第17話 コータ、家族が増える。
「とにかく出生率を上げるには自国だけじゃなくて近隣国を巻き込むべきだと考えたんだ」
王子はコホンと軽く咳ばらいをして話を続ける。
「幸いなことに、この周囲は至って平和なモンだ。みんな元をただせば日本人だからな。……昔は、それこそ戦国時代や幕末の頃は結構派手にやっていたとも聞いているが」
それは何となく分かる。
因縁と言うモノはさっきも王子が言った通り厄介だろうし。
「でも人を斬ったら犯罪者ですよね? こっちのセカイに来られないのでは?」
沈黙を続けていたマユミさんの至極真っ当なツッコミが入る。
「そこがシステムの穴の一つでもあるんだよな。……審査基準ってヤツだが、それは下界に依るところが大きいんだな、コレが」
「……つまり、戦国時代では武士が人を斬っても罪にならなかったの。それが罪になるのは江戸時代に入ってから。そもそも現代でも戦争で相手を殺したところで殺人としてはカウントされないし」
王子とアンジェリカの二人が代わる代わる説明する。
このあたりは王族としての教養なのだろうか。それとも学校で習うのか。
マユミさんも納得したようで、しきりに頷いていた。
「――ゴタゴタに関しては太平洋戦争後にも、イロイロとありましたよ」
王子の横でじいやさんが実感の籠った声でポツリと呟く。
僕たちは一斉に彼に注目した。
「学生運動やら反資本主義を掲げる連中がアレコレ騒いだ時代がありましてな。さすがに人を殺しても何とも思わないような過激派はシステムが反応して、片っ端からあちらに叩き落としてくれましたが。彼らの影響を受けた者が何人かやってきましたよ。総括だのなんだのと随分と人騒がせなモノで。……今では影も形もありませんが」
じいやさんは遠い目で馬鹿にしたような表情を見せる。
初めて見る姿にアンジェリカも僕もそしてマユミさんも息を飲んだ。
一方王子は口元を歪ませて笑い出す。
「……懐かしいな。アイツらこっちでも迷惑かけてたのか」
何となくテレビとかで見たような気がしないでもない。
あさま山荘事件とか、よど号ハイジャック事件とか。
僕からすれば、日本も戦後の頃は訳の分からない人間がいたんだなぁっていうどこか遠いセカイの認識だ。
まさか、こっちのセカイでもその余波があったとは。
束の間流れた不穏な空気を変える為、僕はずっと思っていた質問を王子にぶつけた。
「それにしてもやっぱり結婚は早いと思いますよ? アンジェリカはまだこんな年齢ですし。もう少し後でも良かったんじゃないですか? ……そりゃ王族の結婚は昔から早いものだと言われてしまえばどうしようもないですけれど」
「あぁ、わかってるって。だから今は婚約だけだな。そういうのは子供を産める年齢になってからだ。……ちゃんとわかってるって。流石に俺もこの年齢には欲情しない」
王子は軽く手を振って応じる。でもその軽さこそが気に障った。
「だから、そういう発言自体、アンジェリカの前ですべきものじゃないですよね」
僕は反論の意思を込めて睨みつける。
王子は「何を今更――」と言いかけてからハッとした表情を見せた。
「……あぁ、そういやそうだったな。姫は元々犬だったんだよな。すっかり忘れていたな。……ホラ、基本的にこのセカイってみんな前世の記憶を持っているだろう? 見た目は初々しい少女でも中身は老婆みたいなのばっかりでな。だからこういった話は割と簡単に進むんだ。むしろ久し振りの春の到来に乗り気というか」
なるほど。
長短あれど皆それなりに生きてきたから、そういった知識も経験も持っていると。
「あぁ、でもウチのじいやはこっちのセカイで初めて経験したクチだから」
王子はニヤニヤとしていたが、横からの衝撃に吹っ飛ばされる。
「それは言わなくていいだろ、にいちゃん!」
いつもと違う口調でじいやさんが本気でツッコんでいた。
床に転がされた王子は悶絶している。
新鮮な光景だった。
「そんなデリカシーのないことばっかり言ってるから奥さんに逃げられたんじゃないですか?」
マユミさんの辛辣な一言に王子を除く全員が喝采を上げた。
何でも彼は五歳で死んでしまったので、世間のことを全く知らない状況で転生し、相当な苦労をしたらしい。それでも一角の貴族に上り詰めたのだ。ちょっと尊敬してしまう。
王子は床に胡坐をかいて乱れた髪をかき上げる。
「とにかく王族同士が積極的に婚姻して子供を作ることが何よりの発信になると考えた訳でだな、傀より始めよって言うだろ?」
その考えは立派だと思うけれど……。
「どうだ? そう考えるとこの縁談も悪い話ではないだろう?」
「絶対イヤ! 私はコータと結婚するの!」
アンジェリカが絶叫する。
いや、それはちょっと無理じゃないかな?
