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第12話  コータ、梅雨で憂鬱のアンジェリカを慰める。


 授業終了の鐘が鳴って、ようやく昼休み。

 生徒たちはわいわいと昼食の為に教室を出て行ったり、仲良しのグループでお弁当を広げたりしている。

 その中でアンジェリカは窓際の席で僕を膝の上に置いたままお弁当を食べていた。

 

≪……今日も雨だね≫


 晴れた日はいつも日向ぼっこしながらお弁当を食べるのだが、最近はずっと教室だ。

 ここのところ、ずっと雨。

 いわゆる梅雨ってやつだ。

 彼女は溜め息を一つ吐くと、無言のまま箸を進める。 

 今日も朝からずっと不機嫌なままで、学校に行くのも億劫そうだった。

 まだ梅雨の入りの頃は幾らかマシだったけど、最近はずっとこんな感じ。

 僕相手でさえ必要最低限の言葉しか発しない。

 気が乗らないのか、基本的に「うん」とか「そう?」みたいな感じで済まそうとする。

 どこの倦怠期カップルだか。

 ……まぁ、今まで誰とも付き合ったことないから知らないけれど。


≪僕としては雨の日って、そんなに悪くないんだけどね≫


 僕は教室の大きな窓越しに外を眺める。

 元々外で遊ぶことが好きじゃなかった。

 家でゲームしたり本を読んだりして過ごすのが好きだった。

 モモがいなくなってからは散歩に出かけることもなくなり、ますます家に閉じこもることが多くなったと思う。


「私は昔から嫌いだったわ。雨の日は家を出るのも嫌だった。散歩なんて別にいいからすぐに帰りたかった。……毛も跳ねるし」


 アンジェリカはそう呟きながら金色の髪の毛先を撫でる。

 湿気で髪の毛が跳ねているのが気に食わないようだ。

 モモもこんな感じだった。

 雨で濡れないように橋の下に連れて行っても中々おしっこをしないで、急かすと渋々しゃがむフリだけしてさっさと帰ろうとするのも何度となくあった。「まだしてないでしょ!」って僕がツッコむと、モモは「うるさいなぁ」と言わんばかりにこちらを睨みつけてくるのだ。

 そのときの感じと今のアンジェリカの雰囲気がそっくりだと伝えると、彼女はますますムスッとした顔を作ってご飯を口に放り込むのだった。

 



≪そもそもなんで梅雨なんてあるのさ? 天国なんだからずっと快晴でいいだろうに。別に雨なんて降らなくたって、作物はちゃんと育ってくれるんでしょ?≫


 確かこの前散歩のときにそんなことを聞いた記憶がある。

 南北の気候なんて関係なく作物は勝手に育つのだと。


「うん、そうだよ。そもそもあのセカイみたいに水不足なんてものもないし」


≪……じゃあなんでさ?≫


「この大陸の何世代か前の王様たちが集まって、連名でシステムに提案したんだって。『梅雨は風流なんだから必要だろう?』って。……一体何を考えたんだか、まったく!」


 アンジェリカは鼻息荒く、八つ当たりするように音を立てて漬物を齧る。

 小気味いい音が鳴り響いた。


≪……まぁ、梅雨には梅雨の楽しみ方があるって。ホラ、現世(あっち)の女の人たちはレインコートとかお気に入りの傘を持ってお出かけするのを楽しんでいたらしいし。そういうのは、どうなの? ……気分も変わるんじゃない?≫


「……濡れるのは絶対にイヤ。そもそも外に出たくない。だから絶対にお出かけなんてしない」


 取り付く島もないとはこのことだ。

 そこは犬の本性が勝っているのかもしれない。


 

 まったりと空き時間を過ごしていたら、カフェテリアで昼食を済ませたシンシアが教室に入ってきた。

 例によってゴローを腕に抱きながら。


「午後になっても不機嫌は直りそうにないわね。……そんなのじゃ、誰も話しかけてくれないわよ?」


「……別にいいよ。こんな日にお話しなんてしたくもないし」


 アンジェリカは机に頬杖ついたままの行儀の悪い姿勢でシンシアを見上げる。

  

