第16話 コータ、このセカイが直面している問題を知る。
「それにしても、数ヵ月かけて僅かな意思疎通しか出来なかったってのに、話せるってだけでこんなにも簡単に出来ちまうんだな。それなら最初から話せるようにしてくれたらいいのによ。……ったく、召喚術も肝心なところで使えねぇよな」
王子が盛大にボヤくと、この場で唯一召喚術を使いこなせるアンジェリカが、反論するかのように軽く鼻で笑った。
「それは術の性質上無理って話よ。基本的に召喚する側はされる側に執着しているんだから。勢い余ってアレコレやらかしちゃうことだってあるのよ? たとえばどこぞの王子が可愛い雌の召喚獣を連れて外出したとして、彼女がいきなり大声で『誰か助けてください、この男ロリコンのヘンタイなんです!』って叫んだとしたら、どう?」
「……一巻の終わりだね」
そのたとえは失礼極まりないけれど。
先方は特に気にしていないらしく、じいやさんがむせるような感じで笑いをかみ殺し、マユミさんも不自然に下を向いた。
むしろその反応に王子は不機嫌に顔を歪ませる。
「じゃあ、お前もコータにやらかしているのか?」
その挑発気味な王子の言葉に、今度はアンジェリカが目を吊り上がらせて立ち上がった。
「する訳ないじゃない! もしみんながコータと意思疎通できるようになったら、私だけのコータじゃなくなっちゃうでしょ!? それがイヤなだけだから! ……いい? コータとお話しできるのは私の特権なの!」
それだけ言い放つと彼女は鼻息荒く座り込む。
……アンジェリカの愛がちょっとだけ重い今日この頃。
別にイヤじゃないけど、さ。
少しばかり険悪になった空気の中、「まぁまぁ」とじいやさんがのんびりした声で間に入ってきた。
「――先程王子が申し上げました通り、どうしてやればマユミさんにとって一番いい環境になるのかなと考えておりました。死んでしまった以上、もうあちらのセカイには戻れませんし、そもそも戻りたくないと……」
マユミさんがそれを神妙な顔で聞いていた。
その姿が妙に人間臭い。
僕も傍目にはそんな感じに映っているのだろうか?
「専門家に聞いたところ、召喚者の寿命をそっくりそのまま頂いたので最低でもあと50年は生きられるという話でしてな。そう考えますと、ますます彼女にとってよりよい環境は何なのか、と……」
アンジェリカは皆まで言うなと言わんばかりに手を前に差し出してから、苦笑いを浮かべつつ溜め息を吐く。
「マユミさんに関しては私もちゃんと考えてみるわ。……でもこれとプロポーズって全く別の問題よね?」
「……まぁ、そうだな」
王子が頬をポリポリと掻き、視線を外して誤魔化した。
「何でそんなにも結婚を焦るのでしょうか?」
僕の問いかけに答えたのは意外にもじいやさんだった。
「そもそもこのセカイに生まれてくる子供の数が、現世での死者の数と比べて圧倒的に少ないのですよ」
「……少子化ってヤツですか?」
僕の言葉に王子とじいやさんが大きく頷く。
「今、現実世界ではどんどん俺たちと同世代のヤツらが死んでいってるんだ。だけどオレの国もここの国もこの近所の国もみんな少子化傾向にある。要するに席の数に限りがあるって訳さ。……だからこっちの大陸に来られない分はどうなっているんだろうって話だ。もしかしたらあっちの大陸に持っていかれているんじゃねぇかってな。何たってあっちは回転が速いからな」
王子は厳しい目つきで窓の外を睨みつけた。
単にこの城の外ではない。もっと遠くの話だ。
アンジェリカからも違う大陸があると聞いている。
そこでは戦争さえも起きているのだ、と。
「せっかくお天道様に誇れるように、真っ当な道を歩き抜いたってのに、あっちの大陸に駒として生まれて、戦争に巻き込まれちまって天寿を全うすることすら出来ず、挙句今度は下界のあっちに生まれ変わる可能性すら出てくる、と」
「……下界のあっち、ってドコですか?」
今の質問はマユミさんだ。
その言葉に王子が両手を広げて溜め息交じりに告げる。
「アフリカや中東だな」
なるほど。
アフリカや中東でも当然安全な国はあるけど、回転の速い国はきっとそうではないだろう。
「確かにシステムのお陰で生粋の悪人はこのセカイにはいない。だけどそういう意味ではむしろこっちの方がタチが悪いってな。あちらさんの戦争は転生前の遺恨なんだ。今更『全てを忘れてここでは仲良く暮らしましょう!』ってコトにはならん。……結果としてあちらの大陸ではたくさんの子供が生まれ、そして戦争の為に消費される。もはや天国でも何でもない。こちらの仲裁にも全く耳を貸してくれない。……このセカイでも彼らはジハードやら何やらをやっちまっているんだよ」
