異界とイデア
なんか不穏な雰囲気ですねぇ。
まだ序章が続きます。転移するのはもうちょい先です。
人が生き返ることはあり得ない。それは吸血鬼でも同じ事。
「会長の筆跡だぞ……どうするんだ。いや、それより会長が殺された事の方が大問題だぞ」
会長シドの死を目の前にして、シオンは少なからず動揺していた。シドがいなくなった今、この本部で指揮を執るべき人物はシオンだった。
「ただでさえ今は手薄なのに……! せめて出払っている連中さえいれば!」
現状は良くない。
長期任務で出払っているメンバーがここにいれば少しは違っていたのかもしれない。シオンたちは隙を突かれたのだ。
どうすべきか分からなかったシオンは、ひとまず今任務でないメンバーに招集をかけた。
集まったのはシオン含めて5人。シオン、杏奈、リハビリが終わって復帰したばかりのウォレスに加え、グランツ・ゴソウと狩村彰。5人は鮮血の夜明団本部の小会議室にいた。会議室には小綺麗な机が並べられ、黒板もある。いかにも、といった空気の中で話し合いが始まる。
「あー、お前ら。会長が何者かに殺されたっていうのは連絡の通り。多分、心臓を刺されたみたいだな。光の魔法のときと灰の様子が違った」
シオンが言う。彼が手に持っているのは灰の一部を回収し、袋に入れたものだ。
「それもだが、監視カメラの映像もある」
ウォレスがシオンに続き、監視カメラを机の上に置いた。監視カメラの映像を再生すると、シドが外から走って戻ってきたところから始まった。焦った顔をしていたシドが手紙を書き、その直後にある人物が入ってくる。深紅の衣装を纏った女。その横顔、シオンとウォレスには見覚えがある。
アンジェラ・ストラウス。6年前に死んだはずの彼女である。
「……まさか。まさかな。死んだ人間は生き返らない。これくらい当然だ」
シオン、ウォレスともに困惑したような顔であったことは言うまでもない。そして、二人は信じられなかった。
画面の中で、シドとアンジェラが会話を交わした後。彼女の周囲に赤い霧と羅針盤と十字街が現れ、シドは彼女の前に謎の力で引きずり出された。そのあり得ないことが起こった後、アンジェラは傘でシドの心臓を突き、その血を啜る。
「ストップ! ここだぜ、ここ! 」
と、グランツが言う。グランツも昨日まで高熱で倒れていたためか、アンジェラの展開していたビジョン――イデアが見える。もちろん、映像になっていても。
鮮血の夜明団本部の監視カメラは隠密性に優れた魔法だろうと映すほど性能が良い。アンジェラの使った能力であっても正確に捉えることができた。
「ああ。イデアが出ているね。羅針盤と十字架の」
杏奈とグランツにははっきりと見えていた。羅針盤と十字街が不気味に輝く。そこで監視カメラの映像が乱れ――
カメラは音を立てて崩壊した。カメラの残骸から、白い煙が上がる。
「どういう事なんだ!? 」
うろたえるグランツ。
「きっと映っていた人が何かをしたんでしょう。タイミングは遅かったけれど」
杏奈は至って冷静だった。いや、正確に言えば感情を出せないでいる。ここで彼女がありのままの感情を出してしまえば見捨てられる。彼女の中には強迫観念じみたものがあった。
そんな感情を抑え込み、杏奈は続ける。
「それとシオン先輩。会長の遺書があると聞きましたがそれは」
「ああ、そうだ。まあ、内容はざっくり言うと異界の調査を杏奈に託すってこと、あとはドロシー・フォースターを倒せ、だと」
杏奈は黙りこんだ。なぜ自分なのか?杏奈には会長の遺志が解らなかった。そもそも、代わりのいるような魔物ハンターである杏奈をなぜ選んだ?彼女を捨て石にするつもりだったのか。それとも彼女には別の可能性があるというのか。
「ちなみにこれは会長命令だそうだ」
シオンは続ける。
「やればいいんですね? 」
「だな。まあ、心配するな! まずは異界に行くメンバーとここに残るメンバーを分けようか!」
シオンはここにいるメンバーを見る。イデアを扱え、目視できるのはシオンと杏奈とグランツ。ウォレスと彰はそれができない。できるメンバーが異界に行く。シオンはそう考えて。
「杏奈とグランツと俺が異界に行く。ウォレスと彰がここに残る。これでいいな?」
「そうだね。俺と彰くんは足を引っ張るだろう。頼んだよ、シオン」
と、ウォレスは言った。
5人の情報共有が終わる。
これまでの情報をまとめると、イデアは異界からの障気が由来、スリップノットから異界に行くことができる、ドロシーは異界にいる、アンジェラは明確に敵意を向けていた、ということが明らかになっている。まずは異界へつながる穴のあるスリップノットに向かう。それが杏奈たちのすること。
杏奈は本部の外へ出る。既に外は暗くなっているのだが、そこでノエルが待っていた。
「千早さん……ここは学校でも塾でもない。何しに来た? 」
杏奈はノエルに尋ねた。外は寒く、待っているのに適した気温ではないだろう。
「要は協力させてもらう、かな。スリップノット……いえ、異界には私も同行するよ。もうシオンさんには許可を得た」
予想外のノエルの一言に杏奈は驚き、息を飲む。直後、杏奈は冷静さを取り戻し。
「……そう。魔物ハンターでもないのに。何があっても知らないよ」
杏奈はノエルを突き放すように言う。杏奈は本心からノエルに同行してほしいと思わなかった。情報提供だけでよかったのだ。そして何よりイデアを扱えるとはいえ、クラスメイトを危険に巻き込みたくはなかった。
「いや、まあいいか。出発は明日。ディサイド駅東口に集合ということになっている。本当に同行したいのなら来ればいい。でも、強制はしない」
そして翌日。杏奈、シオン、グランツ、ノエルの4人はディサイドの町からスリップノットへと向かう。異界の調査、そしてシドの遺言の通りドロシー・フォースターを倒すために。なぜか現れ、敵意を向けたアンジェラ・ストラウスの謎を解くために。




