第20話 コータ、夏祭りデートを楽しむ。
そろそろ夏休みも終わろうかという、そんな日の夕暮れ。
昼間はまだ暑いものの、日が落ちると随分と涼しくなってきた。真夜中でもクーラーが必要な程の厳しい残暑なんて、そんな無粋なモノはない。
本当に快適そのものだ。
アンジェリカは僕を抱えたままゆっくりと馬車から降りる。
今向かっているのは城から少し離れた場所にある自然豊かな山の入り口。
馬車が山に近づくにつれ、行き交う人が増えていくのを感じていた。
みんな浴衣を着てはしゃいでいる様子で、それもそのはず今夜は夏祭りだ。
アンジェリカと僕は人の波を掻き分けながらゆっくり進む。
やがて真っ赤な鳥居が見えてきた。
≪……ここって神社だよね?≫
「うん!」
≪天国なのに?≫
「……ん? 別に関係ないでしょ?」
いや、イロイロ変だと思うんだけど。神サマの管轄的に。
そんな僕の思考はお見通しだったらしく彼女はふふっと息を漏らす。
「最初にも言ったと思うけど、そもそもここはシステムが管理する楽園であって天国じゃないのよ? まぁ、私もみんなも面倒だから天国って一括りにしているケドね」
そんな会話をしながら鳥居をくぐる。
今日は珍しくアンジェリカと二人っきりだ。
それなりの貴人だから一応護衛がついているが。
アンジェリカは振り向くと、少し離れたところで目を光らせている彼らに声を掛けた。
「ここからは貴方たちも好きにしていてもいいわよ?」
彼らは互いに困惑したように、立派な体格を寄せ合って顔を見合わせる。
そんな彼らを前にアンジェリカは笑顔で仁王立ちした。
「滅多なことは起きないだろうし、最悪起きたとしてもコータを起動するから、ね? せっかくの夏祭りなんだから、みんなも楽しみたいでしょう? 今夜が最後の夏祭り。これを逃すとまた来年まで待たないといけないのよ? そんなのイヤよね?」
イタズラっぽい笑みを浮かべるアンジェリカに護衛の人たちも苦笑いだ。
でもその苦笑いの中に同意のサインを感じ取った彼女は満面の笑みで頷いた。
「じゃあ花火が終わったら、この鳥居の下で集合ってコトで。……いいわね?」
護衛の人たちは頷くと、声を掛け合って思い思いに散っていった。
……結構ゆるい。
それに僕を起動するって何?
屈強な彼らがあっさり護衛任務を放棄するぐらいの説得力があったんだけど。
見上げるとアンジェリカは気にするなと言わんばかりに首を振る。
まぁ方便だろうと無理矢理納得することにした。
参道の両脇に夜店が立ち並ぶ。本当に日本の夏祭りと一緒だ。
威勢のいい呼び込みや美味しそうな匂い。それを買い求める浴衣姿。
縁日で働いている人も稼ぐというより楽しんでる感じだ。
売ってるのは焼きそば、焼きトウモロコシ、わたあめなどなど。
アンジェリカはほぼ全ての屋台に顔を出して、射的を楽しんだり食べ物を買い求めていた。
「私、ずっと来たかったんだぁ! モモの頃からずっとね。……こっちの学校のみんなもお祭りの話をしたりしてさ。……いいなぁ、うらやましいなぁ、って」
アンジェリカの声が弾む。
そんな会話をしながらも僕たちはひたすら口を動かし続けていた。
もうホントおなか一杯だ。
≪何でマユミは来なかったんだろうね? こんなに楽しいのに≫
僕はポツリと呟く。
大きいマユミがいてくれたら僕の食べる分が少なくなって助かるのに、なんてこともチラッと脳裏に浮かんだ。
「さぁ? 人込みが苦手なんじゃない? ……それとも気を利かせてくれたのかもね」
≪……何の?≫
アンジェリカはぎゅーっと僕をきつく抱きしめる。
一応僕は全身毛皮みたいなものだから暑いだろうに。
「最近ずっと二人っきりになれなかったし。こうしてるとデートみたいじゃない?」
