世界に嫌われている (改稿済)
ついに!ついに異界に転移します!
お待たせしました、ここからが本番になるのです!
どうやら、偽硬貨は本当に異界で使われているらしい。昨日異世界から突如現れた車に乗っていた二人組の持ち物がそれを証明していた。
まず、持ち物に書かれている文字がこのレムリア大陸のどこのものとも違っていた。幸い、文字が異なるだけで発音そのものは全くの別物というわけではないらしい。これも事前に調査した成果だろう。
一行はスリップノットの釣りの名所に到着する。異界への穴のためか釣り人は一切いない。それはある意味で当たり前だ。危険な場所で釣りをして、穴にでも落ちれば命の保証などない。
「よし。皆、覚悟はいいな?ここを越えれば異界。未知の世界だ」
シオンは言った。
「わかっています。行きましょう、先輩。グランツとノエルも」
一行は大きく開き、金色に輝く安定した穴へと足を踏み入れた。
失明するほどの光。失われる足場。杏奈の気分はまさに「最悪」だった。それに加え、脳に何かが干渉しているような気分になった杏奈は声にならない叫びを上げた。2つの世界の間はあまりにも無秩序で――
精神崩壊してはならない。
じゃり。
杏奈は石で敷き詰められた感触に気がついた。磯の匂いが鼻をつき、波の音が耳に入る。杏奈は体を起こした。体中に痛みが走り、入院していたときのように吐き気もする。
我慢できなくなった杏奈は岩影に胃の中身を吐き出した。彼女にとって今は最悪の気分である。世界と世界の間を行き来することがこれほどまでに自分の体に悪影響を及ぼすとは。頭もうまいように働かない。
「杏奈。相当つらそうだね」
杏奈はその声に気付く。
「ノエル……。あああ……見られた」
杏奈は酷く焦るが、今はどうしようもなく、口から吐瀉物をぶちまけた。着ていたブレザーに吐瀉物がかかり、それを見たノエルは眉間にしわを寄せる。
「ねえ、スリップノットに戻った方が良いと思うのだけど」
と、ノエルは言う。彼女としては杏奈を心配しているつもりだった。
「断る。私は何もできなかったからこそ、一度も依頼を投げ出さなかった。ここで投げ出しては私が私じゃなくなってしまう。第一、どうやって元の世界に戻るんだ? 」
杏奈は答えた。体調不良を我慢していることくらいノエルにもわかる。それほどの状態なのだ。
元の世界に戻る方法は、ノエルだって知らない。一瞬であるがそれを忘れていたノエルは「なるほど」と口に出しそうになった。
「ノエル。シオン先輩とグランツは? 」
「近くの様子を見てるってさ。本当に大丈夫なの? 」
「私の大丈夫は信じていい大丈夫だ。悪いモノ吐いて、少しは楽になったよ」
フゥ、と杏奈は息を吐く。気分が良くなった、まではいいのだが先ほどの嘔吐で服を汚してしまった。杏奈は上着を脱いだ。幸い、下のブラウスが汚れているわけではなかった。それでも吐瀉物のにおいは杏奈の周囲だけにはとどまらない。
「大丈夫か!杏奈!」
しばらくすると、シオンとグランツが杏奈の方にやってきた。
「はい。悪いモノは全部吐き出したので」
けろりとした顔で杏奈は答えた。近くの岩には海水で濡れたブレザーが干してある。杏奈もノエルもその理由を話そうとはせず、シオンとグランツも理由を聞こうとはしなかった。
「ただ、空気が重いです。まるで世界に嫌われているようです。多分、私らがここにいる場合、持っても2ヶ月くらいでしょう」
「だよなぁ。急がねえと。通行人いわく、近くに町があるらしい」
と、シオンが言った。
「そこに行くのが一番ですね。着いたら宿を取りましょう」
一行は海岸を後にし、最寄りの町があるという西へと向かった。
異界は一見、元の世界と変わらなかった。植生も殆ど同じ。この付近はスリップノットの植生と一致しているが、人の手が入っていないところもみられる。きっと、決定的な違いは人なのだろう。
照葉樹林を横切る道を抜ける際には硬い落ち葉の音が響く。これくらい、一行には聞き慣れた音だったが、異界であるためか妙な違和感を覚えたのだった。
「これが気のせいでありますように」
少なくともノエルはそう願っていた。
町に着く。この町の名も「スリップノット」。元いた世界の「スリップノット」とは異なり港町ではなく漁師町として栄えているようだが。その証拠に、船着き場には何隻もの漁船らしきものが泊まっていた。
「混乱しそうになるね。あちらにもスリップノットはあった。あの二人もこのスリップノットから……? 」
杏奈はこれ以上考えるのをやめた。過ぎたことを、考えても意味はないのだ。
そう。風景はちがっても店舗の名前は元のスリップノットと同じものがちらほらある。考えれば考えるほど不可解である。
「早いとこ宿探さねえか?頭が痛え」
ここでグランツも言う。どうやらグランツにも症状が出ている。シオンとノエルは平気なところをみると、まるでアレルギーだ。
「そうだな。昨日のあいつらの話からするに、ドミトリーと同じ名前の宿があるはずだ」
「そうですね。シオンさん。2部屋取ってもらえますか? 」
「わかった」
杏奈、グランツ、ノエルを残してシオンは宿を予約しにいく。そして、そのシオンを数名の異界人がマークしていた。
そして彼らは行く先で何人もの異界の住人から命を狙われることになる。
――必ずしも異世界は人を歓迎しない。招かれざる客は悉く拒絶されるだろう。