫びながら早足で歩くアンジェリカとその腕の中できゃんきゃんと鳴くコータ。異様な雰囲気を纏ったせいで注目される二人から私はちょっとだけ距離を取る。


「……どうだか」


 コータの囁くような鳴き声にアンジェリカは小さく呟いた。

 何か弁解めいたものをしたのか、ネリーさんを庇ったのか。

 どちらにしろアンジェリカの怒りは収まりそうになかった。

 コータが助けを求めるようにこちらを見てくるが、それを無視する。

 流石に今回ばかりはコータが悪い。

 少しは反省して女心を勉強するべきだった。



 そんなことがあって翌日――。


「ねぇ! シンシアもヒドイって思うよね?」


 早速アンジェリカは放課後のカフェテリアで彼女に泣き付いた。

 シンシアさんはあの日アンジェリカ一世一代の謝罪を笑顔で受け入れてくれた。

 このセカイ来てから最大のピンチを乗り越えた彼女は、今まで以上にシンシアさんにベッタリとなった。彼女もアンジェリカを可愛がってくれる。

 本当にありがたい話だった。 

 シンシアさんはアンジェリカの恨み交じりの話を最後までちゃんと聞いてからコータを睨む。

 コータはアンジェリカの腕の中で神妙な顔をしていた。


「なるほどね。……で、実際どんな感じだったのかしら?」


 彼女が同じく椅子に座っている私に尋ねてくる。

 行儀が悪いのは承知だが、身体が大きさ的にこの方が二人と視線が合うので都合がいいのだ。 


「……鼻の下を伸ばした犬など生まれて初めて見ました」


 私が見たまま正直に答えると、「それは是非拝んでおきたかったわね」と彼女が盛大に笑いだした。


「笑いごとじゃない!」


 慰めてもらおうと、ついでにコータを叱ってもらおうと思っていたアンジェリカは、アテが外れたのかプリプリと怒り出す。



 ひとしきり笑った後、ようやく落ち着いたのかシンシアさんはゴローさんをテーブルの上に乗せて頬杖を突く。


「男ってホントにバカよね。……思えば私から()()を奪っていった女も雰囲気フワフワで胸がボインボイン、そして脳ミソがスッカスカだったわ。……もう恨みはなくなったけれど、ね?」


 彼女の言葉で私たちの視線がゴローさんに突き刺さり、今度は彼が神妙な顔で俯いた。

 女三人に睨まれた男二人――もとい二匹は伏し目がちに目を合わせる。

 シンパシーでも感じてるのだろうか。


「今から女同士の話をするから、男はあっちに行ってなさい」


 シンシアさんがゴローさんを地面に下ろすと、アンジェリカも同じようにコータを下す。

 二匹は頷くと無言のまま少し離れた花壇に近付いていた。

 その背中に哀愁が漂っているのは気のせいではないはず。

 それを女三人で黙って見送っていたのだが、シンシアさんがハッとしたような顔でそれを追いかけた。

 彼女はしゃがみ込むといつもアンジェリカがしているように手をかざす。

 ゴローさんの身体が微かに光った。


「……これでゴローも話せるようになるわ」


 風に乗ってそんな言葉が聞こえてきた。

 私はアンジェリカで顔を見合わし、自然と笑顔になる。

 シンシアさんはそんな私たちを睨みつけながら椅子に腰かける。

 耳が真っ赤になっていた。

 彼女は照れ隠しで咳払いすると真面目な顔を作る。


「――ネリー様は我が国でも美人で頭が良くて、国民の為にいろんな政策を打ち出してって感じの有名人よね? ……元飼い犬が相手にするにはちょっとばかり分が悪いかもね? 別にアンジェリカの能力云々じゃなくて前世での経験値的な意味で、ね?」


 そこからシンシアさんが彼女の説明をしてくれた。

 次期王様の座は兄に譲ると公言こそしていないものの、彼女自身は狙っている様子を見せていないこと。

 前世では莫大な資産を身寄りのない子供たちの為の施設や教育資金へ豪快につぎ込んだことで有名な女傑だったこと。

 彼女が日本にいた頃の名前を聞いて、私も驚いた。

 かつて大学へ行く為の奨学金を出してくれたのが彼女の財団だったのだ。

 どうやら私の恩人でもあるということらしい。


「――今の私たちの年齢の頃からひっきりなしに縁談が舞い込んでいたらしいけれど、夫は絶対にこちらに来るはずだからそれを待つと宣言して、全て突っぱねたらしいわ。実際前世の夫がこちらのセカイに転生すると、探し当てて婚約したそうよ」


