ようこそ、異界一の魔境へ
今回もよろしくお願いします。
タリスマンの町の入口付近にも階段があった。その階段は地下へと続いているが、地下通路に通じるものではない。
デュークはエランとともに殺風景な階段を降りていった。
階段の突き当り。頑丈な鉄扉で封鎖され、外から入ることができないように見える。ここでデュークは扉に手をかざし、イデアを展開した。――展開されたものは紫色のリング。それが何の能力なのか、当然ながら見ただけではわからない。イデアを感知した扉は「ギイイ」と音を立てて開いた。
扉のむこうがわにあったのは動物園を思わせる檻とその中にいる実験動物たち。それらのすべては目が赤くそまり、血に飢えた形相を見せている。――エランの「素材」となった生物もかつてはここにいた。そわそわした様子を見せるエランをよそにデュークは無表情で奥へ進んでいった。
奥にはエランも乗れる程度の大きさのエレベーターがあり、デュークはエランとともにそれに乗る。動き出すエレベーター。彼らが向かう先は――
「おかえり、デューク。やつらをしとめたかい?」
血だらけの研究施設の入口にたたずむ整った容姿の男、ヴィダルは言った。
「いいや。今回は偵察だけだ。アモットとメックスとアルセリアも死んだ。ディ・ライトからは連絡もない。この状況で下手につっこめと?」
「そうだな、すまない。僕から一度コイツを奪ったグランツがいるから当然か」
ヴィダルは紅い石のはめ込まれたナイフを見せて答えた。薄明るい照明に照らされ、紅い石が妖しく光る。グレイヴワームという場所でグランツに敗北を喫したヴィダル。自分の実力に自信を持っていた彼だからこそ感じていたものもある。
「よくわからないが多分そうだ」
デュークはそう答えると、後ろにいたエランを鎖と足輪でつないだ。
「楽しみだな。いろいろと」
ヴィダルの顔は笑っていた。本当の戦いはこれからだと言わんばかりに、妖しく。ヴィダル自身の顔が整っているのでなおさらだ。
地下道で横になっていたシオンは目を覚まし、時計を見た。午前6時半。シオンは身体を起こし、服などについた砂をはらう。朝日もへったくれもないが、シオンの身体は朝になったことに気づいていた。
「行くか。見張りだけどな」
シオンは単独で階段を上り、地上に出た。
夜とは異なる景色。朝の陽ざしがタリスマンの町を照らしている。平和にも見えるこのタリスマンであるが二コラたちによればアンジェラがいるという。道に座り込んだシオンはただ辺りの景色を見るだけだった。
「いまのところ襲撃なし。今こないからといってもなあ」
――シオン、杏奈、ノエル、グランツの交代で見張りをするも奴が現れることなく日が暮れた。一行はそれぞれの情報を共有し、地上に出る。探知した結果アンジェラはひときわ大きな洋館にいるということ、昨夜襲い掛かってきた飛行体は吸血生命体の可能性が高いこと。
それらを踏まえて一行は洋館への殴り込みを決行しようとしていた。
時間が悪かったのだろう。一行の目の前に例の飛行体が現れる。
「クエエエエエエーッ!」
あと10メートルほどのところで飛行体――エランが叫ぶ。それがチャンスだとにらんだシオンは指先に光の魔法をためる。そして撃つ。シオンの指先から放たれるまばゆい光の魔法は空を切り、エランはひらりと躱した。そこから一直線にシオンを狙ってきた。
「危ない!」
ノエルは咄嗟に文字列の壁を張った。するとエランは文字列に気づいたのかノエルたちを避ける。エランが向かうのはとある民家の屋根の上。そこにいたのは――
「誰だ!」
シオンは言った。
「名乗るほどの者ではございません。ですが、念のため名乗っておきましょう。我が名はデューク。しがない執事でございます」
と、答えるデューク。聞いていたグランツはその物腰の柔らかさに一種の怪しさを覚えた。ビリーやヴィダルがそうだったように。
「その物腰にはだまされねえぞ」
グランツは言った。
「おや、それほどの敵意を見せるのですか。こちらもその敵意に応えなくてはなりませんね」
と、デュークは言った。彼はきっと何かをしてくる。あからさまな敵意を見せたグランツをよそに、ノエルはばれないようにイデアを展開していた。だが、ノエルにも読み違いはあった。
「敵はデュークだけじゃない」
ここで、ふと杏奈が言った。彼女はデューク以外に4つの気配を感じていたのだ。民家の屋根の上に2人、路地裏に2人。彼らは一行を囲んでいた。その中には一行が見たことのある顔も混ざっている。ビリー・クレイやヴィダル。
アンジェラ・ストラウスの居城には当然ながら手下がいる。彼らはアンジェラのために迫る敵を排除し、彼女のために暗躍する。一枚岩ではなくても彼らの意志はすべて同じ方向を向いている。
「ようこそ、異界一の魔境へ。タリスマンへ」
路地に身を潜めていたビリーは言った。破綻した彼の言葉は重い。一行はそれぞれに思いがあるが、ビリーの言葉はそれすらいとも簡単にかき乱す。
11人と1羽が出会うことを待っていたかのように風が止んだ。ここは魔境。目的とする人物の本拠地。この町に立ち入る者は生きて帰る希望を捨てよと言わんばかりにまがまがしい気配が立ち込めていた。
5人の敵を目の前にして、さっそくグランツが動いた。張り詰めた空気はガラスが割れたかのように変わった。




