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ルーンと異界の旅日記  作者: 墨崎游弥
アナザーパーティ編
73/107

風の中のアルセリア1

お待たせしました。アナザーパーティ編も終わりが見えてきたところです。ということはもうクライマックスに向かっている!?

黒崎は無事この小説を完結できそうです。

 二コラが病院の入口を去った時から杏奈は嫌な予感がしてならなかった。


「ジョシュア。二コラが心配というわけではないけど後を追っていい?」


 杏奈は尋ねた。


「止めても行くんだろう?わかったよ。私は止めない」


「ありがとう。私も二コラとアルセリアを会わせたくはない」


 杏奈はそう言って二コラの後をつけた。その方向はクロックワイズの公園がある方向。二コラはどこへ行こうとしていたのか。




「私はここだよ」


 暗闇の中にたたずみ、星空のようなイデアを周囲に展開する杏奈。彼女こそがアルセリアの探していた人物。アルセリアの攻撃の残り風で杏奈の髪はふわりと揺れた。


「自ら現れてくれて助かったよ。いずれ私がこの手で殺そうと決めていたし」


 アルセリアは言った。彼女も後ろに二コラがいることくらいわかっているが、そのうえで杏奈の方を向いている。


「アモット!二コラはあんたに任せる。私が杏奈と戦う」


「了解だ!」


 アモットの声も杏奈の耳に入った。だが、彼女が気を付けるべき相手はアモットではなく、目の前にいるアルセリア。彼女は既にイデアを出しているようで、背中には伝承の風妖精を思わせる翅が生えていた。


 アルセリアは表情を一変させ、風の大砲を放った。破壊される町。杏奈はかろうじて避けたものの、ガラスの破片が彼女の頬を裂く。激しい気流の奥からアルセリアが杏奈に近づいてくる。

 アルセリアと杏奈の距離が2メートルほどになったときに杏奈は気づく。アルセリアはダガーナイフを持っている。


(危ない……!)


 閉じた鉄扇とダガーナイフがぶつかり、金属音をたてた。杏奈はダガーナイフを振り払う。アルセリアにはそれほど力がないのか簡単に振り払うことができた。だが、アルセリアはその後のことも考えていた。

 風がとまる。突然の凪は杏奈を動揺させた。


(何をする!?)


 ゆらめく空気。アルセリアは「ふっ」と笑った。

 その直後に突風が杏奈を吹っ飛ばす。風の大砲だ。イデアを纏っていた杏奈でもわかる圧倒的な空気の流れ。杏奈は植込み越しにビルの壁にたたきつけられた。


 ――体感してわかる。イデアで防いでもたたきつけるこの風は大砲というにふさわしい。自然界に存在するいかなる風よりも強大で、いとも簡単に何かを破壊する。


「今まで、ただの魔術師がこれを正面からくらってもたっていることはできなかった。あんたはどうだ、神守杏奈」


 植込みの方を見たアルセリアは言った。彼女の見ている植込みがガサガサと動く。目が見える方ではないアルセリアはじっと様子をうかがう。目でとらえられなくともアルセリアは杏奈が生きていることを察する。


 そして立ち上がる杏奈。彼女はところどころから血を流していた。無言でアルセリアを見つめる杏奈は自分の出していたイデアをさらに濃密にする。


(アルセリアは本気で私を殺そうとしている。それだけはわかる)


 先に動いたのは杏奈。アルセリアに正面から突っ込もうと、鉄扇を開いてとびかかる。だが、杏奈の目的は正面からアルセリアに突っ込むことではなかった。

 杏奈を迎え撃つべくアルセリアは風の大砲を撃つ予備動作に入る。空気の流れが変わった。杏奈はその肌で空気の流れの変化を感じ取る。空気はアルセリアの手元へと流れ込む。そして、読んでいたかのようにアルセリアから距離を取った。


「そんな……!?」


 アルセリアは杏奈が思うより駆け引きが苦手だ。一瞬の動揺からアルセリアは作っていた空気の流れを大幅に乱した。風の大砲となるはずだった空気の塊は渦と化し、周囲の建物を破壊する。


「あ……」


「ちっ……」


 この状況はお互いにとって良い状況ではなかった。アルセリアも杏奈も風の中に巻き込まれ、アルセリアは必死にその風を止めた。二人はそれぞれ道を挟むビルにたたきつけられた。風の影響か、窓ガラスも激しく割れて二人の上に降り注ぐ。


 背中からビルにたたきつけられた杏奈。この勝負は先に立ち上がった方に分があると彼女は確信していた。杏奈は立ち上がり、せき込んだ。痛みこそほとんど感じないが。足元に散らばるガラスの破片。杏奈はそれを気にすることなくアルセリアに忍び寄る。


 ――相変わらず周囲は見えない。じゃりじゃりという、ガラスの破片を踏み荒らす音が耳に入る。杏奈は近づいてきているらしい。

 アルセリアは杏奈の距離を正確に把握し、壁に寄りかかったまま彼女に風の大砲を叩き込もうとした。


「……私は弱視だけど、見え見えだよ」


 街灯の光をうけたアルセリアの目が赤く光る。彼女は本気だ。杏奈はアルセリアの隙を突けず、風の大砲の中に飲み込まれた。今度こそ杏奈は立ち上がれないのだろうか。


 風の大砲を放つアルセリアを路地裏から1匹の猫が見ていた。その猫はアルセリアの猫。戦いに巻き込まれないように距離を取っていた。いつもはアルセリアがとどめを刺すと彼女の前に現れるが、今回に限ってはそうでもない。――なぜならば。


「至近距離!?」


 風の大砲は範囲が決まっていた。大風のようにすべてを吹き飛ばすエリアの近くには空気をアルセリアの手に引き付けるような流れがあった。杏奈はそれをわかっていたようだ。


「そうだよ」


 アルセリアの目の前に杏奈が現れた。杏奈は鉄扇を振り下ろす。飛び散る赤い鮮血。杏奈はアルセリアの顔に傷を入れたのだ。そこから左拳を叩き込む。アルセリアの顔がゆがんだ。


「あんたも馬鹿の一つ覚えみたいな戦い方をするんだな」



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