絶望に陥れる蔦
明日、久しぶりに2話投稿します。
「とにかく俺の話を聞けよ。」
階段を降りてきた男は言った。額に釘のようなものが刺さっている様子はなく、彼は彼自身の意思で行動しているようだ。
シオンとグランツはあえてその男を攻撃しなかった。彼が敵であることはそれとなく予想がついていたが、どのような方法を使ってくるのか予想がつかなかったのだ。
「おとなしくしてくれてうれしいよ。俺はヤン。錬金術師だ。元はターヤと共同研究していたが、年2億デナリオンの報酬をアンジェラ・ストラウスに持ち掛けられてそちらに移った。」
ヤンは攻撃するそぶりを見せず、ただ話すだけだ。しかし、その目と彼が放つ気配はシオンとグランツを押さえつけるのには十分だった。
「いいね。反抗しないからこちらとしても対処が楽だよ。それで、君たちが半殺しにした子なんだけど、俺の相棒なのさ。人工生命体Vampire-026。検体名はStolen Life。俺としてはいい感じに遺伝子操作したんだけどね。よくも俺の相棒をここまでしてくれたね。」
ヤンの表情が一変した。
「グェアアアオアアアアアアア!!!」
再生した怪物――Stolen Lifeがグランツに襲い掛かる。2本足で立ち上がり、前足2本でグランツを引き裂かんと振り下ろす。ヤンが話をしていた理由はStolen Lifeが再生するまでの時間稼ぎだったのだ。
ここで光の魔法が炸裂する。シオンの撃った光の魔法はStolen Lifeの前足を浸食し、消し去った。Stolen Lifeの足の傷口からは赤黒い血が滴る。
Stolen Lifeは動きが鈍くなった。再生のためだ。
「集中するぞ、グランツ!」
光の魔法を放った張本人であるシオンは言った。
「さっきと同じな。グランツが目を潰して俺が光の魔法でそいつを倒す。」
「了解だ。」
まずはグランツが動いた。ダーツのイデアを6本出し、順に撃ち込む。狙いは目。
Stolen Lifeはダーツの軌道を予想したのか、前足の再生を止めて蛇の頭を振りかざしてダーツを撃ち落とした。
ここでシオンも動く。目つぶしをする前に光の魔法を撃ちこむと決めたシオン。右手の指先に光の魔力を集め、音波とともに撃つ。
「ふうん……」
ヤンが傍観する中、光によってStolen Lifeの体の3割が浸食される。体が浸食されてえぐられたまま暴れるStolen Lifeにグランツはダーツを撃ち込んだ。もちろん狙いは目。Stolen Lifeの6つの目にダーツは刺さり、そいつの視力は完全に奪われた。
その様子を見ていたヤンは不機嫌そうな顔だった。
シオンは不機嫌そうなヤンを視界に入れることなく、2発光の魔法を撃ち込んだ。Stolen Lifeの体が光によって溶かされる。シオンはとどめを刺すべくStolen Lifeに近寄り、光を纏ったパンチを放った。
「よし……」
シオンの使う光は6年前と変わらず強力だ。Stolen Lifeはいとも簡単に死亡する。体の9割を失い、生命活動のできなくなったStolen Lifeは悲鳴を上げることなく倒れ伏した。
「やったか……」
グランツはつぶやいた。しかし、彼は依然としてイデアを出している。グランツの視線の先にはヤンがいる。
「来いよ。ヤン。」
グランツは挑発でもするかのように笑いながら言った。Stolen Lifeを倒されたことで気分の良くないであろうヤン。彼もイデアを出した。
「上等だ、阿呆ども。ココの違いを見ているんだな。」
そう言いながらヤンは彼自身の頭を指さした。
「イデアを使った戦闘はある意味頭脳戦でもあるんだよ。」
ヤンのイデアは蔦のような外見。それがヤンを取り巻くように存在し、先端が触手のようにウネウネと動いている。
「はじめよう。」
ヤンがそう言うと、蔦の範囲がどんどん広がってゆく。地下道の瓦礫で区切られた場所全体が蔦で覆われ始めた。
グランツは咄嗟にダーツを撃つ。そのダーツをヤンはいとも簡単に避けた。ヤンはダーツを避けながらもしっかりとグランツの足元を見ていた。
蔦がグランツの足に絡みついた。バランスを崩すグランツ。瞬く間に蔦がグランツの体に絡みついた。
「まずは一人。」
ヤンは言った。
「なんだと……」
戸惑うシオン。しかし、ヤンの使うイデアの恐ろしさはここからだった。
シオンはひとまず光の魔法を音波とともに撃った。ヤンは服に仕込んだ盾のようなもので光を防ぎ、逆にイデアを操作していた。
シオンの両足に蔦が絡みつく。するとシオンは体のバランスを崩し、前に倒れるように転倒した。
その後は体にも蔦が絡みつく。
「……想像以上に厄介なイデアだな。」
蔦に絡みつかれたシオンとグランツはどうすることもできない。
「俺がここに来た時点で勝利は確定していたのだよ。相棒を失ってしまったが、結局は勝てばいいのだからな。」
ヤンは口角を上げた。彼の笑みはシオンとグランツを絶望へと追いやった。
シオンとグランツに最早策は残されていなかった。強いて言うのならば、残りの4人を待つこと。だが、シオンとグランツに絡みついた蔦は確実に二人の生命力を奪っていった。
体を動かそうとすればわかることであるが、体に力が入らない。連日の任務で疲労したときのように。
「俺のイデアに、展開範囲の中で敵う者は未だ見たことがない。あとは、待つだけだ。長時間を要する反応を待つのと同じだから、俺は待てるよ。」
グランツは薄れゆく意識の中、その声を聞いていた。
「……いや、だれか来たな?」




