自傷の炎
スランプ脱出の兆しです。
杏奈の視界にアモットと二コラの姿が映り込む。
二コラの身体は一部が爆破され、皮膚に直接火がついている。それでも彼は立っていた。死んでもアモットを倒すという意思がそこにある。
「二コラ……」
「心配いらねえ……だてに66年生きていねえよ」
杏奈がアルセリアと戦っているとき、二コラはアモットと相対していた。
「さすが吸血鬼。爆弾ごときでお前は倒せないよなあ」
アモットは言った。彼の言うとおり瓦礫に潰されても爆破されても二コラは退かない。二コラの身体は少しずつ再生していった。
傷の7割を再生したところで二コラはアモットに突っ込むことにした。体の半分を爆破されても死なない吸血鬼だからこその思い付きだ。どうせなら至近距離から炎を浴びせ、燃やし尽くしてやる。
「……来るか」
爆炎がアモットにふりかかる。アモットは少し後ろに下がることで炎を回避。突っ込んできた二コラが何かを考えているようには見えなかった。
――この吸血鬼は誘いやすい。少し挑発すれば簡単に乗ってくれるだろう。それだけ単純なのだ。
アモットは二コラの炎を避けると言った。
「残念だったな!俺はここだ。その炎を当てられるか!?」
アモットはもともとの場所から飛び降りた。
「上等だ。お前はアルセリアやディ・ライトとは違う純粋な敵だからな。遠慮なくやれる」
二コラの言葉を聞いたアモットはにやりと笑った。二コラの周囲に浮かぶ蝋燭の炎は青い。彼の感情の高まりに従って温度が上昇しているようだった。
そして二コラは動く。何か嫌なものを感じさせるアモットを徹底的に追い詰める。二コラは炎を当てやすい位置に移動し、炎を放った。射程は4メートル。だが、アモットは炎を目の前にしても動じない。彼は素早くその場を離れ、人差し指を立てた。
「今だ。この吸血鬼を始末しろ!」
アモットの余裕の正体はこれだ。二コラが気づいたときには遅かった。四方から二コラに向かって銃弾が撃ち込まれる。ガトリング砲か。それだけには限らない。様々な種類の銃火器が二コラを撃ち抜く。彼の受けた銃創から血が噴き出した。人間であれば確実に死ぬ。
「てめぇ……」
体中を撃たれながら二コラはつぶやいた。声を発する彼は見るも無惨な姿だった。全身を撃ち抜かれ「ハチの巣」のようになった彼は目の光を失わず、アモットを睨んでいた。彼はまだ死なない。
「俺がアルセリアと二人きりだと思ったか?何も大人数で一人を相手取る事が悪くないだろう」
弾丸の当たらない位置でアモットは言った。彼の目に映るのは血だらけの二コラ。だが、二コラは少しずつ再生していた。吸血鬼の再生力はだてではない。
二コラは口から血の塊を吐き出し、弾丸の出どころを確認する。――全部で8人。ビルの上から二コラの方に銃口を向けていたようだ。
「どうせまた俺を撃つんだろ?」
ビチャビチャと血が地面に落ちる。ボロボロになっているとはいえ、二コラも吸血鬼。アモットに近づくと見せかけて激しい炎で彼を囲む。そして、近くに刺さっていた木製の杭を引き抜いた。
「おい、どこにいく?おい!」
炎に囲まれたアモットをよそに、二コラはビルの上に跳び上がった。銃を持った男の横に立ち、丸太で殴打。彼は自分を撃った者たちを一人残らず殺すつもりだった。
二コラはビルからビルに飛び移り、一人ずつ男たちを殺す。
「……そうか。だが二コラ。俺を倒さなければ戦いは終わらない」
アモットは彼自身を囲む炎の熱を少しずつではあるが受けていた。サウナのようにじわじわと身体を熱するような熱だ。
二コラの服は血まみれだ。銃で撃たれたときの血と撲殺した人間からの返り血がまじりあっている。
8人の人間の血を吸ったことで二コラはある程度の力が戻っていた。二コラは最初に撲殺した男がいたビルからアモットを見下ろす。
(恐ろしいな。再生するうちに力が減っていく。自覚したこともなかったぜ)
二コラはごくりとつばを飲み、ビルの屋上の縁に足をかけた。彼の口の中にじんわりと広がる血の味。――血は生命の液体だ。
ビルから飛び降りる二コラ。その下には炎の輪と中で不穏な様子を見せるアモット。二コラはただ、炎をアモットに叩き込むことだけを考えていた。だが、アモットの目が二コラの方を向いた。
「焼き殺してやる!」
「お前の弱点は何だ!」
二コラは気づく。アモットのイデアの正体が爆発を操るものであることは薄々わかっていた。アモットの手から放り投げられたイデア。黒い火薬のようなイデアは二コラにまとわりついて爆発した。爆風によって遮られる炎。炎と爆風を通して見たアモットの顔は笑っていた。
「今度は自分の炎で焼かれるか?」
イデアの爆発によって二コラは吹っ飛ばされてビルに激突した。爆風の余波で炎の勢いが小さくなった時を見計らったアモットは炎の輪を脱出する。そこから追撃と言わんばかりにイデアの塊を二コラに向けて放つ。二コラはそのイデアをあえて気にせず、アモットに向けて炎の塊を撃つ。やはり離れてしまえば威力は落ちる。
二コラは細かいことを考えないと決めた。4メートル以内の範囲に潜り込んでアモットに炎を浴びせる。
爆発が二コラを襲った。炎とも相まって二コラにとってそれなりのダメージになるだろう。再び傷だらけになろうとも二コラはアモットに近づいた。彼は彼のイデアで自分の身体が焼け始めていることに気づいている。だが、二コラは攻撃をやめなかった。
アモットはほんの少し距離を取り、イデアの塊を放つ。爆発。二コラはそれをかいくぐる。
(俺は今、死刑囚だったときと同じ思考回路になっている。今なら俺が斃れようともコイツだって道連れにしてやる)
二コラは4メートルの範囲内に入った。二コラの炎がアモットのイデアとぶつかり、激しい炎と激しい爆発が相殺する。アモットはあえて反動を受けて後ろに吹っ飛んだ。反動を受けることで炎を受けないようにしたのだ。
「くそっ……!死なばもろとも……のつもりだったが……」
二コラは足を止めた。体中が焼け、爆破され、満身創痍に近い状態だ。彼はハアハアと息を荒げ、かすり傷程度のアモットを睨む。
彼らの姿を見る者がひとり。神守杏奈。
「二コラ……」
満身創痍ともいえる二コラを見ていた杏奈はつぶやいた。杏奈はアモットと戦う覚悟を決めていた。二コラがやられたら杏奈が戦うことになるのだ。




