町を乗っ取った男
市街戦パート、次回でラストとなります。
そろそろフラグを回収していかないとですね!
痛みで悶えるノエル。その傍ら、ジョシュアは飛んできた弾丸や爆弾をスライムで包み込んですべて溶かした。
「最初からこうすればよかったか。それでも、ベストといえる選択ではないが。」
ジョシュアが弾丸や爆弾を防いだ時、大きく床が溶かされた。このまま戦っていると床が壊されるのも時間の問題だ。
「杏奈……2階に行って。早く。2階の一番奥……」
ノエルは声を絞り出す。痛みに耐えているノエルも周囲の様子はそれとなくわかっていた。だからこそ杏奈に言った。
ノエルの声を聞き取ったジョシュア。彼は迫っていた10人程度の住人たちを突き飛ばす。
「杏奈!先に行け!君はアヴラズを倒せばいい。私が道を開けよう。」
ジョシュアは言った。
「……わかった。やっとするべきことが見えたよ。」
杏奈は答えると、ノエルたちが通ってきた階段を上り、ジョシュアのすぐ後ろまで追いついた。後ろを向いて杏奈の姿を確認したジョシュアは前にスライムの塊を撃った。スライムの塊が当たった人々は一瞬にして溶かされ、杏奈が通れるくらいの道が開かれた。
杏奈はその道に飛び込んだ。
銃口を向ける住人たち。杏奈は一瞬で鉄扇を開き、銃口を切り落とす。この人込みを抜けたらアヴラズを探せばいい。
「ジョシュア!俺も援護するぜ!」
杏奈に続いてグランツもジョシュアたちに追いついた。グランツはすかさずダーツのイデアを出し、杏奈に銃口を向けた住人たちに向かって撃った。
「ああ。頼むよ。数が多すぎる。」
ジョシュアは言った。
階段のえぐられた地形の先には短い廊下が続いていた。ノエル曰く、2階の一番奥の部屋にアヴラズがいるらしい。階段から見て一番奥となると、「住民課」と書かれているところになる。
杏奈は足を急がせ、「住民課」と書かれているところにたどり着いた。ドアの傍らには吐瀉物の入った入れ物が置いてあり、独特の臭いを放っていた。それから杏奈はドアノブに手をかけてドアを開ける。
「……来たか。」
ドアの向こう側には不精髭を生やした金髪の男がパイプ椅子に座ってビールを口にしている。彼からは緊張感や敵意がみじんも感じられない。杏奈はそれだけで不審に思っていた。
「お前がアヴラズなのか?」
杏奈は明らかに警戒した様子で言う。手ぶらを装ってはいるが、ブレザーの袖の中には閉じた鉄扇を仕込んでいる。いつ何が起きてもいいように。
「よくわかったな。そう警戒するな。俺は何も持っていない。」
杏奈を歓迎するような姿勢のアヴラズ。ビールの入っていないジョッキにビールを注ぎ、「飲め」と言わんばかりに前へ突き出した。すると杏奈は顔をしかめた。目の前にいる怪しげな男の真意がわからない。
杏奈はアヴラズの真意がわからないまま部屋に足を踏み入れた。
「そう。交渉で済むのなら私も楽だよ。操られた住人たちを解放して。」
杏奈の一言でアヴラズの表情は一変した。
「ぶわはははは!するわけがない!確かに俺がアレを抜けば解放できるがな。俺にそのつもりが無いだけだ。」
アヴラズが真剣な表情になった時にはもう遅かった。背後から杏奈に忍び寄る二人の男。一人は鉈を、一人はバールを持っていた。
殺気を感じ取った杏奈は不意に後ろを向いた。振り上げられる鉈とバール。杏奈はブレザーの袖から鉄扇を出して開き、鉈とバールを避けると襲い掛かった二人の男に傷を負わせた。その傷は致命傷ではない。
さらに杏奈は態勢を立て直し、左右の男に蹴りを入れた。二人の男は蹴られて気を失う。
「来なよ、アヴラズ。私が何を思ったのか、その身に叩き込んでやる。」
杏奈が言うとアヴラズは口角を上げた。
「やってみるといい。お前ができるかはわからないが。」
アヴラズがそう言うのとタイミングを同じくして杏奈の後ろで衣擦れの音がした。まさか、と杏奈は振り返る。
立っている。杏奈が蹴りを入れて気絶させたはずの男たちが立っているのだ。最初に杏奈を襲った時と違う点といえば目がうつろだということ。焦点の合わない目で杏奈を見つめる二人の男ははっきり言って気持ち悪いといえる。
「やってしまえ。」
アヴラズは言った。
二人の男たちは虚ろな目をしたまま鉈とバールを拾って杏奈に襲い掛かってきた。
「……なんとなくわかった気がするよ。殺すしかないってことか。」
杏奈は冷ややかな目を二人の男に向け、向かってくる二人の男にあえて突っ込むことにした。鉄扇にイデアを纏い、二人の右腕を切り落とす。切り落とされた右腕とそれぞれの獲物は地面に落ちた。
二人の男は攻撃手段を失ってもなお杏奈に向かってくる。これはまさに狂気。杏奈は覚悟せざるをえなかった。――任務の内容として人殺しは許可されている。それでも杏奈は人を殺したいと考えることはなかった。だが今は状況が違う。殺さなければ生き残れない。
杏奈は二人の男の首を落とした。
「はあ……はあ……」
杏奈の傍らには自らの手で切り落とした首が転がっている。杏奈は人を殺した。後悔が杏奈の心臓の鼓動を加速させる。
「やれやれ、お前も人を殺せるのか。」
アヴラズはパイプ椅子から立ち上がると言った。
「それを言うならあんたもイデアを使えるのか。昨日、調べておいた。刺さっているモノはイデア。それで間違いはないはずだよ。」
杏奈は言う。もはや彼女に慈悲はない。アヴラズのイデアは多くのティアマットの人々が死ぬ間接的なきっかけとなった。杏奈は鉄扇をアヴラズに向けた。
「まずはあんたを倒す。」