改めて言われると恥かしい。
傍から見ると、普通に飼い犬を抱いて祭りに来ている少女だろう。おそらく周りからは別に何とも思われていないハズだ。ましてやデートだなんて。
でも何となくその響きが嬉しかった。
やがて人の群れが山の中腹を目指し始めたので、僕たちもその流れに沿って向かう。しばらく進んでいると腹の底から響いてくるような爆発音とともに、空が昼間のように明るくなった。
見上げると夜空に大輪の花が咲き誇っていた。
「ふわー! 綺麗だね~、コータ」
アンジェリカは普段出さないような呆けた声で、素直すぎる感想を漏らす。
でも本当に綺麗だった。ようやく見晴らしのいい開けた場所に到着し、周りのみんなは思い思いに芝生の上に座り始めた。アンジェリカも彼らに混じって腰を下ろす。隣に座った老夫婦も拍手しながら歓声を上げていた。
≪……凄いね。元のセカイよりも凄いかも≫
綺麗さだけじゃなくて、迫力が段違いというか音も光もダイナミックで、荒々しささえ感じられる。
「ホラ、こっちのセカイには腕のいい花火職人さんたちがいっぱい来ているからね。彼らがここに来てからも独自技術を高めてきた結果だよ」
アンジェリカが自慢げに口を尖らせるのがちょっとだけ滑稽だった。
僕たちは二人して絶え間なく上がり続ける花火を、ぼけーっと鑑賞する。
≪……夏の終わりって物悲しくなるよね? あぁ終わっちゃうんだなぁって≫
僕の呟きに、アンジェリカはクスリと笑う。
「……そうかもね」
いまいち共感してくれたようなしてくれなかったような、気のない返事。
単純に僕は学校に行くのが憂鬱だったというだけかもしれないけれど。
≪モモってば、昔は打ち上げ花火を怖がっていたよね。もう今は大丈夫なの?≫
僕がアンジェリカの顔を覗き込むと、彼女は不貞腐れた感じでソッポを向く。
「……昔のことはいいよ」
モモがいた頃、花火大会をベランダから三人と一匹並んで見るのが恒例だった。
幸せだった日々。
スーパーで買ってきたかき氷やアイスをみんなで食べ比べしながら、無心になって夜空を見ていたのを思い出す。
「……あのドンって音が嫌だっただけだよ」
彼女も同じ光景を思い出していたのか、ちょっと切ない表情で呟いた。
≪……父さんに耳塞いでもらってたもんね≫
大きな音が鳴るたびに体を震わせるモモがあまりに可哀想で、父さんが膝の上に乗せて両耳を塞いであげていたのを思い出した。
「犬の耳を舐めないでよね。あんなので聞こえなくなる訳ないじゃない。……ただの気休めよ」
それでもモモはおとなしく父さんに耳を塞がれていた。
塞ぐほうも塞がれるほうもお互い幸せそうで。
モモはずっと父さんにべったりと背中を預けながら夜なのに明るい空を見上げていた。
気休めだろうが何だろうが、モモは安心しきった表情を見せていたのだ。
そんな彼女を母さんと僕は微笑ましく眺めていた。
ドンと打ちあがるたびに小さく身体を強張らせるアンジェリカ。
おそらくそれに気付いているのは腕の中の僕だけだろう。
今でもやっぱり嫌なものは嫌なのかもしれない。
僕もアンジェリカの耳を塞ぐことが出来るような大きな手と身体が欲しかった。
――今夜初めてそう思った。
これで2章が終了です。この話も1章10話編成です。
そして章が進むとストーリー進行関係なく季節が強制スクロールします。
週一回投稿ですので、10週で変化する感じですかね。
……ちょっと人生みたいですよね。
時間が経過して、ようやく物語が動きだすという話があってもいいじゃないかという、そんなノリです。
ただ、次章からは少しずつ乱していこうかなとは思っていますが。
それではこれからもよろしくお願いします。




