吸血鬼と錬金術師
治療パートその1です。予想外に長くなったので一旦切ります。
本日中にもう1話投稿します!
シャワーを浴びたグランツは上半身裸のままベッドに座る。そのすぐ近くにシオンもいる。
「そうそう、夜会で錬金術師の情報を仕入れてきた。」
「本当か?」
シオンは聞き返した。帰ってきたときのグランツはえらく不機嫌で、何も収穫がなかったのかとシオンは誤解していた。
「本当だぜ。錬金術師の名前はターヤ。グレイヴワームの西のはずれに住んでいるらしい。」
「本当か?」
「少なくともターヤの命を狙っているやつから聞いたし、合っているだろう。ついでにコイツも没収してきた。」
グランツは椅子の上に無造作に置いていたナイフを取る。そのナイフは鞘に納められており、鞘には石がはめ込まれている。その石は紅く何かが彫られているのだ。シオンはここでピンときた。
「ルーン石か!」
「そう。ルーン石だ。ゲーボのルーン石でな、ヴィダルってやつが持っていた。」
得意げに答えるグランツ。しかし、ナイフが危険だからとはいえルーン石を回収することはアンジェラたちのすることと同じことだ。
「ルーン石奪ったことは何とも言えないが、情報を聞き出してくれたことは感謝するよ。俺は地図を入手できたくらいだからなあ。」
少し困ったようにシオンは言う。シオンが地図を入手できたことも一行にとっては大きな収穫だ。そして、明日向かうべき場所が明確になったことで二人の心にも余裕ができている。もっとも、二人は無意識であるが。
翌日の朝、一行は宿に荷物を置いてグレイヴワームの西のはずれへと向かう。煉瓦が敷き詰められて舗装された道は次第に変わっていき、町のはずれともなるとほぼ未舗装の状態だった。
未舗装の道の先に1軒の家が見えた。煉瓦造りで資産家の住むような家と遜色ない規模の家で、木製の表札がかかっている。人が一人で住むには大きすぎる気がするが。そして、家の表札にはこう書いてあった
――ターヤの錬金術研究所
ここにターヤがいる可能性が高い。早速グランツは表札の横にかかっている呼び鈴を鳴らした。聞いたこともないような金属の音が響く。周囲を通る通行人の多くがグランツを見たが無理もない。それだけ呼び鈴の音が独特だったのだ。
3分ほど待ってやっと家の主が出てくる。この家の主は顔色の悪い20代半ばの女性。よくわからない形状の髪留めで髪をまとめ、血で汚れた割烹着のようなものを着ている。
「ん?何の用?せっかくクローンの体が完成したのに邪魔をする気?」
彼女は言った。
「お前がターヤでいいんだよな?」
グランツが言う。すると、錬金術師と思われる女性ターヤは持っていた分厚い研究ノートでグランツの頬をひっぱたいた。紙の束が人の皮膚を打つ、なんとも言えない音が周囲に響いた。
「研究の邪魔をしといて、質問を質問で返すとか何様のつもり?たしかに私はターヤ。でも、礼儀のなっていない人間は嫌いだよ。じゃあ。」
ターヤはもはや一行に興味を示すこともなく、自分の研究所へ戻ろうとしていた。しかし、彼女を呼び止める杏奈。
「あんたの研究成果を見てみたい。別の世界の人間として、こちら側の錬金術に興味がある。」
ターヤにとって「興味がある」という言葉は願ってもいないパワーワードであった。「興味がある」という杏奈の発言を聞き逃さなかったターヤはすぐに一行の方へ向き直る。
「なんだ、それを先に言ってよね。こちら側の、ということには少し引っかかるけれどね。」
ターヤはグランツをノートで殴った時とは打って変わって、杏奈たちを歓迎する姿勢を見せた。おそらくターヤは研究者気質であり自己顕示欲も強い人物なのだろう。杏奈たちはターヤに案内されて、煉瓦造りの研究所へと立ち入った。
研究所の中は血と薬品が混じったようなにおいが漂っていた。また、煉瓦造りの壁には人の血も付着している。大丈夫なのだろうか。出会って一時間もたたないターヤがどのような人物なのか。杏奈達はもちろん完全に理解できるわけがない。
