第14話 コータ、新たな召喚獣に出会う。
「あちーな。何でまた、ご先祖様たちは夏なんてモン作っちまったンだろうな、ちくしょう!」
僕としては随分と過ごしやすいと思っていたけれど、そうは思わない人もいるみたいだ。……まぁ、ずっとそんな恰好をさせられているんだったら、そう感じても仕方ないか。
≪これが風流ってヤツなんでしょ?≫
彼は僕の鳴き声に過敏なまでに反応し、こちらを睨みつけてくる。
「なんかコイツ、オレのこと冷めた目で見てねぇか?」
「……気のせいじゃない? それに冷めた目なら丁度いいじゃない? そのままありがたく涼んでおきなさいよ」
アンジェリカは彼に対して視線すら合わそうとせず、実に素っ気ない態度だ。こちらの方がよっぽど冷めていると思う。
「ちなみに『風流なんでしょ? これ以上文句言うなら、とっとと帰れ!』って言ってるわ」
訳さなくていいから。
しかもそこまでキツイ言い方してないし。
それに『帰れ!』ってのは明らかにアンジェリカの本音だろうに。
「こんな金髪で彫りの深い顔で風流っつってもなぁ。こんなんで浴衣着てもイマイチ様になんねぇだろうよ?」
苦笑いしたフィリップ王子は立ち上がるとファッションショーのように身体をくるりと一周させるのだった。
そう何故か僕たちの前にフィリップ王子が現れたのだ。
一応今回も王様に対する報告ついでのご機嫌伺いらしい。
その足で彼はすぐにアンジェリカの私室を訪ねてきたのだ。
間違いなく本命は彼女だった。
そんな不意打ちを喰らったアンジェリカのまた不機嫌なコト。
流石に王女のプライベート空間で長居は出来ないので、適当な客室へと場所を移しての世間話とあいなった訳だ。
≪……魔法とかで涼しく出来ないの?≫
「魔法ってまた。そんな便利なモノなんてないよぉ!」
アンジェリカは僕を撫でながら、楽しそうにクスクスと笑い出した。
≪でも召喚術って魔法でしょ?≫
「あぁ、少し違うの。……召喚術ってのは分類的にシステムの力を疑似的に行使する学問なの。召喚獣を動かす動力源を便宜上魔力って呼んでるだけで、本当はどんな理屈でコータたちが私たちの生命力を吸い上げているのかすら、誰も理解できていないってのが現状よ」
≪……それって、ちょっと危なっかしいね?≫
「そう? でも人間ってそういうの割と平気なんでしょ? そもそもどんなメカニズムでガソリンを燃料にして動くのかちゃんと理解出来ていなくても、みんな車に乗っていたじゃない?」
それを言われるとそうかも。
「だから、それでいいんだと思うよ。安全に使う方法さえ学んでいれば。車でたとえると免許だね。召喚術も一緒。正しく学んで正しく使えばシステムは文句を言わない」
「……さっきから、何そっちだけでコソコソイチャイチャと喋ってんだよ? こちとら仮にも隣国の王子なんだぞ。……もっとオレとも会話しようぜ、ホラ」
王子が身を乗り出してくる。
アンジェリカの無言の舌打ちが部屋に寒々しく響いた。
そして彼女は僕をテーブルの上に置くと、例によって手をかざして呟く。
「……はい。これでいいのかしら?」
睨みつけるアンジェリカに王子が首を傾げる。
「いいって、何が――」
「はじめまして、芦原幸多です」
一応国賓相手なので丁寧に頭を下げておいた。
「へ? ……って、おい! 犬が喋ったぞ!?」
その驚く王子の顔ときたら!
アンジェリカも溜飲が下がったのか、満足そうな笑みを浮かべていた。
「――ていうか、会話しようぜっていうのは『オレも犬ッコロと一緒にお話しがしたいぞ!』っていう意味じゃなくてだな……」
不貞腐れる王子の一言に、今までその横に座ってニコニコとしていたお爺さんが噴き出すように爆笑した。そのあまりの容赦のなさに王子は不機嫌な顔を隠そうともせず、彼の肩を思いっきりグーで叩く。敬老精神の欠片も感じられないが、どことなく楽しそうだ。
「まぁまぁ、結果的に話が早く進みそうではないですかな?」
「あぁ、確かに、な?」
二人は殴り合いを止めて、したり顔で微笑みあう。
今度はこっちが先程の言葉を返す番だ。
「二人でお話したいのなら、国に帰ってからすればどうです?」
僕が口を開く前にアンジェリカが先に冷たく言い放つ。
「まぁそう言いなさんなって。今日はこの前の反省を生かしてだな、とっておきを用意してきたんだ。……まずはコイツにも挨拶させてやってくれ」
王子のその言葉を合図に、お爺さんが足元においていたバスケットを大事そうに持ち上げて蓋を開ける。すると中から何かがピョコっと顔を出してきた。
……犬?
そして顔をひょっこりと。……ラブラドールっぽいかな?
