奇術師の罠
このためにマジックの練習をしたのですが長くなりそうだったので練習して覚えた部分をほとんど書けておりません。
二コラは吸血鬼の力を以てしてネブリナを倒した。だが、今の状況で地上に出ることはできなかった。
午後であるとはいえ、まだ太陽が出ている。外套もない。吸血鬼である二コラが今地上に出ることは自殺行為と言える。30分以内であっても二コラが太陽光によって致命傷を負う可能性は極めて高い。
今地上に出ることをあきらめた二コラは燃えそこないのチラシを取った。今するべきことは、地上にいる仲間と連絡を取ることだろう。
地上。飲食店のテラスで向かい合わせに座るデューク。二人が向かい合ってから1時間半が経とうとしていた。杏奈とグランツは正面から嘘を見破ることが苦手なので、ジョシュアが先に行かせた。故に、今ここにいるのはジョシュアとデュークと意識のないシオンだけ。
デュークは慣れた手つきでカードをシャッフルする。
「今度は少しやり方を変えてみましょう。次は簡単に見破れるかもしれませんよ」
ジョシュアはデュークの手元から目を離さなかった。デュークの言っていたカードは本当に入っているのだろうかと疑心暗鬼になったジョシュアはまさに彼の手の上で踊らされている。
「この中から好きなカードを選んでください。ここで目当てのカードに触れたらそれまでなんですけどね。フフフ……こちらとしてもナイフ投げのようでゾクゾクしますね……」
眼鏡の奥から異様に笑った目がのぞく。その目を見ているジョシュアは馬鹿にされているようで苛立ちを覚えた。だが、今苛立ちを抑えられなければシオンは死ぬ。
ジョシュアはデックの中から1枚カードを引いた。スペードの7だ。それを確認したデュークはカードをデックの一番上に置いた。
「本当に例のカードは入っているのかい?私が今まで引いたカードをできる限り覚えているんだが、カードの出方に偏りがあるというのは偶然でいいのかい?」
ジョシュアは言った。というのも、これまで52枚以上のカードの数字とスートを見たジョシュアだが、1度も出ていないカードがある。たとえデュークの意図したことではなくとも圧力はかけておきたかった。
「偶然か否かを問うは手品においてタブーだと思いませんか?」
デュークはごく自然に言った。彼はジョシュアの言葉に応じる気などない。立場が明らかに上で、下にいる者の意見を聞き入れない人間と同じ。ジョシュアは彼に対する怒りを必死に抑えていた。見下されているように扱われることが彼にとって気に食わないのだ。
質問を質問で返す行為は答えるつもりのない人間がやるような単なるはぐらかしでしかないとジョシュアは考えていた。今すぐ顔面を溶かしてしまいたいという明確な殺意がジョシュアの中で渦巻く。
「思わないかな。私としては君の質問を質問で返す行為の方が私にとってはタブーなのだが。聞き入れるつもりのない上司のようで嫌なんだ」
ジョシュアは答えた。が、このときにデュークの真意に気づく。彼はジョシュアに余計な感情を抱かせ、思考や記憶を徹底的に妨害している。手品の腕がいいというわけではなく。彼の手品師としての真髄は「種」に近づかせないための話術だった。
デュークは口角を上げた。彼の手の中でカードはデックごと混ぜられ、デックはテーブルの上に置かれた。
「一番上のカードをめくってください」
デュークは言った。ジョシュアはデュークから発せられる圧の中、カードをめくった。スペードの7だ。ジョシュア自身がめくったカードそのものからはとんでもないモノが感じられる。これは一体……
「おや、何か不満でもありますか?」
「二つ質問をしてもいいだろうか?」
ジョシュアは尋ねた。どうしても気になる事があるのだ。
「構いませんよ」
「まず一つ目。このまがまがしい気配は何だ?」
ジョシュアが尋ねてもデュークの表情は変わらなかった。
「今までに私が奪った魂です。私は魂を掌握する力を持っています。このカードすべてには今までに私が奪った魂が入っているのです。その証拠に穴が開いているでしょう。すべて誰かの魂が入っています。もちろんシオン・ランバートの魂も」
デュークは答えた。嘘をついているときに見られるようなうわついた目の動きはない。ジョシュアはひとまずデュークの言う情報を信じることにした。
「それで二つ目だ。なぜわざわざ私に手品を見せるのかい?」
「全く君は勘が良すぎますよ。一言でいえば対象が死ぬまでに時間を稼ぐため。私は戦闘が苦手でして、こうやって騙さなければ任務を遂行できないのです」
もう一つの質問にもデュークは答えた。
「さて、もう一度いきますよ。あと4回しかチャンスはないでしょうか。すでに1時間45分は経過していますよ」
と、デュークは言ってカードをシャッフルした。
「さて、もう一度この中から好きなカードを選んでください」
テーブルの上に1列に並べられるカード。それらからは等しくまがまがしい気配が感じられた。これはすべて誰かの魂。
ジョシュアはデュークの手首に視線を移す。
カードマジックの一つに、服の袖の中にカードを隠すというテクニックがあるということをジョシュアは思い出していた。ひょっとすると、とジョシュアは考えていたのだ。
「やれやれ、手品については100年前にちょっぴりやっただけでね。忘れていたのだが、その手にも持っているんだろう?カードを」
ジョシュアは言った。すると、デュークの眉間にしわが寄る。一瞬だけ見えたデュークの服の袖の中には確かにカードがあった。そのカードにも穴は空いている。
「やっと見破れた。いやあ、100年たつと忘れるものだ。私はそれを選ぶよ。選べないと言っても無駄だよ」
「君は空気を読めない人なのですか。カードマジックだろうと何だろうとマジシャンに向かって種の話をするのは禁句だ。タブーに触れてはならない。両親から教わらなかったのですかな?」
デュークは言った。見た目が若いジョシュアに対してデュークはなめたような態度をとっている。たとえ敬語で話していても薄々わかるくらいだ。
ジョシュアはテーブルをたたいた。いくつかのカードが裏返るくらいの力だ。
「説教のつもりかい?この見た目ゆえの説教なら聞き飽きた。私から見れば年下だが君は立派な老害だ。違うかい?」
ジョシュアは言った。デュークは何も言わない。
「わからないのだな。全く、空気というものは難儀だよ。これだから頭の固い人間は」
ジョシュアは立ち上がってデュークの右手を掴んだ。
骨の折れる音。ジョシュアの凄まじい握力はデュークの右手を締め上げ、彼の表情をゆがませる。まるで拷問されている人間であるかのように。
痛みをこらえる人間の顔は見れたものではないと、ジョシュアは顔をそむけた。
「悪いがこれ以上続ける気はない。怒らせる相手が悪かったな、デューク」
ジョシュアはデュークの服の袖からカードを抜き取った。そして、念のためにとデュークを片手で投げ、彼は壁にぶつかって気を失った。
1時間53分。あと少し気づくのが遅ければ、とデュークは考えていた。
シオンが目を覚ます。彼の胸からは釘のようなものも消えている。
「ジョシュア……なぜそんなに機嫌が悪そうな顔をしていたんだ?」
「気に食わない相手から気に食わない説教をされそうになった。それだけだ」
詳しく語ることのないジョシュアはシオンとともに穴の方へ歩いていく。二コラの状況を確認するために。
解説
デューク
魂のイデア
密度:並 展開範囲:狭 継続時間:2時間 操作性:悪 隠密性:並
釘の形のイデア。刺した人間の魂を別のものに閉じ込めることができる。刺された人は仮死状態となる。継続時間の2時間が経過すれば刺された人は死ぬ。隠しきることができればかなりたちが悪い。