≪……アンジェリカはこのセカイに来てからも、ずっと梅雨時は機嫌が悪かったの?≫


 僕は尋ねるも当然ながらシンシアには伝わらないようで彼女は首を傾げる。

 アンジェリカが余計なことを聞かなくていいと言いたげに僕を睨みつけた。

 そんな僕たちの姿にシンシアが微笑む。


「ごめんね、コータ君。何言ってるのか分からないわ。ホラ、アンジェリカ通訳してよ」

 

 アンジェリカは少し考えてから一つ深呼吸すると、僕を机の上に載せてから手をかざして、ごにょごにょと呪文のようなものを呟く。


「……はい、これでいいんでしょ?」


「……って何が? ……ん? ……え? ……どういうこと? ……って、えぇぇッ!!!???」


 今僕の話した言葉は間違いなく人間の言葉だった。

 ちょっと甲高い感じの。

 おそらく小学校の頃の僕の声、モモが覚えている僕の声だ。 

 ゴローも目を見開いた。


「ごめんなさい! 何でもないから、気にしないで!」


 シンシアが慌てた様に周りに対して声を張り上げた。

 見渡すと教室に残っていた生徒たちも何事かと腰を浮かせてこちらを見ている。

 幸いにも僕の声が小学生だった頃のモノだったので気付かれなかったらしい。


「……なんでしゃべれるのさ!」


 僕は声を潜めながらもアンジェリカに詰め寄る。

 彼女は小さく口元を歪めた。


「そんなの召喚獣だからに決まっているじゃない?」


 それで片付けられると、こちらとしてはぐうの音も出ない。


「……じゃあ、ゴローも?」


 机の上をトコトコ歩いて、今度はシンシアに顔を寄せて尋ねる。

 彼女は嬉しそうに僕を撫でながら返事する。


「出来るけど、ね? 普通はやらないわ。……そもそも召喚獣って憂さ晴らしの側面もあるから。他人とコミュニケーションを取られるとちょっと困るのよね」


 そんなこと聞いたことがある。

 でもシンシアがゴローにそんな酷いコトをするとは思えない。

 まぁ実験と称してイロイロやってそうではあるが。


「……私は違うからね? コータの声を理解していいのは私一人で十分って考えているだけだから」


「アンジェリカらしいわね。……まぁ、私もゴローに対してその気持ちがあるのも否定はしない」


 クスクスと笑いシンシアはゴローを撫でる。

 彼もじっと撫でられるに任せていた。

 以前より少しだけ怯えなくなったような気がしないでもない。


「たとえ今だけでも、コータ君と話せるようにしてくれたのは、私への信頼と受け取っておくわ」


 シンシアはアンジェリカに微笑みかけた。

 彼女は相変わらず肘を付いたままの素っ気ない態度を貫く。

 どうやら照れているらしい。




「……で、どんな質問だったのかしら?」


「いや、もうどうでもよくなったというか……。今更聞く話でもないというか……。それよりも僕がこうやって話せることに驚いているというか……」


 ちょっと困ってしまいアンジェリカを見上げると、彼女はプイっと視線を逸らす。どうやら僕にシンシアの話相手を任せるということらしい。

 シンシアも僕たちの視線のやり取りを理解したのか、身を乗り出してきた。 


「そう? じゃあせっかくだから、私から質問していもいい? ……いいよね?」


 シンシアはやや強引に確認を取る。 


「……話せる範囲でなら、お好きにどうぞ」


 アンジェリカは苦笑いでそれに応じた。

 その言葉を待っていたシンシアの顔が(ほころ)ぶ。


「すっごく楽しみ! ゴロー以外の召喚獣と会話なんて初めてなの! ……祖父の召喚獣ともまだ話したことないんだから!」


 そして僕は彼女の質問攻めに遭うのだった。

 ――アンジェリカの前世やプライベートでも、ましてや僕の前世でもなく、僕の健康状態の。 

 




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