第19話 コータ、もみくちゃにされる。
今日はお出掛けだ。
それも普段は見ないような屈強な護衛兵士がお供する公務。
やや表情の強張ったアンジェリカに抱かれる形で僕も一緒に馬車に乗る。最近お互いに呼び捨てする関係になったマユミも一緒だ。
出発前に私室でどこに行くのかと尋ねると、彼女は小さく笑みを浮かべて一言、「……ナイショ」とだけ答えた。
兵士と向かい合って息詰まる無言の馬車内、アンジェリカの緊張が否応なく身体越しに伝わってくる。いったい何が待っているのかと僕自身にも緊張が伝染した。
しばらく揺られた後、到着したのは郊外の大きな屋敷。
広い庭では子供たちがキャッキャと叫びながら走り回っていた。
微笑ましい日常と言えばそうだけれど、ちょっと子供が多すぎないだろうか?
「……もしかして、ここって保育園ですか?」
マユミの確かめるような質問に僕は顔を上げた。
本来ならばそう考えるのが自然なはずなのに、何故か無意識のうちにその発想を排除していたのだ。
むしろそのことに驚く。
「うん、そうよ」
小声でそんな会話をしている間も、子供たちは元気いっぱいで遊んでいた。
「……このセカイって前世を持ってるんだよね?」
「えぇ、持ってるわ」
「中身はおじいさん、おばあさん……なんだよね?」
僕の言葉に今度はマユミがハッとした表情を見せる。
……でもこの光景は。
まるで、見たままの子供だ。
僕とマユミはようやくそれの意味するところに行き当たった。
答えを求めるように、二人してアンジェリカを見上げる。
彼女は悲し気な顔で頷いた。
「……そういうことよ。ここは前世において病気や事故、そして虐待などで早逝してしまった子供たちを受け入れる場所よ。夕方になったらおうちに帰るけれど、昼間はここで思いっきり遊ぶの」
そうか。この子たちは辛い思いをしたんだ。
「住人のいなくなった屋敷を使ってね、保護役の大人も雇って国費で運営されているわ」
アンジェリカは深呼吸すると、先程までの憂いた表情を一転させていつもの可愛らしい笑顔を作る。
「――という訳で貴方たちの出番よ。さぁ、いってらっしゃい! もちろんしゃべってもいいからね。……何たってここは天国。何でもありなんだから!」
そう言いながら、どこか企むような表情でアンジェリカは僕をマユミの背中に乗せた。
「……はいはい。じゃあコータも行こうか?」
マユミもどこか吹っ切れたような上機嫌な声色で、僕を落とさないようゆっくりと子供たちに近付いていった。
「あッ! イヌだ!」「ホントだ! わんちゃんだ!」
「背中にも小さいのが乗ってる! かわいい!」
「おもしろ~い!」
子供たちは目ざとく僕たちを見つけ、走り寄ってきた。
「ホラホラ! ちゃんと前を見て! コケちゃうわよ!」
マユミが注意すると、子供たちは驚きのあまり立ち止まる。
しばらくポカンと口を開けていたが、やがて大声で騒ぎ出した。
「イヌがしゃべった! すごーい!」
「……じゃあこっちの子もしゃべれるの?」
小さい女の子が僕の背中をツンツンとしてくる。
「もちろんしゃべれるよ!」
僕も頑張って声を張り上げた。
女の子はパァっと顔をほころばせる。
「かわいい!」
これでいいのか、とアンジェリカを振り返ると満足そうに頷いていた。
マユミは男の子たちと遊んでいた。
大きいので背中に乗せたり一緒に走り回ったり。ボール投げで遊んだり。
一方そういうのに向かない僕は女の子たちに囲まれていた。
代わる代わる膝にのせて撫でてくる。
「いい子、いい子」
あきらかに自分より年下の子供にいい子と呼ばれるのは恥ずかしい。
でも僕もモモをこんな風に、飽きることなく撫で続けていたのを思い出した。
何故だか分からないけれど、自分よりも子供だと思い込んでいたのだ。
いっぱしの保護者気取りとでもいうのだろうか。
こうして自分以外の生き物にも心臓の鼓動や体温があることを知って、守るという感覚を養うのだ。
僕もモモからそれを教わった。
だから僕もあのときの彼女のように黙って撫でられていた。
「キミはなんていうお名前なの?」
「コータだよ」
「コータ、コータ!」
