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ルーンと異界の旅日記  作者: 墨崎游弥
タリスマンの町編
92/107

偽者のくせに

ドロシー戦後半。

 拮抗する文字列とチェーンソー。ドロシーは左手に持っていたチェーンソーすらも固定され、一切動かすことができない。


「ありえない……わたしは人間を超えている。アンジェラからも言われていたのに!」


 動揺したドロシーは言った。廊下でノエルの前に立ちふさがり、狂った形相でチェーンソーを振り回していた彼女は冷や汗を流す。その顔は彼女自身の精神的な弱さを浮き彫りにしているようだった。

 ドロシーは四肢に力を入れる。が、ノエルのイデアが強いのか、ドロシーは全く身動きを摂れない。まるで全身が氷の中に閉じ込められたかのように。


 ドロシーは思い出す。

「ドロシー・フォースターは氷の魔法の使い手だった」という、アンジェラの言葉。今までに思い出すことのなかった彼女にとっての呪いの言葉。ここにいるドロシーはアンジェラの知る、「向こう側」のドロシーではない。向こう側のドロシーは氷の魔法を使え、監視する力などない。


「わたしは偽者なの?わたしは誰?わたしはどうしてここにいる?わたしは誰?わたしは誰だ?」


 拘束されたドロシーはうなされているかのようにつぶやく。ノエルの術中で、ドロシーは確実に狂っていった。


「わたしは本当にドロシー?アンジェラはどっちを愛していたの!?」


 ドロシーの形相に軽い恐怖を覚えたノエルはイデアを緩めた。するとドロシーは拘束を破り、再び自由の身となる。が、彼女はチェーンソーを床に落とす。ノエルは当然意図がわからない。


「偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに。偽者のくせに!!!」


 頭をかきむしるようにしてドロシーの頭に突き刺さる彼女の爪。爪が突き刺さった場所からはどろどろと血が流れてくる。その血でドロシーの綺麗な髪は赤黒く染まる。


「わたしはドロシー・フォースターじゃない!どうしてここにいるの!?だからアンジェラは……!」


 ノエルが目の前にいるにもかかわらずドロシーは奇声と奇行を繰り返す。


「拘束しないと……何をするかわからない!」


 ノエルは文字列をノエルの全身にかけようと試みる。七色の文字列がドロシーにまとわりつく。ドロシーはそれを力だけでふりはらった。

 そして、彼女はノエルを無視し、窓から飛び降りた。昼間に洋館から飛び降りるのはよほどの存在でなくては自殺行為だ。人間は言わずもがな、吸血鬼も日光で灰となるのが関の山だ。


「だからアンジェラはわたしをドロシーに仕立て上げた!」


 ドロシーは飛び降りるとき、この言葉を残した。

 敵対者ではなく傍観者とならざるを得なくなったノエルはその姿を見届ける。妙な気分。ノエルの心情はそれにつきる。


「どういうこと……?ドロシーがドロシーじゃない?私にはわからないよ……」


 ノエルは窓から下を見下ろした。そこには落ちてゆくドロシーの姿が見えた。




「わたしは5年前にドリー・フォースターであることと人間をやめた。忘れさせられたけれど、やっと解放される」


 ドロシーとして生きたドリー・フォースターはそっと目を閉じる。


「最悪の人生だった。アンジェラなんて、ただの裏切り者だ。客観的に見れば。なのに、どうしてわたしを惹きつけた。意味が分からない。もはやわたしが生きる理由なんてない。何千人もいる自殺志願者と同じ気分よ。助けないで。死が私のただ一つの救い。それ以外の救いなんていらない。死によって救われるならそれでいいじゃない。せめて来世は……」


 信仰すべき来世はあるのだろうか。不幸のもとに生まれた者は来世も不幸なのだろうか。そもそも生まれ変わりという概念は信じるべきものだろうか。

 ドロシーは事故や自殺で死んだ人間が別の世界に転生する話を読んだことがある。だがそれはあくまでもドロシーにとっては虚構にすぎない。死は苦しみから脱出する救いになることもある。たとえ救いになろうとも、死は救いとなって終わり。マイナスをゼロにすることはできてもゼロをプラスにすることはできない。

 ――ばかばかしい。

 ドロシーは自身の境遇を再び強く呪う。


 吸血鬼は一瞬太陽光にさらされた程度で死ぬことはない。陽光の中、ドロシーは洋館から下に向かって垂直に落ちてゆく。下にトランポリンが敷かれていることもなければ王子様が抱きかかえようとすることもない。現実は残酷で刃物のようだ。

 ドリーの皮膚を陽光が突き刺す。痛みを感じることさえやめた彼女は既に何も考えることなく、重力と陽光を甘んじて受けた。



 クレーターのそばに横たわる吸血鬼は体と四肢が離れ、頭をはじめとする全身からは血を流していた。それだけではない。彼女の傷は陽光によって浸食され、少しずつ灰と化してゆく。彼女、ドリーはもはや助かる気もなかった。

 ――はやくピリオドを打ちたかった。女王に支配されつづけた人生など人生ではなかったから。彼女の望んだものは自由だった。しかし、アンジェラという女王はそれを許さなかった。



解説

ドリー・フォースター

監視のイデア

密度:低 展開範囲:超広 継続時間:1日 操作性:良 隠密性:やや悪

金色の霧のビジョンをもつ。霧で包まれた場所を監視する。ただし、戦闘には不向き。ドリー自ら戦わなければならない。

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