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ルーンと異界の旅日記  作者: 墨崎游弥
タリスマンの町編
96/107

幕引きはあまりにもあっけない

ノエルを有能にせざるを得ませんでした。

 ロザリアが止めた時間は3分。そのうちの1分が過ぎ、ロザリアは一度姿を消した。

 杏奈はロザリアを追いはしなかった。止まった時の中への不正アクセスはノエルがいてこそのもの。彼女と距離を取ったときにどうなるか、杏奈は知らない。だから追わなかった。


 杏奈の周りに静かな空間が広がる。本来は存在していない場所に入り込んだような感覚を杏奈は覚えた。


「昔読んだ本と似ているな。動けるのが自分だけで他の人は動けない。この時間も観測されないで、外部の人間からはなかったことにされている。まるで無理やり本来の時間の流れに挿入(そうにゅう)されているみたいだ……」


 と、杏奈はつぶやいた。

 この言葉を聞く者は誰もいない。誰にも聞こえない。杏奈が口を開いたことも認識されない。


 2分45秒経過――


 天井に(ひび)が入る。洋館の屋根が壊されるのだろうかと杏奈は考え、臨戦態勢に入る。

 (ひび)はさらに大きくなり、崩れてそこから何かが落ちてきた。


「これで死ななければ殺し方は後で考えるかな」


 ロザリアの声。上の階から落ちてきたのはグランドピアノだった。少し動揺したものの、杏奈はこれくらいでやられることはないだろうと確信していた。が、現実はそううまくいくものではない。

 グランドピアノはさかさまに落下して防御壁に激突。ピシ……と防御壁に(ひび)が入る。杏奈は展開するイデアをできるだけ増やした。だが、それはあまり意味をなさない。杏奈の表情が変わる。


「まずい……」


「プレスしてやる!」


 ピアノとともに落ちてきたロザリアがピアノに蹴りを入れた。杏奈を守っていた防御壁は割れ、彼女はピアノの下敷きになった。

 ここで時が動き始めた。


 ロザリアは杏奈の死体を確認すべく、グランドピアノに近寄った。杏奈から出血している様子はないらしい。不審に思い、ロザリアはピアノに手をかける。

 館の外であれば死体の確認をほとんどしないロザリア。彼女にとって杏奈の生死は死活問題なのだ。

 ピアノを持ち上げようとしたロザリアは体のバランスを崩す。


「なに!?」


 ロザリアの肩に文字列の塊が命中した。グランドピアノを挟んだ反対側にはノエルが立っている。


「杏奈を殺したんだね……わかるよ。杏奈がもう死んだことくらい。杏奈が死ぬとね、私のかけておいたものが自動的に解ける。防御壁とは違うやつがね」


 ノエルは言った。彼女の周囲には解読しようがない文字列が展開されていた。

 ロザリアはピアノから手を放し、ノエルに近寄る。袖に忍ばせたサバイバルナイフを出し、ノエルの首筋を狙った。

 振り上げられる手とナイフ。だが、ロザリアは後ろの気配に気づいていなかった。


「全く、屋敷を壊す執事様なんてどうなんだ?」


 壁にかかるほどの血しぶきが飛び散った。斬られたのはロザリア。彼女の後ろには杏奈が立っていた。彼女の持つ鉄扇(てつせん)には血が付着している。

 頸動脈(けいどうみゃく)を斬られたロザリアも黙ってはいられない。たとえ自分が死のうとも、二人を殺さなくてはならない。


「停止しろ……」


 ロザリアは薄まっているイデアを展開し、なんとか時を止めようと足掻く。光がさしている文字盤の数字は2。ロザリアが止められる時間は10秒。

 止まった時の中、ロザリアは流れる血を止めようとしながら後ろを向く。が、彼女はもはやまっすぐ立っていられなかった。

 もたついている間にも血は噴出し、ロザリアの服を赤く染める。


「まずい……立っていられない……せめて二人を……」


 ロザリアの意識がなくなると同時に時は動き始めた。


 杏奈は目の前に意識を失ったロザリアが倒れていることに対して少々動揺した。だが、首筋の深い傷と血で染まった服でそれとなく経緯を察した。


「再生していない。吸血鬼ではないみたいだね」


 意識のないロザリアを目にした杏奈は言った。

 かりにロザリアが吸血鬼であれば首筋の傷はすぐに再生し、杏奈に襲い掛かってくるはずだ。

 杏奈はロザリアの正体についておおよその予測はついたが、下手に喋ることをやめた。自分で気づいたロザリアの正体は必要な時まで伏せておく、と。


「ならよかった。それと、案外簡単に騙せるものだね。勝手に杏奈が死んだことにするのは惜しかったけれど」


 と、ノエルは言った。


「正直そうしてくれて助かったな。もしロザリアが確認までしていれば苦戦どころではなかったよ」


 2人はすでに息をしていないロザリアの顔を見た。

 これから仲間と合流するために、一度来た道を引き返す。



 来たとおりに廊下を歩いていると、グランツらしき人物が見えてきた。杏奈はその影しか見えないが、見たところ影の人物は座っている。足を伸ばし、痛みに耐えているかのようだった。


「よう、ノエル」


 グランツだ。だが、彼は立ち上がらない。


「何かあったのか?」


「ヴィダルを相手にしただけだ。やっぱりここで戦ったのは正解だったな。両足の骨が折れてしまったみてえだが」


 グランツは答えた。

 足の骨が折れたから立ち上がれなかったのだ。ぼうっとしたランプの光でグランツの顔が見えたとき、彼の顔は痛みでゆがんでいた。


「俺、回復魔法使えないんだよな。困った。なんなら俺をここに置いて行ってもいい」


「それは二コラとジョシュアが回復魔法を使えなかったときの最終手段。できればアンジェラとは6人で戦いたいからね」


 ノエルは言った。

 二コラたちと合流するまで、まだ待たなくてはならない。



解説

ロザリア

時のイデア

密度:低 展開範囲:超広(時を止められる最大範囲は。展開された範囲はすごく狭い) 継続時間:最大5分 操作性:悪 隠密性:並

時を止める能力。正確には「ロザリアにしか観測できない時間を本来の時間の流れに挿入する」能力。この能力には攻撃性がないが、ノエルの防御壁を弄れば防がれる(入り込まれる)という欠陥がある。ロザリアはそれを知らなかったので不正アクセスされて敗北した。

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