みんなが一斉に僕の名前を叫ぶ。
「私はね、ジュリア!」
誰かが名乗ると、今度は子供たちの名前が乱舞した。
僕は必死で名前を覚えながら、聖徳太子の気分で子供たちとお話した。
今、何が楽しいのか。大人になったら何になりたいのか。
……でもやっぱり、本当はちょっとだけ前世のパパとママが恋しいとか。
嵐のような時間が過ぎ去り、ようやく子供たちはお昼寝タイムだ。
僕たちと遊んでクタクタになったのか全員ぐっすり。驚くほど静かになった。
一息ついていると、奥の部屋から若い女性が現れた。
彼女はここの園長だという。
勝手な想像だけれど、園長先生ってもっとおばちゃんがやっていると思い込んでいた。
何でも彼女は前世でもそういった仕事をしていたらしい。
「――アンジェリカ王女、本当にありがとうございます。子供たちにとって、今日は一生の思い出になったことでしょう」
「……随分とおおげさね」
アンジェリカは穏やかに微笑む。
「いえいえ、私自身も言葉を話す犬など見たこともありませんから。しかもそれが二匹も」
「……二人とも元々は人間だからね」
「もちろん承知しておりますよ。……ですが大抵の召喚獣はこんな風に子供たちと遊んではくれませんから」
そもそも召喚獣は人前に出ることがないと聞く。
僕たちやゴローが特殊なのだと。
「どうか、ネリー王女殿下にもよろしくお伝えくださいませ」
それだけ伝えると、すぐに回れ右をして仕事に戻っていった。
終始穏やかだったが、慇懃無礼とはまた違うんだけど、どこか一線を引くような姿勢に好感が持てなかった。
僕自身ちょっと距離を置きたいというか。
仕事の途中だから手短に済ませたかっただけかもしれないけれど……。
アンジェリカを見上げると、彼女もさっきの穏やかな笑みを一変させて皮肉気に微笑む。
やっぱり相性悪いんだ。
「……彼女はネリーお姉さま信者でね。次期国王は是非お姉さまにって熱心に推している勢力の一人なの。本人にはお兄さまを差し置いてまで王位に就こうなんて気持ちは全くないのにね」
何か雲行きの怪しい話題になってきた。
正直聞かないでいられるならそうしたい。
僕の気持ちを察したのか、彼女は僕とマユミの背中をポンポンと叩いた。
「――ここはね、お姉さまが作ったの。学校に入る前に、まずこの場所で生きていくための常識や人とのつながり方を学ぶっていうのが名目。だけど本音はここで友達を作って欲しいってコトらしいわ。新しいセカイで新しい人生を思う存分満喫して欲しいって、ね? そういう単純な善意というか親心というか」
他にも数件作ったらしい。
この前も王子が言っていた通り、セカイに対する義務感で子供を産むものの、愛着を持てない親が多いらしい。子供からすれば大事な親に愛してもらえない感覚だ。前世のある大人でも心にそれなりの傷を負ってしまう。
子供の頃に死んでしまった、ましてや親に蔑ろにされていた経験を持つ子供ならばなおのこと。
実際ネリー王女の同級生にそんな子供がいて、慌てた彼女が王族の権限を使ってこういった施設を作ったのだという。
「それなのに、取り巻きたちはこんな風にお姉さまが大事にしている場所を政治道具に使っているの。お姉さまの考えなんてこれっぽっちも理解もせずに。……私はそんなモノに巻き込まれたくなくてずっとここに来れなかった」
アンジェリカはそう呟くと、スヤスヤ眠る子供の頬を撫でた。
「でも本当はずっと来たかったの。ここに来たらあの頃のコータを思い出せそうだったから。ちゃんと自分を守れそうだったから。……それにここの子供たちは後継者争いとは全然関係ないじゃない?」
撫でられるがままの子供は眠りながらも、優しいアンジェリカの指使いにへにゃっとした笑みを浮かべる。そんな顔を見ながら嬉しそうに頬をつつく彼女を僕たちはじっと見つめていた。
「……ようやくここに来れた」
僕とマユミは無言でアンジェリカに寄り添う。
昼下がりの静かな時間。
外はまだ暑いが、それでも涼しい風が部屋内に入ってくる。
そんな穏やかな時間が過ぎて、やがて子供たちが一人二人と目を覚ます。
……そして。
再びもみくちゃにされるカオスな時間が始まった。