賠償金は魔物退治で(その1)
今日は2話投稿です。
宿と弁当屋を壊したので賠償金を請求されて、というような話になります。
杏奈とグランツはシオンとノエルのいる部屋に戻ってきた。薄目を開けた様子のシオン。少なくともシオンには意識があるようだ。
「二人を寝かせるか。毒が抜けたとはいえ、体力も消耗しているだろうしな」
「そうだね」
杏奈はノエルを、グランツはシオンをベッドに寝かせた。
夜の月の光がカーテンの隙間から射し込み、眠っている二人の顔を優しく照らす。しかし、この世界は月光ほど優しくはない。この世界は杏奈たちを嫌っているかのようだった。
翌朝、シオンとノエルが目を覚ます。毒は抜けているらしく、二人はピンピンしている。杏奈とグランツにも吐き気や頭痛はない。
「昨日は一体何があったんだろうな」
起きていたシオンは言う。
「まあ、いろいろと。そうそう、下の弁当屋が営業停止になって、私達に賠償金の請求が来ました。500万デナリオンだそうです」
杏奈は請求書をテーブルに置いた。いくら押収した偽硬貨、もといこちらの世界で使われる硬貨があっても足りないだろう。一行に賠償金を踏み倒すつもりなどない。もし踏み倒すにしても、シオンとノエルがそれを許さないだろう。たとえ異界でも、鮮血の夜明団たるもの不正は頂けない、と。
「どうやってお金を調達しますか?昨日見た限りでは魔物討伐とかいう仕事を斡旋する場所がありましたが」
と、ノエル。
「それを受けるしかあてがないよな」
シオンも言う。これは魔物討伐の仕事を受ける流れだ。
一行はノエルの言っていた斡旋所へ。その斡旋所にはいくつものポスターが貼られ、受ける人を探していた。人探し、××にあるものを取って来るなど、様々な仕事のポスターがある。
掲示板の右端に『魔物討伐』と書かれたポスターが貼られていた。報酬は300万デナリオン。その金額を見たグランツが言う。
「これ受けるか?魔物討伐って元の世界でも報酬多いし」
杏奈たちのいた世界では、魔物討伐をできる人物はかなり限られている。鮮血の夜明団のメンバーでも錬金術師に魔物討伐は厳しい。そして、魔物討伐で負傷し、前線を退いた魔物ハンターもいる。だから報酬は高い。
その魔物は十中八九、吸血鬼化した猛獣だろう。
「受ける価値はあるね。何せグランツとシオン先輩という猛者がいるのだから」
と、杏奈。
「それはおまえもな」
シオンが杏奈をからかうように言った。そして、シオンは受付の青年を呼ぶと依頼を受けるための手続きをする。シオンが代表としてサインし、メンバー4人の名前を書く。シオン・ランバート、神守杏奈、グランツ・ゴソウ、千早ノエル。
その時の青年の顔にはある種の狂気があったことにシオンは気付いた。まるで人の命をゴミ同然と思っているかのような。しかし、今はなりふり構っていられない。自分たちに必要なものは賠償金のために必要な金、500万デナリオンだ。
「では、この依頼、承るぜ」
シオンは書類の請負人控えを手に取った。いざ、魔物討伐へ。
魔物がいると言われた場所は杏奈たちが倒れていた場所とは反対側にあるスリップノットの海岸だ。その海岸は砂浜。砂利ではあるが、磯のように岩だらけというわけではない。
「昼過ぎに海から上がってくるんだよなぁ」
グランツは岩影から海の様子を探る。今のところ異常なし。波の音だけが周囲に響いている、至って平和な海だ。書類に書いてあった限りでは討伐する対象が海から上がってくるのは昼頃。そろそろ出てきてもおかしくない。
「擬態できる奴かもしれない。先輩、音波で索敵はできますか?魚を捕るときのソナーみたいに」
グランツの隣で海の様子を見ている杏奈は海を見たまま言った。
「ああ、そうだな。あんまり慣れてねえけどやってみるか」
シオンは海に向けて指先から音波を撃った。水中に撃ち込まれ、波紋が広がる。
「……だめだ。分からねえ。水中に向けて撃つのは初めてだからな」
シオンはため息をついた。
「まあ、何とかなるでしょう。私、これでも先輩が化物に勝利できるくらい強いのは知っていますから」
杏奈としてはシオンをフォローしたつもりだった。
一方のノエルは文字を砂利の上に敷き詰めていた。彼女が言うには防壁とトラップを兼ねる結界だという。
「ハァ……これが限界か」
ノエルは少し不満そうだった。
「シオンさん。結界は張っておきました。が、今の私は無防備です。普通に殴られて骨折するようなか弱い女子です。ので、できるだけ私に奴を近づけないでください」
と、ノエルは言った。
「心配いらない。私がノエルを守る。あの結界には何かあることくらい聞かなくてもわかる。なによりクラスメイトを怪我させたくない」
杏奈は言う。そして、杏奈とノエルは場所を入れ替わるように、杏奈が最前線に出てノエルが岩影に隠れる。
静寂が辺りを包む。まるで、嵐の前の静けさ。
奴は突然やってくる。
海に潜む黒い影。こちらへ泳いでくる。まだ遠い。いや、すぐに姿を現す。
タコ――巨大なタコだった。炭を吐く部分から海老の頭が突きだした奇妙な外見をしている。大きさは推定4メートルほど。分類するならばグランツがよく討伐していたキメラだろう。
「撃つぞ、杏奈!!!」
声を発するシオン。そして、すぐに指先から雷を纏った音波を撃った。タコに炸裂する雷の一撃。
効いていない。
奴は人が走るくらいの速度でこちらに向かってくる。杏奈は距離を取るべく、シオンたちのいる岩影とは反対側に下がる。
奴はじりじりと近づいてきた。8本の足をくねらせ、粘液をボタボタと垂らしながら。この様は、はっきり言って気持ち悪い。しかし、放り出す訳にはいかないのだ。
「あと少しで、ノエルの罠に引っ掛かるか」
杏奈は奴を睨み、鉄扇を開いた。