第1話 コータ、目覚める。
陰謀劇、金儲けミステリと来てからの、もふもふストーリーです。
身体が暖かい。
そして軽くなる感覚。
こんな夢見心地の感覚なんて久しく味わっていなかった。
何事かと思い、うっすらと目を開けると薄暗い空間。
僕の知らない場所だった。
「――よかった! 成功したわ!」
不意に頭上から聞こえる弾むような甲高い声。
慌ててそちらを見ると、大きな少女が僕を見下ろしていた。
本当に見上げる感覚だ。まるで巨人。
「おめでとうございます」
すこし擦れた声が聞こえ、そちらを向くと老人が立っている。
当然のようにこちらも巨人だった。
怖くなって目を逸らすと視界に入ってきたのは立派な家具や彫琢品の数々。
それらも全部巨大だった。
……ここは、何処?
確か自分のアパートで寝ていたはずなのに。
誰がいつの間に僕をこんな場所に連れてきたのだろう?
そもそも今、僕の目の前に広がっている巨人のセカイなんてモノ、日本はおろか世界中どこを探してもないはず。
まさか、ここは地球外の未知の星なのだろうか?
だけどその割に彼らの言葉がわかるのだ。
そこまで考えてから溜め息をつく。
……まぁ、単純にコレは夢だろう。そう考える方が現実的だった。
せっかくなので、僕はこの暖かい感覚に身を委ねることにする。
どうせ夢から覚めてしまえば、再び苦痛の日々が始まるのだ。
それならば、いっそこのまま心地よさに溺れていたい。
だから僕は目の前に広がるこのセカイを受け入れた。
取り敢えず少女が何かの成功をしたのだということは理解した。
それが何かまでは分かりかねるけれど。
少女は満面の笑みまま勢い良くしゃがみ込む。
彼女がはいているスカートがふわっと膨れ上がった。
――そうスカートなのだ。
絵本やゲームの中で描かれるお姫様のような。
実際そんな感じだった。
明らかに洋風と分かる顔の造形、そして薄暗い部屋でもはっきりと分かる綺麗な金髪。
そんな彼女が僕の頭を優しく撫でたかと思えば、いきなり両手で僕の身体を鷲掴みにして軽々と持ち上げてみせる。
≪ちょ、ちょっと! ……え? ……何を!?≫
慌てて叫ぶが出てきた声はいつもの自分のモノではなく、悲鳴のような鳴き声のような何か。
――そう子犬か何かのような。
「大丈夫だから、怖がらないで、……コータ」
美少女の顔が近付いてくる。
……まさか、食べられてしまう?
そう思い身構えて目をギュッと瞑ると、頬に温かい感触が。
恐る恐る目を開けると少女の顔がゆっくりと離れてゆく。
……キス?
少女はくすぐったそうに笑うと、もう一度、今度は僕の額にキスをした。
さっきから一体何が起こっているのやら。
固まったままの僕を少女は優しく抱きかかえたまま踵を返して歩き出す。
老人が先導するすぐ後ろを少女は歩き、扉が開かれる。
そこから先は眩しいセカイが広がっていた。
少女は僕の仕草から何かを察したのだろうか、僕の顔を光から遠ざけようと自分の胸に押し付けるように抱き直した。
「……コータ、これなら大丈夫でしょ?」
僕は返事をせずにただ頷く。
ちょっと恥ずかしいかも。……まぁ嬉しいのも否定はしない。
一応僕も健全な男子だから。
だけど流石に十歳ぐらいの年齢の少女の胸に抱かれて興奮する程落ちぶれたつもりもない。
少女は僕を優しい手つきで何度も撫でてくる。
そして傍らの老人と世間話のようなモノをしながら、広すぎる廊下をゆっくりと歩き始めた。
老人が少女の歩幅に合わせるようであり、少女が老人の速さに合わせるようでもあり。どちらにしろ互いを尊重しながらゆっくりと歩く。
二人の歩く左側は壁が続き、所々扉があった。
右側は透明なガラスの張りのような感じでオレンジ色の夕日が差し込んでいる。
学校のような病院のような、そんな雰囲気の建物のようだ。
やがて二人は広いホールのようなところに出た。
少女は老人に対して丁寧に頭を下げて別れの言葉を告げる。
老人も負けず劣らずの礼を残すと、どこかへ立ち去った。
少女は一人で歩き出す。そして大きな扉の前に立つと身体全体を使ってそれを押した。
次の瞬間、緑の匂いがする。
田舎などで感じた自然の匂いだ。
眩しさを我慢しながら顔を上げると、建物を囲むように木が乱立している。
むしろ逆か、森の中にこの建物が収まっているのだ。
不意に僕を抱きしめる少女の腕に力が入った。
……緊張しているのだろうか?