爆弾発言にも王子は冷静に返す。
「王族が召喚獣と結婚なんて絶対に許されないぞ?」
余りの正論にアンジェリカが黙り込んだ。
「なぁ、そういう意味では俺は結構いい相手だと思うぞ? 少なくともアンタの前世が犬だってコトも全く気にしないし、大好きなコータとも引き離したりしない」
だだっこを諭すように優しく話しかけてくる王子を睨みながら、アンジェリカは小さく唸りだした。その犬の本性丸出しの剣幕に王子とじいやさんが顔を見合わせる。
「……まぁ、決断を急ぐことはないか。そもそも姫はまだ子供を産める身体でもないしな。このまま話を押し切ればさすがに俺もロリコン王子呼ばわりされちまう」
王子が笑顔で引き下がる。
「そうですな。この話はこれぐらいにしておきましょう。それよりもまずマユミさんの処遇です。そもそも今日の本題はそれですから」」
じいやさんが纏めてくれてこの場は一息ついた。
「そもそもウチの国は召喚術に対する偏見が酷くてな」
王子が溜め息交じりで話し出す。
それはこっちも変わらない気がするけれど……。
「いや、この国の召喚術者にはちゃんと役割があるからそうでもない。だけどウチはそれがない。だから正味そういう意味での召喚になるんだ」
召喚術の役割だとか役目だとか。
ちょいちょいそういう言葉が出てくる。
時期が来たらアンジェリカも教えてくれるのだろうけれど。
「恥かしい話だがマユミに対する風当たりが相当強いんだ。それを保護するじいやの娘夫婦にも、な?」
それを受けてマユミさんがハッとした顔をして身体を震わせる。
そんな彼女の頭をじいやさんが優しく撫でた。
「……娘夫婦は別に何とも思っておりませんよ? 少なくともそんなヤワな人間に育てた覚えはありませんので。……まぁ実際は私よりも年上なのですが。……娘たちが心配していたのは何の知識もない人間がちゃんとマユミさんのことをお世話できているのかという、その一点に尽きます」
だけどマユミさんの浮かない顔は晴れない。むしろ深刻さを増している気がする。その表情を見たアンジェリカが息を飲んだ。
そして心を落ち着かせるようにゆっくり息を吐き出す。
「……ねぇ、マユミさん? 貴女さえよければだけど、私たちと一緒に暮らさない? 私なら召喚獣がもう一人増えたところで今更何とも思われないし、貴女に何かあれば術者としてすぐに対処できるわ。私に手に負えないコトでも友達のシンシアがいる。彼女は召喚術最高峰の技術を持っているの」
普段見せないような慈愛溢れた表情に今度は僕が息を飲んだ。
マユミは一心にそんなアンジェリカを見つめる。
「ご迷惑にならなければ、お世話になってもよろしいでしょうか?」
丁寧にマユミさんが頭を下げる。
「えぇ、迷惑なんて感じないわ。それよりも本当にいいの?」
アンジェリカは彼女の目を覗き込む。
何か別のことを聞いているような気がする。
「……はい」
マユミさんはそれを全て受け止めた上で返事する。
「有事の際に貴女を道具として使うこともあるかも知れないけれど、それでもいい?」
いきなりの不穏な言葉にマユミさんは一瞬ハッとした顔をするが、気が変わることもなく、すぐに大きく頷いた。
「こんな私でも役に立つのなら、どうぞ」
「そう。じゃあ貴女も今日から私の家族よ。……コータもいいよね?」
「もちろん」
僕が即答するとアンジェリカは晴れやかに笑った。
マユミさんもくすぐったそうに笑う。
それを王子とじいやさんが穏やかな表情で見守っていた。
長々と4話に渡ってこのシーンを書いてきましたが、ようやく次回から日常パートに戻ります。
文章圧縮すれば2話程度で終わらせることが出来るたでしょうが、ダラダラと。
これからものんびり更新していきます。