光に飲まれる者
ある意味残酷な描写です。前回ほどではありませんがご注意下さい。
ルツは走って路地裏を抜けた。路地裏を走っているときから、ルツの傷の治りが遅くなっている。彼女自身、その事実に気づいていた。
「まずいね。紫外線使いは侮れない。」
ルツは街灯の近くでディ・ライトを待ち伏せることにした。だが、ルツを見ていたのはディ・ライトだけではない。道の反対側に執事のような男がたたずんでいた。汚れのない服とたちの悪そうな笑顔、青いポニーテール。その男、ビリー・クレイ。アンジェラ・ストラウスの手下の一人である。
「お待ちしておりました、ルツ。よくもここまで来てくれましたね。」
ビリーは言った。彼の表情筋はややひきつっており、何かを隠しているとわかる人にはわかる。
「何がお待ちしておりました、だって?相変わらず腹の底が読めないね。そこはかとなく血なまぐさい臭いもするよ?」
ルツは返した。彼女にはビリーを倒すという絶対の自信があった。
「それで挑発したつもりですか、人間以下の種族が。アンジェラ様はお前を必要としない。」
ビリーはそう言っただけで何をする気配も見せなかった。
「ですが、必要とされないうえに力を持つ者はアンジェラ様の脅威になりうる。故に排除します。」
紳士的な態度とは裏腹にビリーはルツに対して敵意を抱いている。彼はルツに近寄り、キューブのビジョンを出すとその中から何かを取り出した。
「紫外線を受けて再生力を失った貴女はこれを痛いと思いますか?」
炎。松明のように燃える炎をビリーは取り出した。1メートルほどの間合いのルツに向けて炎を投げる。
炎はルツに引火した。
ルツの皮膚に引火した炎は彼女の皮膚をじわじわと焼く。炎の刺激がルツの神経を刺激する。ルツは手で無理に覆って炎を消す。人間にくらべて痛みに対して敏感ではない魔族。そのルツはいとも簡単に炎を消し、向かってくるビリーに光の束を放った。一方のビリーは人の頭の大きさのキューブを出した。
「無駄です。」
ルツの放った光の束はキューブに吸収され、キューブは光で満たされた。その様子を見てしまったルツ。
「無駄って……」
光でビリーを包み込んでしまおうとしたルツは、ビリーの一手に動揺を隠せなかった。ルツはビリーの能力を一部だけ知っている。キューブのビジョンに物体を切り取って閉じ込め、その状態のまま保管する能力。それが光さえも対象とするとは、ルツも考えていなかったのだ。
ルツと相対するビリーはさらに何かの詰まったキューブを出し、その中身を放つ。それは光。ルツ――魔族の弱点。キューブから光が放たれる瞬間、ルツは咄嗟に避けた
「そう、無駄です。苦し紛れに放った光をいとも簡単に防がれてしまった気分はどうですか?これだけが頼りだったのに、切り札を防がれた。メンタルに響きますよねえ?僕、大好きなんですよ。そうやって絶望するところが。貴女は、どんな顔で絶望しますか?」
ビリーの顔はゆがんだ笑みを浮かべていた。対するルツはビリーのゆがんだ顔を直視する。人の不幸を願う者はだいたいこの顔をしている、とルツは思い出す。
「……あたしは……」
茫然とした表情のルツは既に目の焦点が定まっていなかった。ビリーはいとも簡単に人の心を掌握する。ルツが絶望したかのような顔を見たビリーは別のキューブを出した。
「執行する。観念することだ、下級の種族。」
ビリーの出したキューブには光の魔法らしきものが入っている。どこで詰めたのかわからないが、ルツは焦りをあらわにした。明らかに焦っている状況でひたすら光を放つしかない。コントロールは乱れ、ビリーはそれをいとも簡単にキューブの中へ納めてゆく。
「これは戦闘ではありません。もはや処刑ですね。」
光の魔法をあらかじめ納めていたキューブを振りかざすビリー。彼は避けられることを予想し、ルツに近づいた。至近距離で光の魔法を浴びせる。
ルツは彼女自身に向けられたビリーの腕を左手でつかみ、あらぬ方向へと捻じ曲げた。骨の折れる感覚がお互いの手に伝わる。
「なぁんてね。」
ビリー優勢の状況を打破するがごとく、ルツはけろりとした顔で言った。
「いやあ、楽しいね!こうやって人をだますのは。あんたも好きそうなんだが、どうかい?」
ビリーに押され、焦っていたことがまるで嘘のようだ。ルツは何かの策があるようにも見える。ビリーはいつからルツに騙されていたのか。騙しと挑発は自分の専売特許だと思い込んでいたビリーを、ルツは怒らせた。
「大概にしろ、下級種族。あまり人間をなめるな。たとえ貴様が人間を喰おうが我々のように太陽を浴びることもできない。哀れな種族ですねえ。」
怒りの籠った語気。ビリーの左手には別のキューブ。それにも光の魔法が詰められていた。ルツの行動は裏目に出たらしい。だが、ルツには奥の手がある。――ビリーを喰う。たとえ強い相手だとしても魔族は人間を喰うことができる。ルツはビリーの腕をつかんでいた左手を口に変化させた。左手が変化した口はビリーの右腕の筋肉を食いちぎる。
くちゃ、くちゃ。ビリーの耳に咀嚼音が入る。
「あたしのが一枚上手だったな。じゃあね、アンジェラ・ストラウスの犬。きっと100年後にはあたしも忘れているだろう。」
ルツがそう言い、口と左手の口を大きく開いたとき、光の魔法が叩き込まれた。ルツの体に光の魔法が伝わる。それは徐々にルツの体を浸食し、抜け殻のようになっていく。
「詰めがあまいです、魔族。僕が対策をしていないわけがありません。哀れですね。」
ルツの見ていたビリーの顔は、他の誰よりもたちが悪く見えた。最も性格の悪い男というにふさわしい顔ではないか。ルツの頭にそれがよぎる。
「バーカ!お前の目的を達成させないための手は打ったんだよ!あたしを殺す意味なんて!!!」
ルツは最期の一言を言い終えることなく絶命した。抜け殻のようになった彼女の亡骸は夜の町に横たわっていた。
「ルツ……最初から最後まで僕を苦しめてくれましたね。さて、ルーン石を受け取りに行きましょう。」
ビリーは約束していた場所へと向かった。