「……まぁ、初めから気付いていたけどね」
僕にしか聞こえない声でアンジェリカが不機嫌そうに小さく呟いた。
お爺さんが犬をテーブルに乗せると、犬は僕たちを順に見つめてペコリと頭を下げた。大きさを考えれば仔犬だろうけれど、それでも僕よりは大きい。
……っていうか、やっぱりこの子は――。
「人間は人間同士。……犬は犬同士ってな? コイツはまぁ、アンタらも気付いているんだろうが、召喚獣だ」
そして王子は咳払いすると事情を話し始めた。
「召喚したのは前世でコイツに対してストーカーめいた問題行動をしていた男だ。システムに照会したところ前科自体は無かった。……接触禁止の判決を言い渡される前日に自殺していたからな」
それがシステムの誤作動を招き、こちらのセカイへ転生出来たのだという。
そして何らかの環境で召喚術を習得し、彼女を呼び寄せた、と。
――今度こそ彼女を自分のモノにする為に。
「しかし、流石に今回はシステムがきちんと反応してくれた訳だ。で、ヤツは即座に別のセカイへと送られた。……まぁ、流れとしてはそんな感じだな」
そこまで一気に話し切ってから、王子は乱暴に犬を撫でる。
犬はちょっとイヤそうな顔をするも、おとなしく撫でられていた。
そんなことより――。
「召喚術ってシステムの審査なしに強制的って話じゃなかった?」
アンジェリカは僕の質問に首を振る。
「審査なしっていうのは、被召喚者のことであって、召喚者自体は再審査されるの。……私の前世での行いやこのセカイに来てからの振る舞いがシステムに引っ掛かるならコータの召喚は成功しなかったし、場合によっては今の話の男みたいにあちらのセカイに送還されてしまうことだってあり得た」
「でも結局召喚獣って、憂さ晴らし要員なんでしょ?」
システムの再審査をパスする程の品行方正な人間が召喚獣という形で前世の恨みを晴らす。僕としては逆にその部分にこそ闇を感じて仕方ない。
「一応召喚獣にはちゃんとした役目があるの。あくまで有事の為の制度だから」
「――本来召喚術自体は忌避されるモンじゃねーんだ。ただそれを扱う人間がちょっと……な?」
王子がアンジェリカをチラチラと覗いながら続けた。
「今は前も言ったけれど、このセカイは『システムに選ばれた人間の住むセカイ』であって天国なんかじゃないの。当然悪人だっている。悪人とまでは言えなくても平気で陰口を叩ける品性の人間は王宮にだっているんだから」
アンジェリカは王子を軽く睨んでから皮肉気に微笑んだ。
王子は気まずそうに咳払いする。
「――で、話は戻るが、何の因果かコイツは召喚されてしまった、と。そしてこのセカイに取り残されちまって途方に暮れていると。一応ウチの国にも動物を世話している農場はあるし、ペットを飼っている人間もいるんだが、コイツの場合は事情が事情だしな。今はこのじいやの屋敷で保護されている」
横のじいやさんが丁寧に頭を下げた。
「まぁ、そのチビスケの相手に丁度いいだろうって考えたのも否定はしないが、ここまで連れてきた本来の目的はコイツの身の振り方の助言が欲しいってのが実際のところで、さ。……ちょっとばかし知恵を貸してくんねぇか?」
王子がペコリと頭を下げた。じいやさんも一緒に頭を下げる。
それにつられるように犬も頭を下げた。
……ちょっと人間臭くておもしろい。
僕も傍から見ればこんな感じなのだろうか。
アンジェリカは気まずそうにお辞儀三連発から視線を逸らすと、しばらく何やら考え込んでいた。
「――本来なら召喚に失敗するハズなのに、なんで成功しちゃったんだろうね? やっぱりそれが解せないのよね」
「そのあたりはコイツに詳しい背景を訊けば分かるかもな?」
王子はマユミをポンポンと叩く。
僕はその言葉に違和感を感じて口を挟んだ。
「そもそも言葉も分からないのに、今までどうやって意思疎通をしていたのですか?」
僕の質問にじいやさんが笑顔で答えてくれる。
「あぁ、それに関してはこちらを使いました」
そして大きな紙がテーブルに広げられた。
あいうえおと五十音がびっしり書かれている。
マユミはそれに近付くと、前足でちょいちょいっとスタンプしていく。
≪――ニシモトマユミです、みなさまはじめまして≫
なんてアナログな。
「……って、コックリさんじゃないんだから」
思わずツッコミ入れる僕。
理解できずポカンと口を開けるアンジェリカと王子たち。
マユミだけが激しく反応して、同じくテーブルの上に座っていた僕に足早に近付くと、器用に前足でペシリと頭をはたいてきた。
「お? 案外打ち解けてるんじゃねーか?」
その光景に王子とじいやさんが弾ける笑顔を見せる。
してやったりと言わんばかりに。
「勝手なコト言わないでよ!」
アンジェリカは不機嫌そうに叫ぶと、自分の所有物だと言わんばかりにマユミの前から僕をひったくってきつく抱きしめてきた。
「いやいや、さっきも言ったが別に無理矢理くっつけるつもりは無くてだな。……ただ何とかしてやりたいってのが本音なんだ。……で、コイツも喋れるようになるか?」
王子の珍しい穏やかな声に、アンジェリカも気勢を削がれたのかマユミをじっと見つめる。彼女の置かれた境遇には同情しているのか、マユミの顔を覗き込んでは僕を抱く腕に力を籠めるの繰り返しを続けていた。
そして観念したかのような溜め息を一つ。
「……明確に所有者がいれば無理だけど、今の話だと何とかなるかもしれないわね」
そういうとアンジェリカは身を乗り出して僕にしたようにマユミの頭に手をかざし、小さく呟く。
「……さぁ、マユミ? 何か話してみて」
「しゃべる……ですか?」
マユミから聞こえたのは若い女性の声だった。