魔法なき吸血鬼
ドロシー戦です。すごく筆が進んだ部分ですね。
杏奈とグランツが到着する少し前。
アンジェラの部屋から抜け出したノエルは廊下を歩いていた。
洋館が空中に浮いてから、洋館の住人たちに目立った動きがみられない。ノエルはそれを怪しみ、アンジェラの部屋を出ていた。
廊下は吸血鬼の館らしく暗い。ここで誰かが襲ってきても対応しづらいほどに。暗くて静かな廊下にはノエルの足音がこだましているようだった。が、その足音はノエルだけのものではない。もう一人。
黄色のワンピース、金髪、水色のリボンが特徴的な少女。「彼女」は暗闇の中から現れ、ノエルに冷たい視線を向けた。
「おとなしくしてくれたなら、何もしなかったのに」
ドロシー・フォースター。彼女は言った。
「おとなしくしていなかった私をどうする気?」
「簡単よ。貴女は死ぬしかないわ。わたしに勝っても負けても。特にわたしを殺せばアンジェラが黙っていないわ」
ドロシーからとんでもない威圧感が伝わってくる。彼女からすべてを見透かされているように感じたノエルは寒気すら感じた。
「わたしはすべて見ていた。あなたの力も、仲間の情報もわかる」
ドロシーは言った。彼女の周りに黄色の霧が現れる。異界の入口に立ち込めていたものとは少し違う。
2人が向かい合い、ドロシーが先に動いた。
ノエルがシオンから聞いた情報によるとドロシーは氷の魔法を使う吸血鬼だという。防御壁を張りながらノエルは地面にトラップの文字列を敷いた。吸血鬼の身体能力もさることながら、ドロシーの脅威は氷の魔法。
「くるか……?」
ドロシーの攻撃のそぶりを見たノエルは反撃の文字列を張ろうとした。
ドロシーは確かに攻撃に出ていた。が、警戒しろと言われていた氷の魔法ではない。単純な蹴りだ。ノエルの周りに張られていた防御壁がドロシーの蹴りをはじく。
「ちっ……せめてあの人と同じ魔法が使えたら……」
ドロシーは距離を取るときにつぶやいた。その一言が聞こえていたノエルは疑問を抱くことになる。あの人とは、目の前にいるドロシーは魔法を使えるのか。
ノエルの注意がそれたとき、ドロシーは再びノエルとの距離を詰めた。が、ここでドロシーの動きが止まる。ノエルは口角を上げた。
「しばらくここでじっとしてて。私はあなたを倒す手段を探す。光の魔法や白木の杭もなしに吸血鬼と戦うなんて自殺行為だよ」
ノエルは文字列に縛られたドロシーとすれ違い、もとの部屋へ向かう。窓のあるあの部屋でならドロシーを倒せる可能性はある。ノエルがドロシーを外に放り出すことができれば。
ノエルは廊下を走り、ロザリアから連れてこられた部屋に戻ってゆく。それに伴って密度が薄くなる。床にいくつもトラップを仕掛けるつもりだ。
「ふざけないで!こんなもの、吸血鬼相手には意味ないわ!」
激昂した様子を見せるドロシー。彼女は無理に足をトラップから引き離そうとする。だが、トラップの固定する力は強い。ドロシーは足を捨てることにした。
――吸血鬼の出せる最大の力で足を引き抜く。足がちぎれようが再生すればいい。
赤いカーペットをドロシーの血が濡らす。右足が解放された。ドロシーはさらに手で左足の足首を引きちぎる。
足首から下を捨てたドロシーは立つこともできない。が、ノエルを追わねばならない。ドロシーは壁の手すりに手を伸ばした。
「再生しながらでも追いついてやる……これ以上好きにさせておけない」
執念で手すりを掴んだドロシー。手首と腕に力を入れ、彼女は逆立ちする。そのまま曲芸師のように手すりを逆立ちで進んでゆくのだ。
ノエルは目的としていた部屋にたどりついた。ドロシーと戦ったときに展開していたイデアはすべて罠として使い、もはや展開できない。ノエルはただ息をひそめた。
「残り40分。ドロシーが待たせるのならそろそろ解除した方がいいのかな」
ノエルは言った。
さらに10分が経過する。ドロシーの足音も声もない。イデアの継続時間の心配をしたノエルは廊下や部屋の入口に敷いておいた罠を解除する。
その瞬間だった。
「わざわざ解除してくれてありがとう」
ドアが破られ、ドロシーが部屋に入ってくる。彼女が持っているのは成人男性でも扱いづらそうなチェーンソー二つ。それらを持っているのにドロシーは一瞬でノエルとの距離を詰めた。ヴォンヴォン、とチェーンソーが音を立てる。
「アハハハハハハッ!死になさい!」
ドロシーが右手に持ったチェーンソーを振りおろした。が、ノエルの体までは届かない。チェーンソーの刃とノエルの間に防御壁が張られている。ノエルにはドロシーの顔がほんの少し見えた。
「ちっ……」
「抵抗するつもりはあるのね。でも、あなたはここで終わる」
ギャリギャリギャリギャリ、とチェーンソーの刃と防御壁が物理的にぶつかり合う音が聞こえる。が、強固な防御壁も次第にひびが入り、耐えられなくなってくる。
防御壁が破られた。
「肉片になりなさい」
その声とともにチェーンソーの刃がせまる。ノエルはその刃に文字列を張り付けた。チェーンソーが固定される。ノエルを斬ることができないドロシーの表情が徐々に変わる。
「そんな……こっちまで固定された!?」
「危なかった……あと少し遅かったら……」
ノエルはつぶやいた。彼女の息は荒い。チェーンソーの刃とドロシーの周囲に張られた文字列がオレンジ色に光る。
「わたしを止めるのね」




