第13話 コータ、関係もないのに夏休み開始で心躍らせる。
終業式の、この解放感はおそらく古今東西変わらないのだろう。
ましてや夏休み前とくれば。……そりゃもう。
はしゃぐ生徒たち、といっても彼らの前世も考えれば、僕やアンジェリカよりも遥かに年上のはず。
そんな彼らの夏の予定を話し合う姿は少年少女そのものだった。
大人たちや世界の都合で奪われてしまった、本来ならば当然のように彼らにもあったはずの青春の日々をこのセカイで取り戻そうとしているようにさえ思える。
いつも冷静なシンシアも今日はご機嫌で、アンジェリカの隣を鼻歌交じりで歩いていた。
「……ねぇ、この夏どうするの? 何か予定はあるの?」
覗き込みながら尋ねてくるシンシアに、アンジェリカも満面の笑みを返す。
「もちろん、コータとずっと一緒に過ごすの! ……山に行って! 川に行って! お祭りに行って! 美味しいモノ食べて!」
アンジェリカもどこか浮かれた感じで、僕を抱きながら器用に指折り答える。
彼女は梅雨明けと共に無事完全復活を果たした。
いつも以上にはしゃいでそれに合わせるのが大変だったぐらいだ。
「去年まではホントに退屈な夏休みを過ごしていたけれど、今年からはコータがいるモンね! もう楽しみで楽しみで。……ずうっとコータと遊ぶんだ!」
アンジェリカは僕を抱きかかえると腕を伸ばして高々と掲げる。
――昔見たことあるライオンキングのワンシーンみたいに。
そして何故かそのままの姿勢で歩き出す。
あの、……アンジェリカさん?
周囲の視線がイタいから、そろそろ降ろして頂けると有難いのですが……。
「……夏休み関係なく、あなたたちはずっと一緒だったでしょ?」
シンシアもアンジェリカのテンションの高さには苦笑いだ。
「一緒なのはそうだけど、お出掛けとかは全然出来なかったわ。……ちょっとしたお散歩程度よ。そんなのじゃなくてもっと、ね?」
そういうと彼女は僕のおでこに頬ずりしてきた。
夏休み中の打ち合わせをする為、アンジェリカとシンシアは人影を避けて木陰の芝生に腰を落とす。
木々を通り抜ける風が気持ち良かった。
一応夏だから暑いのは暑いが、やっぱりここは天国。
日本のあの殺人的な暑さではなく、避暑地の高原のような感じ。
木陰ならなおのことで、昼寝ができそうないい気候だ。
アンジェリカも同じように感じたのか、思いっきり伸びをしてから大の字になって寝転がった。
シンシアが仕方ないなと言いたげな笑顔でさり気なくスカートの裾を直してくれる。その慣れた手つきに二人の過ごした時間を知ることが出来た。
僕は口にこそ出さないが彼女に目で感謝を告げる。
アノ物騒な研究話(彼女たちが召喚獣の子供を産むというアレ)も一段落したところで再び雑談タイム。
「ねぇ、シンシアはどうするの? ……ゴローと一緒に出掛けたりするの?」
これは僕の言葉だ。
アンジェリカはシンシアと一緒のときは、出来るだけこうやって僕も話せるようにしてくれる。もちろん周りに人がいないときに限られるが。
そしてそれをゴローが何となく羨ましそうな感じで見つめてくるのだ。
いつかゴローとも話が出来ると嬉しいが、こればっかりはシンシア次第だろう。
「ううん。せっかく学校に来なくていいんだもの。当然研究三昧よ!」
……うん。
僕も質問しておいて何だけど、そんな気がしていた。
彼女が山や川ではしゃぐ光景が想像できない、と言ったら失礼か。
「……シンシアって、ホント女子力が壊滅的よね?」
寝転がったままのアンジェリカが顔だけこちらに向けて呟く。
「うわ! よりによって『元飼い犬』に言われた!」
そしてしばらく二人で顔を見合わせてから噴き出す。
お互い随分とデリカシーの欠けた言葉だったけれど、二人の仲ならばそれが許されるのだろう。
「毎年夏休みが来るたびに思うのだけれど、あのバカみたいな量の宿題が無いって最高よね。……まぁアレがあるからハメを外し過ぎずに済むってのは分かってるつもり、でもね……」
シンシアはゴローのお腹を撫でながら、しみじみと呟いた。
それには僕も同意だ。
「ドリルとかプリントとかは大丈夫なんだけどね。……自由研究が、ね」
「わかる~。そもそもネタを見つけるのが大変なのよね? 私って絵心とかそういう芸術系のセンスが全くなくってさ、結局何かの調査をしたりするのよね。近所の川の上流と下流での水質調査とか。当時公害とかそういうのが問題になってたから、ね。……まぁ結果的に私のそういった感じの志向が研究者への道を開いたとも言えるんだけど」
僕の言葉にシンシアが大きく頷く。
ホント自由研究って何が目的なんだろう?
