浮遊する洋館
推敲の回数を増やしてみました。これで少しはクオリティ上がるかな?
夜が明けて数時間が経った。洋館に足を踏み入れる者がまた一人。やや長い前髪で左目を隠した男は洋館のドアを開けた。
彼はしばらく廊下を進み、玄関からそれほど離れていない小部屋の扉をノックした。
「僕です、ヴィダルです。最後のルーン石を持ってまいりました」
「開けていいわ。ありがとう」
小部屋の中からアンジェラの声を確認すると、ヴィダルはドアを開けて中に入った。
小部屋の中には小さなテーブルが置かれ、その上には24個のルーン石が並べられていた。それらを取り囲むようにして立つアンジェラとロザリア。
アンジェラはここで顔をあげた。
「無事に届けてくれてなによりよ」
「いえ、アンジェラ様のためですから」
「そう、では始めようか」
アンジェラはヴィダルからルーン石つきのナイフを受け取った。ルーン石の力を最大限に発揮するためにアンジェラはナイフから石を外す。それからテーブルの上に置いた。これで25。すべてのルーン石がそろった。
かつて魔術という失われた概念のために使われたエネルギー体ルーン石。今や美術品や装飾品となっているが、そのエネルギーはすさまじい。
アンジェラは彼女自身の周りに十字架と羅針盤のビジョンを出した。これがアンジェラのイデア。二つのエネルギーが互いに呼応し、ルーン石は強い光を帯びる。
「見よ。これが異世界干渉である」
ルーンの光は次第に強まり、しまいには地響きを起こす。洋館は音を立てて揺れている。それほどルーン石のエネルギーは強大だ。
揺れは次第に強まり、この場にいた3人を新たな感覚が襲う。少しずつ上昇する洋館。今、ここは地面を離れて浮き上がっている。
これがアンジェラの望む展開。だが、これも序の口に過ぎない。
ベッド横のテーブルから照明が落ちた。ベッドに横になっていたノエルはその揺れの異質さに気づく。地震ではない。何かが地面を、洋館を持ち上げているような揺れだ。揺れに足を取られながらノエルはベッドから立ち上がる。
その部屋に置かれた本棚からは本が落ち、花瓶が割れる。現状はまさに地震の時の室内のよう。
ノエルは揺れに翻弄されるしかなかった。
やがて揺れはおさまった。ノエルは本などが散乱した部屋をどうにか歩いて窓際にたどり着いた。あわよくばここから逃げ出そうと考えていた。だが、そうもいかないらしい。
中途半端に開いた窓から外の景色が見えた。
「こんなことが……」
この洋館はいつの間にか空に浮いていた。幻覚を見ているにしてはあまりにも出来すぎている。洋館があったはずの場所には大きなクレーターができていた。
「いい眺めでしょう」
ノエルの耳に女の声が入る。アンジェラのような色気はなくともどこか可愛らしくあどけなさの残るような声だ。ノエルはふと後ろを向いた。
左右で色の異なる瞳。太陽のように明るい金髪。透き通るほどきれいな白い肌。人形のように整った顔。黄色のワンピース。部屋の暗闇の中に彼女――ドロシーはたたずんでいた。
「タリスマンのすべてが見えるのよ」
上空からみた景色についてドロシーは何かを知っているらしい。そうでもなければ窓の外を水にどうして「いい眺め」といえようか。
ドロシーが「いい眺め」と言ってもノエルは恐怖心を抱いていた。気球ですら怖いのに。
「怖いの?この洋館は落ちないわ。ルーン石の魔力とアンジェラの力がある限りね。この洋館は魔術で浮いているの」
魔術。ノエルはそのような言葉を聞いたことはない。それも当然だ。魔術は太古の秘術。今や錬金術と科学、そして魔術とは似て非なる魔法に取って変わられた。魔術の理論はあまりにも難解なのだ。
「すべてが終わればあなたはきっと幸せになれる」
ドロシーは子供に話すようにやさしく語り掛け、その部屋を出て行った。
この洋館は空中に浮遊し、おそらく階段もエレベーターもない。そんな中でどのように出入りするのだろう。不可解である。それでもノエルは活路を見出そうと足掻く。
ノエルの高校の制服のポケットにはメモ帳が入っていた。そのページを一枚切り取るとボールペンを走らせて文字を書く。
――杏奈、シオンさんグランツ、ジョシュア、二コラへ。私はアンジェラの居城にいます。ちょうどタリスマンの町に浮いた洋館です中からでは出入口が見つからないのですが、もし本当に出入口がみつからなければ洋館を地上に落としてください。なんなら殺されるかもしれない。私はいつでも死ぬ覚悟ができています。
ノエルは手紙を紙飛行機の形に折る。その状態で飛ばそうとしたが、ノエルは何を思ったか髪を結っていたオレンジ色のリボンをほどいた。それを紙飛行機に結び付け、今度こそ飛ばす。
手紙はふわりと風に乗り、窓から出るとタリスマンの町へ舞い降りて行った。
「杏奈……」
窓の外を見つめるノエルの目にじんわりと涙が浮かぶ。死ぬことへの恐怖は捨てた。犯されることよりも怖くない。だが、別れの悲しさを抑えることはできなかった。ここで死ねば杏奈とも別れることになる。
涙が風に消え、銀色の髪が風に揺れた。異界の空は残酷なほどに青い。
再びルーン石は奪われた。アンジェラのすることを知る以上、杏奈たちは見過ごすわけにいかなかった。
突如現れた浮遊する洋館。その詳細は一行の誰にもわからない。が、杏奈はそれなりに予想があった。
あれがアンジェラの洋館ではないか?
杏奈がずっと洋館を見ていると、彼女のもとに紙飛行機の形に折られオレンジ色のリボンがまかれた手紙がとどいた。
「それは?」
黒い外套を纏ったジョシュアは言った。
「多分ノエルから。そうでなくてもノエルがかかわっていることには間違いないかな」
杏奈はそのまま手紙に目を通す。
やはりアンジェラのいる場所は宙に浮いた洋館だった。表に出すことはないにしても杏奈の中に怒りが込み上げてきた。ルーンを奪ったこともさることながら、彼らはノエルも連れ去った。
杏奈は無言で手紙を真っ二つに破った。普段は冷静な杏奈もこればかりは我慢ならない。なぜノエルは命を捨てようとするのか?なぜノエルは自分から犠牲になろうとするのか?
「シオン先輩。私は行きますよ。ノエルにふざけんなって言います。それに、アンジェラとドロシーも討たないと」
珍しく感情をあらわにする杏奈を心配しながらも、一行は殴り込みの意思を固めていた。
「いくぞ。殴り込みだ」




