破壊の中の徒花
推敲に苦労しました。小説だと伏せ字を使わないほうがよいと判断し、伏せ字が必要ない程度の罵倒台詞にしました。伏せ字が必要な罵倒は小説に書かれていないタイミングでしたと思ってください。
洋館の中の小部屋。グランツは小部屋の入口に身を潜めていた。呼吸を整えて、万全の状態でヴィダルを討つ。それだけを考えていた。
トン、トンと足音が近づいてくる。グランツの体に緊張が走った。ヴィダルか。アンジェラか。また別の誰かなのか。グランツにとってそれはどうでもいいことだった。
「どこだ、忌々しいネズミ。見つけ次第僕の薔薇で体も魂も破壊してやる」
廊下からヴィダルの声が聞こえた。グランツは息をのむ。彼は今、ヴィダルの殺意の矛先を向けられている。グランツはイデアを展開する。戦うことは避けられない。
ヴィダルの足が見えた。白の革靴と黒のスラックス。グランツはすぐさま足に向かってダーツを撃った。それと同時に飛んでくる朱色の薔薇。グランツは中途半端に開いていたドアを閉めてばらを防ぐ。ドアは粉々に破壊されて跡形もなくなった。
「隠れても無駄だ!」
グランツの目の前にヴィダルが現れる。グランツは追い込まれた。後ろは小部屋のみ。逃げられない中でグランツは一か八かの攻撃を仕掛ける。対するヴィダルは赤い薔薇の花びらで防ぐ。
「クソ!まだ死ねないってのによ……人間に戻った兄貴を……!」
グランツの中には突破方法が出てこない。クレーターから館の中に入ってきても状況は変わらない。せめて階段があればとグランツは考える。
グレイヴワームでは近距離に入り込んで勝てたヴィダル。だが、今は距離を詰めることさえ許さない。今、彼の周りにはドアを消し飛ばしたものと同じ朱色の薔薇のみが浮遊していた。
「死ねない?それはお前の幻想だ。現実を見ろ運命の犬。お前に突き付けられた非情な現実を!」
グランツにヴィダルの放った薔薇が襲い掛かる。グランツは必死にダーツでをはじく。彼の視線の端には何かが見えた。猫、その後ろにいる青年。
「フシャーッ!」
かまいたちがヴィダルの放つばらを切り刻んだ。ヴィダルもグランツも何が起きたのかわからず、ぽかんとした表情になっていた。
猫とともに現れたのはクロックワイズでグランツと戦った青年、ディ・ライト。グランツはなぜ彼がここに現れたのかわからなかった。彼はグランツが自らの手で倒した男だ。
「クソ……3対1か?俺はそこまで相手にできねえよ!」
グランツはディ・ライトと彼が連れている猫、アビスにも敵意を向けていた。
「俺はお前たちの相手をしている暇なんてないぞ。頼るならアビスを頼れ、グランツ・ゴソウ!」
ディ・ライトはそれだけを言い放つと館の奥へ消えていった。彼の真意がわからぬまま、グランツはヴィダルと向かい合う。ヴィダルの後ろにはアビス。少しでもヴィダルが変な動きをすればアビスは彼にとびかかるだろう。
「やれやれ、ビリーの奴は結局処分できなかったわけか。その上裏切りだとはね」
ヴィダルはそう言ってアビスの方を向いた。冷酷でありながらも美しい右目がアビスを見つめる。アビスは毛を逆立て、その周囲にはガラスの破片のようなイデアが浮遊していた。
一触即発。この状況をぶち壊したのはグランツだった。後ろを向いたヴィダルに向かってグランツはイデアを放ち、追撃とばかりに突き倒した。
「へへ……やったぞ。これで接近戦に持ち込めるな……」
突き倒されたヴィダルの傍らでグランツはつぶやいた。グランツの放ったダーツはヴィダルの肩に刺さっている。
ぴくぴくと震えるヴィダル。
今ここでグランツとヴィダルが戦うことになったのは、グレイヴワームでヴィダルを殺さなかったからだ。ここでヴィダルを殺さなければアンジェラの元へ向かうときに妨害されるだろうとグランツは考えた。だから、彼はグランツを完全に殺すと決意した。
「ぐっ!?」
グランツの蹴りがヴィダルの右頬に入る。
「汚いな……お前」
蹴られたヴィダルは立ち上がりながら言った。彼が立ち上がるとグランツはイデアを出し、素手でヴィダルの左頬を殴る。そのままグランツはヴィダルにつかみかかり、右手で彼の左頬を何発も殴る。
「汚いってなんだ?俺はヒーローなんかじゃねえ。お前の敵に綺麗さを求めるな」
9発目の拳が叩き込まれるとき、ヴィダルは虚ろな目でイデアを出した。青い薔薇。頬の前に出される青い薔薇によってグランツの拳は傷つけられた。グランツの右手の指3本から血が流れ出る。
「うっ!?」
「意識がそれたな?」
ヴィダルは言った。その瞬間グランツの手を振りほどき、白と黒の薔薇を放つ。グランツは避けることができない。
「最後の最後に手を抜いたのが間違いだったな」
グランツの視界には非情にも白と黒のばらが飛び込んでくる。白と黒の薔薇の威力は経験済みのグランツ。彼は破壊力と恐怖を思い出す。
――自分はここで死ぬ。かつて勝利した相手からリベンジされた。まるで、敵に一度負けた主人公が二度目には勝利するように。物語によくある展開のように。物語の主人公がヴィダルであるかのように。
最後にグランツを見つめたヴィダルの顔は笑っていた。
グランツの肩に白い薔薇がめり込む。やがて黒い薔薇がグランツの体を貫通するだろうと、二人の男は確信していた。が、彼らの目の前で黒の花びらが散った。両者の予想を裏切る展開である。
「……死んでない?」
グランツの体に痛みはある。何か所か脱臼している。だが、出血はない。
彼の目の前には1匹の猫がいる。毛を逆立てて、周囲にガラスの破片のようなものを展開して……
「猫か。だから何だ?」
ヴィダルはアビスに向かって朱色の薔薇を放った。あの薔薇は危ない。グランツはイデアを展開して迎撃を試みた、が、そうするまでもなかった。
宙に散る朱色の花びら。何かが消滅することもなく薔薇は切り裂かれた。5秒もないが今がチャンス。
グランツは上半身だけ起こしてダーツを5本撃った。ダーツは直線を描いてヴィダルに向かって飛んでいく。
「当たれ……」
「なに……?」
ダーツがヴィダルの首と心臓を貫いた。彼が息をするだけで口から血があふれ出る。もう長くはない。ヴィダルはその場に崩れ落ちる。もはやヴィダルは生きていることすらできない。
「ド畜生……最後の最後……にっ……」
口から血を流すヴィダル。敵意に満ちたその目からはやがて生命の光が失われていった。死んでいるのか生きているのか、グランツには判断できない。が、ヴィダルはもはやグランツを攻撃しないだろうということは事実である。
「倒せた……」
グランツはヴィダルの姿を見て言った。勝てた。だが、体中に鈍い痛みが残る。当分は立てそうにないと、グランツは感じていた。あとは杏奈たちに託すしかない。
ヴィダルの能力は「破壊する」能力です。浮遊した洋館にいるので以前よりかなり強くなっています。




