第23話 シンシア、ハロウィンを楽しむ。
私はゴローを腕に抱き、夕方の城下を歩いていた。
今夜は街全体を使ってのお祭りだ。
普段では見かけないような恰好をした人々とすれ違う。
道脇では物語のお姫様のような衣装を身にまとった女の子たちの集団がキャッキャと騒いでいた。
考えてみればアンジェリカだって毎日お姫様のコスプレをしているようなモノ。
私だって他人のことを言えた義理じゃない。あの頃は白衣しか袖を通さなかったのに、今では毎日ヒラヒラした服を着ているのだ。
周囲を見渡せばイヤでもオレンジ色の小物が目につく。ところどころカボチャのオブジェも。ごく普通の収穫祭だったはずなのに、ここ何年で随分と様変わりした。今となってはすっかり――。
「……これって完全にハロウィンよね?」
私は一人、ゴローにしか聞こえない声で呟いた。
普段なら絶対にこんな騒がしいところには寄り付かないのだけれど、アンジェリカに誘われてついついやってきた。
……本音を言えばこういうのもそれ程嫌いじゃない。
昔は吾郎とも休みを合わせて巨大テーマパークに出掛けたものだ。
そういう意味では今夜もダブルデートみたいなものだろうか。少なくともアンジェリカはそう考えているはず。
せっかくなので私もそう思うことにした。
待ち合わせ場所に着くと、一足先に来ていたアンジェリカが手を振っていた。
こっちのセカイでは絶対に見ない婦人警官の恰好をしているので物凄く目立つ。さしずめコータ君は警察犬といったところだろうか。
「――おまたせ」
私が近付くと、彼女が『どう?』言わんばかりに澄まし顔でポーズを決める。
「思い切った衣装よね。……うん、凄く可愛いわよ」
私が褒めてやると彼女はくすぐったそうに微笑んだ。
「コータ! 可愛いって言ってもらっちゃった!」
そして満面の笑みを浮かべながら腕の中のコータ君に顔を埋める。
イチャイチャしちゃって、ホントうらやましい。
「シンシアも似合ってるよ、……魔女っ子」
今夜は私も頑張ってみた。本当にガラじゃないんだけど。
普通の恰好なら逆に浮いてしまうかもしれないし。――となんだと言い訳して。
猫のゴローと一緒ならやっぱり魔女かなってコトを考えながら、ここ数日をそれなりに楽しく過ごしてしまった。
「……ありがとう」
でもやっぱり恥ずかしい。
やめておけばよかったかなと、ほんの少しだけ後悔した。
大通り沿いには所狭しと屋台が立ち並んでいる。
……ハロウィンってこんな感じだったろうか?
そもそもこのセカイの人間は、ハロウィンに馴染みがない昭和の時代を生きてきた者たちばかりだ。最近転生した私だってそれ程詳しいと言えない。
だけど日本人特有のお祭り気質なのか『下界でやっているんだから、自分たちもやりたい!』っていう変な対抗意識が芽生えたのだろう。でも結局ノウハウがないから、縁日みたいな感じに落ち着いたという。一応並ぶ屋台がちょっとだけ洋風なのが一定の努力を感じさせた。
ケーキとかクッキーとか。
……フランクフルトとかベビーカステラとかチョコバナナとか。
アンジェリカはそれらの屋台に片っ端から顔を出した。
「ちょっと食べ過ぎじゃない?」
「いいじゃない。ハロウィンなんだから!」
その言い訳の仕方が酒飲みのおっちゃんを連想させる。
「――ハロウィンと言えば、僕があのセカイに居た頃、軽トラがひっくり返された事件あってね」
コータ君がアンジェリカの腕の中で話し出す。
「軽トラって後ろから乗り込むやつよね?」
……犬の発想では多分そう。
「悪ノリした人たちが車をひっくり返してね。監視カメラやらケイタイのカメラで映っているのが証拠になって結局全員捕まった」
「バカだね~」
「祭りで調子に乗っちゃったんだろうね。群集心理ってヤツよ」
昔から花見でもなんでも勢いでやらかす人間はいた。
ハロウィンだって例外じゃないだろう。
「まぁ彼らは死んでもシステムがちゃんと拒絶してくれるだろうね。……そんな祭りの熱も制御できないようなバカに来られても困るし」
アンジェリカが口元を歪め、冷たく言い放った。
祭りの最中でもアンジェリカはコータ君を構い続けた。
いつものように甘やかすだけではない。彼に注目する人の視線に対して過敏に反応し、必要以上に警戒して強く抱きしめる。前から気にはなってはいたが、最近のこれは少々度を越している気がした。
コータ君も困惑している感じだ。
「ねぇ、もうちょっとコータ君の好きにさせてあげたら? そんなにピリピリしないでもっとお祭りを楽しもうよ」
私がさりげなく諫めると、アンジェリカは心底不思議そうな顔をするのだ。
「コータは小さいからね。私がちゃんと抱いてあげないとダメなの。……それにちゃんと私たちは楽しんでるから安心して」
確かにコータ君は頼りない部分があるけれど、このままだと彼は本格的にダメになる気がする。