「さてと、君たちが私の研究に興味を持ってくれたことはこちらとしてもうれしい限りだ。で、こいつを見てほしいんだけど血液浄化の技術。」
地下にあり、太陽光が完全に当たらない場所にそれはあった。人が3人ほどは入れるくらいの管の中には血液が満たされている。その管からは3本のチューブが伸びている。そのうちの1本はどこにもつながっておらず、残りの2本は密閉された釜のような容器につながっている。釜のような容器の中身は不明だが、あの釜に秘密があるのだろうと杏奈は予測した。
「一つお聞きしたいことが。」
と、杏奈は言った。
「ん?このシステムのこと?」
「そうです。この血液浄化の仕組みはどうなっているのですか?」
杏奈が訪ね、ターヤは待ってましたと言わんばかりの表情になる。非常に分かりやすい。
「これはね、輸血されて操られてしまった吸血鬼の治療用のシステム。本来、操られた吸血鬼は首を切り落とさないと元に戻せないけれど、この装置はそれを可能にする。」
この話を聞いて杏奈は確信する。ターヤは洗脳された吸血鬼をもとに戻すことができると。だが、問題は首だけになった吸血鬼を治療できるかどうかであるが。
「いや、やっぱすげえよ。ターヤさん。てことは洗脳された吸血鬼をもとに戻せるんだよな。」
「戻せるよ。君の発言はあまりにも無礼だったから君に頼まれてもやりたくはないけどね。まさか頼む気?」
ターヤはグランツの事をまだ根に持っていたらしい。
「そこを何とかお願いできませんか?あなたの技術をもっと見てみたい。私、錬金術に興味はあるんですよ。」
杏奈は言った。さっきからターヤをおだてているようにしか見えない杏奈。彼女はターヤの心を掌握しているようにも見える。実際、ターヤは自己顕示欲ゆえに自分の研究を理解してくれる人物に研究成果を見せたかったのだろう。快く承諾した。
「で、戻すのは誰?外に出られていたから君たちは人間だよね。」
「ああ、それについてだけどな。彼らを頼む。」
シオンは持っていた黒いケース二つをターヤの目の前に置いた。太陽光が当たらないよう、厳重に包装されている。そのため、ターヤはその正体についてすぐにわかった。
「ふうん、吸血鬼の首なんだ。いつ切り落とした?日数によってはアウトだよ。」
「一昨日の夜です。一度たりとも太陽光や光の魔法には晒していません。」
杏奈は答えた。
「なら大丈夫だ。私の別の技術も見せたいからついておいでよ。」
一行はターヤに案内されて血で満たされた管のある部屋のさらに奥へと向かった。
奥の部屋はいくつものDNAのサンプルが保管されている。ラベルを見ると人間ではないもののDNAまである。それだけではない。ホルマリン漬けのような手首などがいくつも置いてある。そのうちのいくつかには「クローン」や「治療用」と書かれている。杏奈はそれらを見て、作られた目的をそれとなく察する。はっきり言って見たいと言って見るものではないのだが。
「ごめん、こういうのは苦手だから外で待っていていいかな。」
ノエルが杏奈に言う。確かに人によってはつらいものだろう。
「ターヤさんがそれを許すとは思えない。とりあえず目をつぶればいいんじゃないか?」
「そうだね。ターヤさんには申し訳ないけれど。」
ノエルは目をつぶる。
「原理を簡単に説明すると、切り落とされた吸血鬼の首に体だけのクローンをつないで治療する。首の状態によってはうまくいかないかもしれないけれど、そこは覚悟してね。」
ターヤは言うと、いくつかの器具を棚から出し始めた。薬品や縫合用の針と糸、注射器。まるで何かの人体実験だ。そして、もう一度ターヤは振り向いた。
「この先なんだけど、見せたら精神を病んだ人がいるから立ち入り禁止にするよ。処置が終わったらまた呼ぶから。」
と、ターヤは言った。意外にも彼女に良心は残っていた。首と体をつなぎ合わせるという狂気じみた光景を見せつけられると思っていた一行はほっとして胸をなでおろすことになる。特にノエルは。
「私たちには祈ることしかできないか。」
自分ではこれ以上どうにもできない杏奈はかなり歯がゆい思いではあったが。




