キラーシンガー 1
皆様、データ飛びにはご注意ください。私はデータが飛んで一から(プロットは残っていましたが)書くはめになりました。データ飛びでイライラしたためか少しメタ表現を入れましたがお許しください。
何者かが命を狙っていること。それは外出中のシオンも気が付いていた。後ろから、横から、前方に、地下に。シオンは殺気を感じていた。怪しさを覚えたシオンはノエルやジョシュアに事情を伝え、共にホテルへ戻るのだ。
「シオン!部屋に入るときまで光の魔法を構えるなって!」
シオンが部屋に入るなり二コラは言った。イデアを使えるとはいえ、シオンの主戦力は光の魔法。吸血鬼であり、光を遮断する外套を纏っていない二コラにとって警戒すべきものだ。シオンが光の魔法を構えているということは、シオンも何かに気づいているとみられる。
「ごめんな。何かに狙われているようだったからな。気配からして暗殺者だ。きっと未熟なんだろうな、暗殺者特有の殺気がある。」
「おい、それは本当か?」
顔色を変える二コラ。二コラも何かよからぬ気配は感じていた。
「俺からの提案なんだが、今夜俺とジョシュアでお前らを護衛する。」
二コラがこれほど真面目に話をすることも多くない。これだからある意味危険な状態なのかもしれないとシオンは感づいていた。
「頼むよ、二コラ。ただし、光の魔法を使われたら困るので、私も見張るよ。」
杏奈は言った。今朝は39度の熱を出していたが今はもう回復している。とはいえ、病み上がりに近い状態の杏奈に見張りを任せられるかというとそうはいかない。ここはノエルが名乗り出た。
二コラ、ジョシュア、ノエルの3人はホテル付近に潜んで暗殺者を探す。イデアの限界がこない程度のペースで。夜目の利く二コラとジョシュアは夜における視力をフル活用してでも暗殺者を探し出そうとしていた。が、肝心の暗殺者はいない。どうしたものか。シオンの言っていた未熟な暗殺者の気配。それは二コラにもよくわかる。過去、人間をやめて脱獄したときに自分の命を狙っていた看守と同じ。その気配を昼間には感じていたのだが今は感じられない。おかしい。
「くそ……いねえよ。」
二コラは建物の影でつぶやく。昼間、痛いほど感じていたあの殺気は何だったのか。なぜ相手は寝首を掻こうとしないのか。二コラは考えることも面倒に思っていた。出てくるのなら早く出てこい。それが二コラの正直な思いである。
「ジョシュア。そっちはどうだ?」
気配がしないのをいいことに、二コラは少し大きめの声を出した。
「いや、だれもいないな。夜には活動しない暗殺者か?」
ジョシュアも答えた。見張っている3人の間に不穏な気配が漂う。一体だれが一行を狙っている?それがわからないまま夜が明ける。
「おかえり。」
見張りから戻ってきた3人を杏奈が部屋で出迎えた。杏奈の体調はすっかりよくなっているようだ。その証拠に昨日の夜より格段に顔色が良くなっているのだ。
「残念ながら収穫無しだ。」
部屋に入ってきた二コラは言った。
「そうか。どうせルーン石回収なんだとは思うが。」
シオンは言った。彼はすでに暗殺者が何目的なのか見当をつけていた。だが、そこがシオンの中でひっかかっていた。ルーン石の回収だけであれば何も暗殺者である必要はない。ハマーのように。
「まあ、今日は気にせずドラゴンランドを探索しねえか?暗殺者がいたときはいたときだ。」
シオンと二コラが作り出す緊張した雰囲気をグランツがぶち壊した。こういう時にグランツのように陽気な人は頼りになるものだ。
「それもそうだな。けど、絶対に一人にはなるなよ。」
その日の昼、杏奈、シオン、ノエル、グランツの4人だけが外出することにした。
杏奈とグランツはこのドラゴンランドという町で有名なフォトスポット「100人橋」へ立ち寄った。
「すげえな。橋がいろいろな方向に分岐している。」
グランツは「100人橋」に到着するとつぶやいた。実際に「100人橋」は100の分岐がある。それが100人のうちから誰かを選ぶことと重ね合わせられるのかもしれない。杏奈とグランツは特に理由もなく橋に足をかけ、水面に映るドラゴンランドの景色を見ていた。そこに映りこむ怪しげな顔。いわゆるデスメタルなどのバンドが施す化粧をした男性が映り込む。映り込むというよりは、水そのものに同化しているというべきだろうか。
ぞわ。杏奈は直感的に嫌なものを感じた。ここを離れた方がいい。彼女の本能がしきりに訴えてくる。
「やあ、杏奈。今日もきれいだね。」
見知らぬ男から名前を知られていた杏奈。これは恐怖。狂気。男は水面から上半身をぬっと突き出し、微笑む。
「……グランツ!こいつ、私の名前を……」
「おやおや、警戒することはないんだよ。僕、こうみえてバンドマンなんだから。ムーってバンドのヴォーカルやってる、イズラエルだよ。」
イズラエルはさらに水面から体を出し、水もゆらめいた。
それは一瞬だった。水がゆらりと揺れると凄まじい水流が手のようになって杏奈の足をつかんだ。
「なっ……!」
水に引きずり込まれる。杏奈はこの時非常に焦っていた。なぜなら杏奈は泳げない。陸上の改造吸血鬼などばかりを討伐してきただけあって、水中戦は経験すらない。
「杏奈!」
「遅いよ。もう彼女は僕の術中だ。」
杏奈は水に落ち、ゆっくりと沈んでゆく。人は溺れるとき、静かに沈む。杏奈はもがくこともなければ声を上げることもなかった。
「任務完了だ。これで君たちの旅も終わり。ルーンと異界の旅日記も終わりだよ。」