基本的に主と召喚獣とは主従関係にある。加虐者と被虐者の一面も否定はしない。そもそも呼び寄せる為に相手の命を奪うのだ。
だけどアンジェリカはコータ君をパートナーとして扱っている。
召喚術の性質上決して避けることの出来ないわだかまりさえも、二人の間には全くと言っていいほど存在しない。
それは本当に素敵なコトで、私もゴローとそうなりたいと願っている。
だからこそ、ちゃんと伝えてあげないといけない。
「コータ君はちゃんと自分で考えることが出来るの。もっとコータ君を信用してあげなよ」
アンジェリカが再びきょとんとした顔をする。おそらく私が何を言いたいのか理解出来ていないのだろう。
コータ君を守ることが生きがいなのは分かる。
何があっても守るのだという強すぎる意志表明は、彼をこのセカイに呼び寄せる前から何度も聞かされていた。
『一緒に穏やかな時を過ごしたい。幸せな時間を取り戻したい』
それが彼女の最優先事項だった。
邪魔するモノは全て敵。
だけどそんな二人だけのセカイに閉じこもってしまえば、いずれ行き詰まる。それは形を変えた支配だ。結局本来の主従関係から抜け出すことは出来ない。
彼女たちにはそんなところを軽々と飛び越えて欲しかった。
私もゴローと一緒に飛び越えたかった。
「――そう言うシンシアだって、全然ゴローのこと信用していないよね?」
ぞっとするような冷たい声が私の思考を遮る。
一瞬、その声を発したのがアンジェリカだと理解出来なくて、周りを見渡してしまった程だ。
恐る恐る彼女の顔を窺うと、真顔のまま私の目を射抜いていた。
視線が合うとアンジェリカは口元だけ笑顔を見せる。
「だって、私まだ一度もゴローの声聞いたコトないもん」
皮肉気に笑う。だけど目はずっと私を睨みつけたまま。
「…………それは」
私はただ願望を押し付けていただけだ。きっと私とゴローの関係は彼女たちのそれよりも遥かに不健全で不条理。
ちゃんと理解している。それでもアンジェリカには――。
「もう、やめるんだ! ちゃんとシンシアに謝って! キミのことを思って言ってくれたんだから!」
まだ何か言おうとする彼女の腕の中でコータ君が叫んだ。その彼らしくもない声の鋭さにアンジェリカが強張る。
そして今度は目に見えて怯え始めた。
「……ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
彼女は何とかその一言だけ絞り出すと、俯いて黙り込んだ。
私たちもどんな言葉を発したらいいのか分からず、立ち止まったまま周りの喧騒に取り残されていた。
結局あの後、私たちはお祭りを楽しむどころではなくて、ぎこちないまま早めに切り上げた。自室で仮装を脱ぎ捨てて、ようやく一息つく。
帰り間際にコータ君が『空気を悪くしてごめんなさい』と謝ってきた。その声音がいつまでも心に残っていて離れない。
「……ねぇ、ゴロー?」
ソファーの上でくつろぐ彼に話しかける。
≪……何だ?≫
最近はこうして返事してくれるようになった。
それだけでなく、明らかに警戒心が無くなってきたように感じる。
これもコータ君効果だろう。
彼を見ていて、いつまでも気を張っている自分が馬鹿馬鹿しくなっただけかもしれない。それでも嬉しかった。
「ゴローも人間の言葉をしゃべりたい? コータ君やみんなとお話ししたい?」
私の言葉に彼は驚いた顔をしていた。
猫の顔でもはっきりとそれが理解出来た。
≪……別に――≫
「私もゴローと仲良くしたい。……あの頃みたいに」
最初はずっと吾郎のことを恨んでいた。
頭の中で、あの女共々何度も殺してやった。
彼をこちらに呼び寄せると決めたときも、心の底に昏い愉悦があった。
召喚術に成功したあの日は本当に笑いが止まらなかった。そんな私に怯えきったゴローが哀れで、その度に笑いが込み上げてきた。
――だけど本当は泣きたかった。でもそれだけは出来なかった。
一度でも泣いてしまうと罪悪感に潰されてしまいそうで。
それに彼の前で涙をみせるのは、涙を武器に吾郎をたぶらかしたあの女を間接的にでも認めたことに繋がるのではないかという変な意地もあった。
私は罪悪感から目を背けるように、ゴローに対しては殊更冷たく当たることにした。彼にドン引きされながらも彼との子供を作る研究を始めた。
だけどあの日、教室で楽しそうにしているアンジェリカとコータ君の姿を見て、本当は自分もずっとこうなりたかったのだと気付かされた。
……本当に今更だった。
「……私もゴローと一緒にこのセカイを楽しく過ごしたい」
絶対にゴローは私を許してくれない。
それでも私は――。
「……吾郎。……あなたが好きなの。ずっと好きだったの。……無理矢理こっちに呼び寄せてごめんなさい」
私はその場に蹲って泣いた。
ゴローを召喚して初めて泣いた。