 こちらのセカイでも一緒になるという非常に稀なパターンだという。

 そのあたりの一途さも彼女の人気を支える要因らしい。


「そうよ! だからコータに付け入る隙はなんてないのに! それにネリーお姉さまって本当は性格だってすっごく悪いのよ! 私には分かるんだから!」

 

 それは薄々気付いていた。

 いわゆる、敵と見做(みな)した人間に対して容赦しないタイプだ。

 でも逆に言えば、あの女性は気に入った人間に対しては、徹底的に甘やかして構おうとするんだろうなとも思う。

 そしておそらくアンジェリカは相当気に入られた。

 それが彼女にとって幸せなことかどうかは分からないけれど。


 

 アンジェリカはトイレに席を外し、シンシアさんと二人きりになった。

 彼女が私に顔を寄せる。


「で、今のうちに聞いておきたいのだけど、アンジェリカってコータとネリー様との仲を心配しているみたいだけど――」


「はい、どう考えてもコータ自身にその気はありませんね。……ちょっとスケベなところがあるのは否定しませんが」


 完全にアンジェリカの思い違いだ。


「それより私が気になったのはアンジェリカのコータ君への気持ちよね? 最初の頃は飼い主気取りの独占欲だと思っていたんだけど、ここ最近ちょっと変わってきたわよね? あれは完全に執着よ」


 素晴らしい観察眼だと思う。私も身を乗り出した。


「はい実は――」


 シンシアさんとケンカした後、立て続けに王子ともケンカしたことを伝える。

 王子のあのデリカシーの無い切り出し方には私もカチンと来た程だった。

 でも今ならば彼はアンジェリカを激昂させたかったのだと分かる。

 だけど釣れたのは私だったという話。

 気が付けば話の流れと関係のない自分の意見をぶちまけていた。

 みんなドン引きしていていたが、結果オーライだったらしい。

 帰り際レイモンドさん(絶対にじいやさんなんて呼び方はしない!)から感謝の眼差しをもらったとき嬉しくて体が震えた。 

 王子はあの日、アンジェリカとコータに現実とこのまま進むと待っている未来を突き付けた。

 私ではあそこまで踏み込めなかった。

 ――さらに昨日のネリー様との件があって。

 この一連のケンカ(?)は、『コータ()どうなりたいのか考えろ』という大人からの宿題でもあった。

 そして彼女はそれに答えを出しつつある。


「……これって絶対に恋よね?」


「はい、間違いないかと」


 どう考えても元犬の恋愛ごっこの域を超えていた。

 もう完全に女の子だった。

 女の子のアンジェリカが男の子のコータと一緒に居たいと考え始めた。


「で、王子はどうなの?」


「最初こそ本気で婚約を考えていたみたいですが、当のアンジェリカがコータしか見ていない状況ですし、何より最近の彼を見ていると完全に保護者のように感じます」


「……なるほど」


 シンシアさんが頬杖を突きながら何かを射抜くかのような鋭い目をして頷く。


「……あとはコータ君次第ってコト、か。これは何が何でも研究を成功させないと!」


 シンシアは俄然やる気が出てきた感じで腕まくりした。




「……で、マユミさんはどうなの? 貴女だって私の研究の恩恵を受けられるのよ? 誰か気になっている殿方がいるのではなくて?」


 その言葉に一瞬固まってしまう。

 不意にあの方の優しい笑みが脳裏に浮かんだ。


「いえ、私はそこまでは……」


 流石にこんな迷惑は掛けたくない。


「あらあら、いるんだ?」


 しまった!

 そんな人はいないと否定するべきだったか?

 どう二の句を継ごうと考えていると丁度いいタイミングでアンジェリカが姿を見せた。助かったと心の底から安堵する。


「……残念。この話はまた別の機会にね?」


 彼女は逃がさないぞと言わんばかりのウインクを寄越した。



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