時計の針は停止する
今回は難産でした。3回は書き直したかなぁ。
最初に動いたグランツはダーツのイデアを出し、彼らの周囲に潜む5人に向けて放つ。
「続くぞ!」
グランツに触発された二コラも言う。
二コラ、ノエル、ジョシュアがグランツに続き、杏奈はそのしんがりであるかのようにビリーに突っ込む。
その一方、シオンは飛行しているエランに向けて狙いを定めていた。指先に光の魔法を溜め、上空から襲い掛かるエランを迎撃する。シオンはそれだけを考えていた。
「返り討ちにしてやろうぜ」
張り切るグランツであったが、すべてが思い通りにいくわけではない。余裕を見せる5人の敵はそれぞれに迎撃し、中性的な執事が一歩前に出た。
「やるのか、ロザリア」
「そのつもりだ。30秒で片を付ける」
ロザリアと呼ばれた執事はふっ、と笑った。その周囲に現れる天球図と時計のビジョン。ノエルはロザリアの挙動に何かの意図を見つけたのか文字列を展開した。
「時は停止する」
――すべてが止まる。時という概念が失われたようだった。
シオンは目の端で「それ」を認識した。杏奈達は動かない。走り出したときのまま止まった杏奈、中途半端に炎を出した二コラ、5人への攻撃を放った直後のグランツ、不完全な文字列の壁と攻撃を展開したノエル。完全に止まっている。ある一定の範囲に限り、風が吹く様子も砂埃が立つ様子も一切ない。まるで時が止まっているかのように。動きを封じたのか、それとも。
「杏奈!グランツ!どうしちまったんだよ!?」
シオンは言った。外部から見ればこれほど奇妙な光景に自分はどう介入すべきか。
そのとき、5人の執事たちは動いた。一人が一人ずつ殺すつもりだろうか。リボルバー式の拳銃、鋭く研がれたナイフ、鉈、刀身が波打った形状の剣、丸太。それらの武器が止まった時の中にいる5人を殺さんと牙をむく。
「7秒」
ロザリアの声が合図だった。これで杏奈たちは死ぬ。この場を認識した者全員がそう思っていた。だが、時を止められた5人はそれほど簡単にくたばりはしない。執事たちの武器は何かに阻まれた。
「千早ノエル!イデアでガードしていたというのか!」
弾丸をはじかれたビリーはノエルの展開していたイデアに気づく。文字列による防御壁は5人をぎりぎり取り囲む範囲に張られ、シオンはその外にいる。これに気づいたビリーは狙いを変えた。まずはシオンを殺す。
ロザリアが「7秒」と言ったとき、シオンも光の魔法を撃ちこんでいた。血と鳥の翼が地面を汚す。
「へへ、お前も吸血生物で間違いねえな。結構浸食されたと見た!」
「ジャマダ!ジャマスルナ!チイスウタロカ!」
光の魔法を撃ち込まれてもなおエランは戦意を保っている。だからこそシオンは次の手を考える。
しかし、シオンの敵はエランだけではなくなった。後ろからひしひしと感じる人の気配。5人が同時に殺気を向けている。
「19秒」
「やれやれ。振り向いたら殺されそうだぜ」
シオンは5人の敵に背を向けたまま言った。焦っているように見せておきながら彼はまだ何かやらかすつもりだった。それは――
「逃げるとはいい度胸だ!」
執事の一人が言った。そう、シオンは逃げたのだ。もちろん敵前逃亡ではなく自分の有利な方向に持ち込むため。
路地に逃げ込んだシオンを真っ先に追いかけたのはエラン。片翼に穴が開いてもなお飛び続け、シオンを追い込んだ。ようだった。
「来た。まずはお前だ!」
指先に集めていた光。エランに気づかれまいと、逃走中にずっと溜めていた。ここでもう一発撃ち込む。
エランが急降下してきた。これがチャンスと判断したシオン。指先からまばゆい光の魔法をエランに撃ち込んだ。
「クエエエエエエッ!!!」
鳥の断末魔が夜の町に響き渡る。光によって浸食されたエランは息絶えながら地面に落ちる。やがて灰になるだろう。シオンは次の敵を待ち伏せていた。囲まれるならば広い空間より路地の方が自分への害が少なくなる。次の敵は誰だ。
「30秒。どうやらここで動き出すね」
ロザリアの声が聞こえる。だが、シオンの前に現れたのはヴィダル。
「ロザリアと思ったかい?僕だよ」
ヴィダルは彼自身の周りに朱色の薔薇を出した。イデアのうち、かつてヴィダルがグランツに見せなかった部分である。
その薔薇はひときわ異質で、花びらが霧のように散った。シオンには意味がわからなかった。だが、彼は直感的にわかっていたことがある。距離を取って戦う相手は距離を詰められると弱い。シオンは霧となった薔薇などお構いなしにヴィダルとの距離を詰めた。
「俺をここで相手にしたことを後悔しとけよ!」
拳に込める光。シオンは光をヴィダルに叩き込んだ。そのときのヴィダルは「しまった」と言いたそうな顔をしていた。
その直後に煉瓦でできた建物に穴が開く。
「……ああ、またトイレか」
シオンに殴り飛ばされたヴィダルは吹っ飛びながらつぶやいた。もちろんシオンには何のことなのかわからない。ただシオンは一時的に戦意を失ったヴィダルを放置して仲間と合流することにした。建物の反対側から合流できるはずだ。
地下から続く階段の前。シオンが戻ってきたときに敵はいなかった。
「戻ってきたか。よかった」
シオンが戻るなりジョシュアは言った。彼はいなくなっていた仲間のことをどこか心配している様子がある。
周囲を見てみればノエルがいない。ジョシュアはいつの間にか消えたノエルと一時的にその場を離れていたシオンを心配していたらしい。
「ああ。なんとかな。いきなり状況が変わっていて驚いたか?」
「驚くに決まっているじゃないか。何があったんだ?」
ジョシュアは怪訝な顔でシオンに尋ねた。
「俺が飛行体と戦っていたときにお前らが急に動きを止めただろう。その時に状況が動いたってわけだ。何の能力かは知らないけど、お前らに認識できないことはそれとなくわかった」
シオンが言うことを聞いたジョシュアは目を丸くした。信じがたいことであるが、信じるほかはない。目撃者がシオンしかいないのであれば。
「宿に行こう。グランツが取ってくれたみたいだからな。もう野宿はごめんだ」




