ここは地獄の入口
幕間間に合いませんでした(汗)
とりあえず続きです。今回から新しいパートですよ!
杏奈の視界に小さな町が見えてきた。あれがタリスマンの町だ。立ち並ぶ民家とほんの少しのビル。それから赤レンガの洋館。どことなく謎めいた雰囲気の町なのだろう。
「ここにアンジェラはいるんだね」
杏奈は言った。一行はそろって気を引き締めていた。ここが「旅の終わりの町」。
ふとシオンが空を見上げると、何かがこちらへ向かって飛んできているのが見えた。満天とはいかなくてもクロックワイズより星が見えるタリスマン。その星の光を遮るかのように何かが飛んでいる。――鳥か、それとも魔法によるなにかか。それとも……。
「伏せろ!私が追い払う!」
ジョシュアが叫んだ。彼は一瞬でイデアを最大限に展開し、その塊を飛行体に向かって撃つ。虚空に散るイデアの塊。避けられた。飛行体はひらりと躱し、空へと再び舞い上がる。奴は空中からジョシュアを見ていた。
「クェーーーーッ!ココハジゴクノイリグチ!ハイッタラデラレナイ!ハイッタラデラレナイ!」
飛行体が喋った。インコやオウムなど、喋る鳥は存在する。それにしても、今飛んでいる飛行体くらいの大きさの鳥はいないと言ってよい。
飛行体は一行に急速に近寄ってきた。きっと奴は攻撃する。そう踏んだノエルは一歩前に出て文字の壁を張った。5秒後。飛行体は文字の壁に激突し、ガラスにぶつかった小鳥のように地面に落ちた。その飛行体に光を当てたシオンが気づく。
「ティアマットにいたアレと同類。きっと錬金術か何かで作られた生命体だ」
会いたくない人物を目撃したかのようにシオンは言った。姿は違っていても生命体としての本質は同じ。
「ああ……こっちじゃあ法律もへったくれもないんだよな……今のうちにタリスマンの町に入ろうぜ」
グランツは言った。
一行は飛行体が起き上がらないうちにタリスマンの町のゲートをくぐることにした。暗い中、いつ飛行体が起き上がって攻撃してくるのか。それは誰にもわからない。
タリスマンの町のゲート付近で杏奈たちを見ていた人物が一人。モノクルをかけ、深緑のスーツを纏った年齢不詳の男。彼はため息をついた。
「一度目は退けましたか。今までの刺客たちに勝利してきただけはありますね」
その男は地面に倒れた飛行体に視線をうつした。オウムのように頭にとさかがあり、白鳥のように白い羽。さらに飛行体の嘴は猛禽類のようにするどくて曲がっている。
「エラン。人工生命体Feather-078……。我々の最高傑作のはずだが、生きているな?」
男――デュークはエランの羽に手を触れた。鳥類にしては冷たく、吸血鬼のよう。実際、この人工生命体は半分吸血鬼、いや吸血鳥なのだ。
「デューク」
エランは飼われているインコのように言葉を発した。
「エランエモノノガシタ!ジゴク、ジゴク」
「獲物ねえ、確かに見たぞ」
デュークはエランの羽に触れたままタリスマンの町の方を見た。6人組の姿はもう見えない。彼らはどこに行ったのか。デュークはいくつか予想をつけていた。――タリスマンの地下研究施設、武器庫、それともタリスマンの城か。
「どこへ行っても叩き潰す必要があるな。ネブリナかビリーを呼ぶべきか……それとも」
デュークは何かを思いついたようだった。そして、彼はある場所へ向かう。
――地下道からつながる錬金術研究所。この小さな町、タリスマンにも「研究所」は存在し、日々研究がおこなわれているのだった。
同刻、杏奈たちの一行はタリスマンの町の地下道にいた。エランと接触した後、その攻撃を避けるために地下に身を潜めることに決めていたのだ。
タリスマンの町の地下室はいくつかの店などにつながっているだけで、それほど栄えているように見えるものではなかった。
シオンは地下道のベンチに腰を下ろす。
「さて、あの鳥なんだがどう思うか?」
「アレですか……」
杏奈は少し考えを整理した。タリスマンの町の入口にいたあの鳥は、杏奈が一度見たことのある検体と少し似ていた。特に羽の部分。どちらも白く、羽がびっしりと生えていた。だが、見たことのある生命体との共通点を見出して正体を特定するには時期尚早ではないか、と杏奈は考える。吸血生命体かそうでないキメラに近い存在かで対処法は変わってくるのだ。
そして杏奈は口を開く。
「昼間に様子を見てみませんか?吸血生命体は昼間に動けません」
「……!見落としていた」
何かを思い出したかのような顔でシオンは言った。吸血生命体の特徴は杏奈の言う通り。吸血鬼と同じく太陽光や光の魔法を弱点とする。
「それで決まりかな」
「だな。昼間は俺とグランツで見張ろう」
シオンは言った。
今の時刻は午前3時すぎ。少し仮眠をとって見張ればいいと判断したシオンは地下道の地べたに横になる。
「あの、野宿ですか?」
ここでノエルが少し嫌そうな顔になった。異界に突入する前はふつうの女子高生だったノエルだから仕方ないことかもしれない。ふつうの人間は野宿に慣れている人の方が珍しいのだ。
「残念ながら。なぜかタリスマンには深夜でもチェックインできる宿がないんだ」
杏奈は答えた。
仕方なさそうにノエルは地下道の壁によりかかる。
「ちゃんと寝ろよ。コンディションが落ちては大変だぜ」
休もうとしないノエルを見ながらグランツは言った。
やがて夜は明ける。日が昇ればタリスマンの入口にいたアレの正体が明らかになるだろう。シオンとグランツは地上への階段を上り、見張りに出た。




