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第2話  コータ、王女アンジェリカに正体を尋ねる。

 

「ん~、何から話したらいいものかなぁ?」


 少女は僕を再びベットの上に下ろすと同じように寝転がって視線をあわす。

 その真っ直ぐ射抜くような視線に思わず目を逸らしてしまう僕。

 コレは犬の本能なのだろうか?

 ……多分違うだろう。

 昔から女の子の目を見ることが出来なった訳だし。


≪ねぇ、まず君の名前を教えてよ。誰なの? 申し訳ないけど君みたいな知り合いはいないんだ≫ 


 相変わらず僕の声はキャンキャン、クンクン。こればっかりはまだ慣れない。

 でも少女は僕の言葉を完全に理解しているようだ。

 彼女は僕の言葉に頷くと、顔を近づけて額にキスをする。

 そして切れ長の目を更に細めて、くすぐったそうに『へにゃ』っとした笑みを浮かべるのだ。

 まさにデレデレといった感じだ。

 こんな美少女なんて出会ったことどころかテレビでさえも見たことが無い。

 そもそもここがどこかも分からない訳で……。


「私はアンジェリカ。一応この国の王女ってことになってるわ。とはいっても継承権は一番下だし、大して権力も持っていないわ。……別にそんなモノに興味もないし、ね」


 ちょっと納得した。

 この年齢にも関わらずこんな立派な部屋に一人で使わせてもらっている。

 立派な家具も備え付けられている。

 初めて出会ったときの服装や今着ているパジャマだって質の良いモノだというのは何となく感じていた。

 これで平民だったらこの国は一体どんなレベルなんだって話だ。


「さて、まずはこの()()()について説明するね」


 少女は真面目な顔を作る。

 僕も慌てて居住まいを正そうと座った。――いわゆる犬座りだ。

 だけど体に力が入らなくて後ろにくるんとひっくり返ってしまう。


「……ふふっ。無理しなくていいってば。もう、コータったら、ホント可愛いね」 

 

 そう言いながら少女は僕を抱きかかえ、起こしてくれた。




「ここは、ね。――いわゆる天国なの。死者のセカイ」


≪……天国? って、あの天国だよ、ね?≫

 

 僕は彼女の目を見つめながら尋ねる。

 彼女の常識と僕の常識をすり合わせる為だ。


「うん。コータが知っているその天国で間違いないよ。……厳密には微妙に違うんだけれど、今はその認識でいいと思う」


 アンジェリカは神妙な顔で頷いた。


「すべての生き物が生命活動を終えて死者となった瞬間、『()()()()』が作動し、その者の善悪をマニュアルに則って選別するの。……まぁこれは学校で習っていることの受け売りなんだけどね」


 正しい行いをしたものがこのセカイに。

 間違った行いをしたものは別のセカイに。

 そしてそれぞれのセカイでの生を全うすれば、再び僕たちのいた現実世界へと戻されるのだという。

 僕たちの魂は遥か昔からずっとそのサイクルを繰り返しているのだそうだ。


「――そしてこのセカイはいわゆる『()()()()』たちのセカイ。古今東西の宗教で言われている天国。……別に極楽浄土でもいいけれど。要するにそういうセカイ」


 アンジェリカは微笑むのだが、口元が皮肉気に歪む。


「まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだけど、ね?」


 システムには余りにも大きすぎる欠陥があったのだと彼女は言う。

 世の中は単純な善悪では割り切れないモノだ。

 やむに已まれず罪を犯してしまった人間。

 他人を上手く使って自分は一切手を汚さず、その利益だけ吸い上げる人間。


「本来ならどちらがどちらのセカイに行くべきかは明らかなのに、その考慮が一切なされていないの。そもそもこちらのセカイに争いの種を持ち込まないように作られたのが『システム』なのに。……その欠陥のせいで、本来起こるはずもない権力争いなどがこの国でも水面下で行われているわ」


 別の大陸では国同士の対立に発展して戦争まで起きているらしい。


「一応このセカイでもシステムに引っかかる行動を取ってしまえば別のセカイに送られてしまうから、頭の切れる人間は表立って動かず、下っ端を上手く使っているみたいよ。……要は()()()()な経歴の者たちが転生したセカイってことよ。……現世よりはいくらかマシなだけ」


 アンジェリカが吐き捨てるように言い放つ。

 その言葉に僕は頷いたものの、一つの疑問が残った。


≪――じゃあ、その基準で言えば、()はこのセカイにいられるような存在ではないよね?≫


「うん、そうだね。確かにコータはここに居られる存在ではないね」


 彼女は即答で同意した。


 

 アンジェリカは僕の頭を優しく撫でる。

 だけど顔はまだ真剣なままだった。

 僕は身体を固くして次の言葉を待った。


「――でもね、一つだけ抜け道があるんだ」


 それが使い魔としての召喚なのだという。

 その道を心得た者だけが使える秘術。

 アンジェリカはそれに一縷(いちる)の望みを託して猛勉強したのだという。

 そこまで話して気まずそうに彼女はフッと視線を外す。


「術者が強い思いを抱いて念じた者を使い魔として()()()にこのセカイに召喚するの」


≪……強制的?≫


「そう、あのセカイにいた人間を殺して、システムによる審査なしで無理矢理こちらに呼び寄せる」


 彼女は悲壮感漂う表情で僕の顔を盗み見た。

 ……何が言いたいのか理解できた。

 つまりアンジェリカは僕を殺したのだ。

 ――使い魔にする為に。

 だけど僕は何とも思わなかった。

 ……どうせ現実世界(あちら)に残っていたとしても良いことなんて何もなかった。

 むしろ僕は助けてくれたのだと感謝したい気分だ。

 僕は彼女に近付き、気にしていないという意味を込めて前足を預ける。

 彼女はホッとしたのか強張っていた表情を緩めた。



 そんなことよりも、やはり、何故この少女が僕に執着するのかが分からなかった。

 だから僕は再び尋ねる。

 ――少しだけ言葉を変えて。


≪……ねぇ、君は一体誰()()()んだい?≫


 アンジェリカはずっとその質問を待っていただろう。

 大粒の涙がベッドの上にボタボタと零れた。

 そして両手で顔を覆いながら嗚咽を漏らす。

 彼女は辛うじて見える唇を小刻みに震わせながら、声を絞り出すようにして答えた。


「……私は、モモだよ! ……あのモモだよ!」


 そして彼女は僕を抱え上げ、力強く胸に抱きしめる。


「ずっとずっと会いたかったんだよ! ……コータ!」


 言葉にならないアンジェリカの嗚咽を聞きながら僕は彼女の胸の中でじっとしていた。

 ――彼女が眠りにつくまで。僕が眠りにつくまで。



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