間もなく、少女が建物を出て来るのを待っていたかのように、立派な馬車が目の前に止まった。
テレビや映画で見たことのある、あの馬車だ。
ピシッとした服装の男性が御者台から降りて一礼し、まるで社長お抱え運転手のように仰々しく扉を開く。
少女は「……ありがとう」と一言返して乗り込み、行儀よく座席に腰を掛けた。
扉が音もなく閉められ馬がいななき、ゆっくりと馬車が動き出す。
彼女は深呼吸するとようやく身体の力を緩めた。
そして僕を顔の前まで抱え上げる。
切れ長の少し吊り上がった勝気な目でこちらをじっと僕を見つめていた。
恥ずかしくなってきて思わず目を逸らしてしまう。
「……久しぶりだね、コータ」
声に湿ったものが混じっているのを感じ、慌てて少女に視線を戻すと、彼女の瞳に涙が溢れていく。そして一筋つうっと綺麗な雫が一直線に落ちていった。
感極まっている様子だけど、正直こっちはさっぱりだった。
そもそも何故この少女は僕の名前を知っていたのだろう?
僕の疑問が顔に出ていたのかもしれない。
少女は僕を抱え上げながら服の上腕部を目にこすり付けて乱暴に涙を拭うと、照れた様にクスリと笑声を漏らす。
「……ちゃんと家に帰ったら説明するから、それまでもうちょっとだけ待っていてね」
そういうと僕を愛おしそうにギュッと抱きしめた。
そのぬくもりに心が癒される。
……何故だろうか、物凄く安心できた。
昔感じたことのあるこの感覚を思い出そうと、一生懸命記憶を探っているうちに僕は眠りについていた。
目覚めれば、もう馬車の中ではなかった。
そして目の前にはパジャマを着た美少女。
先程の少女が僕のことを愛おしそうに撫でていた。
肩まで伸ばした長い金髪が、彼女の手の動きに連動してキラキラと揺れる。
慌てて身体を起こして見渡すが、目の前の少女と僕以外は誰もいないようだった。
「……起こしちゃったね? ……ごめんね。何か昔を思い出しちゃって」
少女が笑顔のまま再び涙目になってくる。
≪いや、そんな、別にいいよ。……ねぇ、泣かないで?≫
言葉でちゃんとそう言ったつもりだが、出てきたのはやっぱり獣の鳴き声のような何か。
≪……アレ? ……ねぇ、僕の声って?≫
少女はそれには答えず、無言のまま僕をそっと抱きかかえると、ベッドから飛び降りる。
そして例によって巨大なテーブルと巨大なイスを横目に、巨大な姿見の前に立った。
……いや、もう本当は薄々気付いていた。
おそらく――。
僕は覚悟を決めて鏡を直視する。
そこには十歳ぐらいの美少女とその胸に抱きかかえられた、薄茶色の毛をした仔犬がいた。
私だって書こうと思えば、こんな優しい物語も書けるのですよ、何てコトを言ってみたりして。
ハイファンタジーにしようか異世界恋愛にしようか迷いました。
訂正が必要ならばすぐに変えますので指摘していただければ嬉しいです。