はちの子ククの小さなマスク
春のやわらかな風にコスモスが揺れる頃、働き者のみつばち達は大忙しで花から蜜を集めていました。
「甘くて美味しい蜂蜜を、今日もボクは運んでく~……ハックシュン!」
大きなくしゃみをしたのは、歌いながらお仕事をしていた一番小さなみつばちの男の子、ククです。どうも朝からこんな調子で、さっきから鼻がむずむずしてたまりません。
「クシュ。クシュ、クシュ。ハックシュン!」
それを見ていた三つ上のお姉さんばちが、ククを心配して声をかけてきました。
「クク、今日のお仕事は終わりにして森の病院に行っておいでよ」
「森の病院? それはどこにあるの?」
「コスモス畑を、ブーンとひとっ飛びすると、大きなクスの木があるの。そこが目印ね」
「ありがとう、お姉さん。ボクさっそく行ってみるよ」
ククはお姉さんばちにお礼を言うと、さっそく森を目指して飛び立ちました。
ククが言われた通りにひとっ飛びすると、目印となる大きなクスの木を見つけました。幹にはドアがついていて、入口の前には患者さんなのか、森の動物達が並んでいます。
杖をついて足を引きづるモグラのおじいさんが一番前で、次は七つ格好いい星が入った羽が片方だけ開飛び出してるてんとう虫の男の子、さいごに両手の鎌を包帯で巻いたカマキリの奥さんがいました。
ククはブーンと近づくと、カマキリの奥さんに話しかけました。
「ここは森の病院ですか?」
「えぇ、そうよ。みんな先生に診てもらうために並んでいるの。一番前のモグラさんは足をくじいちゃったんですって。てんとう虫の子は羽が入らなくなって困っていそうよ。私は見ての通り、葉っぱを借りすぎて鎌がかけちゃったの」
「そうなんですか。ボクはお仕事中にくしゃみが止まらなくて……先生って、怖いですか?」
「うふふ、大丈夫よ。身体は大きいけれど、とっても優しい先生だもの」
怪我をしていない方の鎌を口元に当てて笑うカマキリの奥さんに、ククは安心して列に並ぶことにしました。やがて、キツツキの看護婦さんが、ドアから出てきました。順番で患者さんの名前が呼ばれていきます。
ドキドキしながら待っていると、キツツキの看護婦さんがパタパタと飛んできて、ククを呼びました。
「みつばちのククくん、こちらへどうぞ」
「失礼します……」
ククは怖々とドアの中へ入ります。
「おや、小さな子だね。どうしたのかな?」
診察室では、それはそれは大きなクマの先生が眼鏡を押し上げながら、にっこり笑って待っていました。その大きさに圧倒されたククに、クマの先生はそっと手を差し出してくれます。
ククは勇気を出して、その手にブーンと飛んでみました。毛むくじゃらだけどクマの先生の手の平の上はとても温かく、蜂蜜のような香りがしました。ククはなるべく大きな声で、ここに来た理由をすっかり話すことにしました。
「朝から鼻がむずむずしてくしゃみばかりが出ちゃうんです!」
「ふむふむ。なるほど。ではまず、口を大きく開けてごらん?」
言われるままに口を開けると、クマの先生は虫眼鏡を片手に持って、中を覗き込みます。
「うーむ。喉は腫れてないね。頭が痛かったり、咳が出たりはしないかい?」
「はい。くしゃみも今は大丈夫です」
「そうかい。それじゃあ……これかな?」
クマの先生は花瓶からたんぽぽを取って、ククの顔に向けました。
「ハ、ハ、ハックシュン!」
途端に鼻がむずむずして、大きなくしゃみがククの口から飛び出しました。
「やっぱりそうか。キミは花粉症だね」
どうやら、鼻がむずむずしたのは、花粉が原因だったようです。クシャミの正体はわかったものの、ククはすっかり困ってしまいました。
「先生、ボクは花の蜜を運ぶのがお仕事です。でも、これじゃあお仕事が出来ません。どうしたらいいですか?」
すると、クマの先生はこう言いました。
「それなら、キミにはマスクをあげよう」
クマの先生は、机の引き出しから、三枚のマスクをとり出して、ククに合わせていきます。
雪のように白いマスクは、ククには大き過ぎて、まるでお布団のようでした。
太陽みたいな黄色のマスクも、ククにはまだ大きいようで、まるで服のようでした。
空の色に似てた青いマスクさえ、ククにはやっぱり大きくて、まるでタオルのようでした。
これにはクマの先生も困った顔です。片手で頭を掻きながら太い首を傾げました。
「うーん、ちょうどいいマスクがないね」
そう言われて、ククはがっかりしました。
「お困りのようですね。これならどうかしら?」
その時、看護婦さんにお薬を貰っていたカマキリの奥さんが、鎌にかけていた手提げバックの中からそれはそれは小さな緑のマスクを出してくれました。ためしにそのマスクを着けてみると、驚くほどククにぴったりです。
「わぁ、これなら大丈夫です!」
「わたしのお仕事はこの両腕の鎌でいろいろな動物のマスクを作ることなのよ。これは桜の葉っぱで作った小さな虫さん用のマスクなの。よければ使ってちょうだい」
「ありがとうございます! お礼に美味しい蜂蜜をお届けしますね」
これでまた、花の蜜を集めるお仕事が出来るのです。ククは大喜びして、思わず診察室の中をブーンと一周したのでした。
コスモス畑を見つけたら、遠くからそっと探して見てください。もしかしたら、みつばちの中に、葉っぱのマスクをつけたククの姿があるかもしれません。
意外な結末がある優しい童話を目指して書いてみました。読んでくれた方に、ほのぼの、ほっこりして頂けたら嬉しいです。次回も違う小説でお会い出来れば幸いです。