本当に切ない話だった。
フィリップ王子は続ける。
「今、各国の王族の中で問題になっているのは、このまま少子化の状況が続くと、本来こっちの大陸に転生するハズの魂が全部あちらの大陸の国々に持ってかれちまうんじゃねぇのか、コトだ」
戦争してる大陸。
天国なのに。善人が来るセカイなのに。
僕の表情から読み取ったのか王子が悲しそうに笑う。
「いいか、戦争ってのはな、悪意で始まるモンじゃねぇんだよ。あんな邪悪な存在のくせに、な。大抵の戦争や騒乱は『愛』や『大義』から始まるのさ。人間が人間である限り絶対に争いは無くならない。たとえ天国でも地獄でもな」
王子の断言に、じいやさんも真顔で頷いた。
「何としても少子化対策ってコトさ。……オレの子供たちがあっちの大陸に呼ばれちまったら目も当てられねぇしな」
王子はホッと一息ついて氷の解けてしまったアイスティを飲み干した。そして空気を変えるようにニヤリと笑う。
最後の一言は本音ではないだろう。ちょっとした彼の気遣いだ。
それに乗っかるようにしてマユミさんがポツリと突っ込んだ。
「……子供たちがこっちに来れること前提なの?」
その面白がる声の響きに意外な茶目っ気を感じた。
アンジェリカも楽しそうに参戦する。
「だったら元奥さんに頼めばいいじゃない? ……こっちに来ているんでしょ?」
それに対して王子は再び外を見つめる。
どこか遠い目だった。
アンジェリカは全てを察したようで、容赦ない爆笑をする。
「振られたんだ!」
王子は耳を真っ赤にして俯く。
「仕方ねぇだろ? あっちにはもう相手がいたんだよ。やっとのことで探し当てて会いに行ったら『あなたがこっちに来るって思っていなかったの。もし分かっていたらちゃんと待っていたに決まっているでしょ!?』って逆ギレされてよぉ」
半泣きになった王子にアンジェリカは更に追い打ちをかける。
「……言っておくけれど、それってこのセカイでの断りの常套句だからね。侍女のナタリーもそう言って急に目の前に現れた元旦那を振っていたもん」
「知ってるって!」
王子は頭を抱え込んだ。相当ショックだったらしい。
奥さんラブだったのは想像に難くない。
「熟年離婚も妻から切り出すとか多いらしいしね」
僕もポツリと呟く。
誰にも聞こえないように小声で。
「……ん?」
王子がこちらを睨みつけた。
その剣幕がちょっと怖くて、僕は首をブンブンと横に振る。
「いいからさっさと話を続けてよ。……で、コータ、後で『じゅくねんりこん』って何か教えてね?」
アンジェリカが僕の顔を覗きこんでくる。
マユミとじいやさんが俯いて肩を震わせた。
王子はこの場の全員を睨みつけてから、ソファに凭れ掛かり目を瞑る。
「お前ら全員覚えてろよ! ……で、話は戻るが、このセカイで子供ってのは愛の結晶というよりも税金や義務っていう感覚に近いんだ。ちゃんと育てないとシステムが反応する恐れもあるから手も抜けないしな。……もちろんこのセカイの夫婦だってちゃんと愛を育んでから結婚する。むしろ経済や家のしがらみの為に結婚することもありうる下界よりも遥かに純愛を貫けるかも知れん」
確かに。家同士のつながりやら面倒なことも多い現世よりこっちの方が自由に恋愛出来そうな気がする。
「……それでも、だからこそ、そんな二人っきりのセカイに前世を持った子供という完全な他人を介入させたくないって心情になるんだ。結果としてあまり子供を欲しがらない。最近は特にこの傾向が強い」
少し分かる気がする。
まっさらな赤ちゃんと違って、このセカイの赤ちゃんは生まれながらに自我を持っている。正直可愛いと思える存在ではないかもしれない。
生まれてくる赤ちゃんもここでの両親を本当の両親だとは思えないだろうし。
……じゃあ、このセカイでの親子関係って一体何だろう?
「人の善悪自体はシステムが何とかしてくれる。無茶な人間は入ってこれないし、上手く騙して入ってきても俺たち王族が何とかする。それらの脅威からこのセカイ守るために俺たちはいる訳だからな。あとは子供さえたくさん生まれれば、……な?」
苦悩する王子がそれなりに恰好良く見えた。
ちゃんとセカイのことを考えているの責任感のある大人がそこにいた。