もちろんシンシアの適性を見出したことに意義があったのだろうし、絵が得意な子は芸術の華が咲くきっかけになったのだろうけど、そんなのきっと一握りでしかないはず。
「夏休みの宿題をやってなくて自殺した子供とかもいたよね?」
シンシアが溜め息交じりに続ける。
「いや、流石にそこまでの子はいないと思うけれど……」
「……あれ? 私たちに時代には結構いたわよ? ……ね、ゴロー?」
いきなり話を振られたゴローが神妙な顔(?)で頷いた。
「中学の頃通っていた塾の国語の長文問題でもそんなのを読んだ記憶があるし。……あと少しで夏休みが終わるってのに、全然宿題をしていなかった子供に対して、母親が『一家でガス心中する』だの何だの言って脅すヤツ。……あんなの絶対トラウマになるって」
どんなプレッシャーの掛け方だよ、それ?
夏休みの宿題ごときに命を懸けすぎでしょ?
昭和って怖い!
「……時代ってやつ……なのかな?」
何気ない僕の呟きに反応したシンシアが、妙に怖い笑顔でニュっと腕を伸ばして僕の頬っぺたをつねりに来る。
「黙れ! このゆとり世代が!」
「イタイ、イタイって」
ちなみに厳密に言えば、僕ゆとり教育世代ではない。
彼らは少し上の世代だ。
まぁそれでも昔と比べれば随分『ゆとり』なのだろうけれど。
シンシアは僕の頬っぺたを解放して一撫ですると、アンジェリカに並ぶように草の上に寝っ転がった。
「このセカイはジジババだらけだと思ってたけど、いろんな理由で私たちよりも下の世代も増えてくるんだろうね……それはそれで何か複雑だわ」
シンシアがポツリと呟いた。
「一度ぐらいその『夏休みの宿題』ってのを経験してみたかったかも……」
アンジェリカが誰に聞かせる訳でもなくポツリと零す。
それを耳聡く聞きつけたシンシアがキッと彼女を睨みつけた。
「……王族のそんな軽い気持ちでルールが変わるのがこのセカイなんだから! やめてよね。……『夏休みの宿題は風流だ』とかいって勝手に復活させたりしないでよ!」
「そうだよ、しちゃダメだよ。王様やフィリップ王子に提案したりしないでよ。……絶対にしちゃダメだからね?」
僕も追随するフリだけ。
それが思わぬところでゴローのツボだったらしく、不自然に俯いて肩を震わせる。
それで察したのか、シンシアはガバリと起き上がる。
「ちょっとコータ! 他人事だと思って!」
シンシアはアンジェリカの小脇から僕をひったくると、何度も頭をペシリペシリと叩いてくる。
「もう、さっきからウチのコータに何してるのよ!」
アンジェリカは僕を奪い返して庇ってくれたが、このやり取りを楽しんでいるのか表情のニヤニヤは止まらない。
「ねぇ、この子ちょっと最近調子に乗ってない?」
「……コータは昔からこんな感じだったよ? 人見知りは激しかったけれど」
「そうなの? じゃあ今までネコ被ってたってコト? ……イヌのくせに!?」
シンシアは再び僕をひったくると、今度はお腹をもみくちゃにしてくる。
……やめて、くすぐったい!
僕は声も出せずに悶絶する。
その光景をゴローが呆れたような表情で眺めていた。
いよいよ明日から夏休みが始まる。
全然関係ない僕でさえ、どこか浮かれた気分になっていた。