グレイヴワームの夜会
書いてしまいましたよ…。何って、バカ枠の。
二コラとジョシュアの首は黒い布で包まれ、完全に光から防いでいる。これで二人が太陽光によって死亡する可能性はほぼなくなった。一行は宿で休み、翌日の朝9時半頃からグレイヴワームを散策することにした。そんな中、二コラが一部を焼いた方の部屋で杏奈が嘔吐する。
「またか……」
口元に付着した吐しゃ物をペーパータオルで拭う杏奈。ノエルは杏奈の背中を優しくさする。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。多分、あの時と同じ。異界のせいだと思う。」
と、杏奈は答えた。そうは言ったものの、彼女の顔色はよくない。体を触っても体温は高い。
「散策だけど行けそうにはないかな。3人で行ってきて。」
力ない声で杏奈は言った。彼女としてはノエルを思いやっての言葉だろうが、ノエルが杏奈をおいていくつもりはなかった。
「私もここに残るよ。いつ襲われるかわからないからね。」
「それでいいならね。まあ、ありがとう。」
杏奈とノエルが宿に残るとのことで、シオンとグランツだけがグレイヴワームの散策をすることになった。その目的は錬金術師を探すこと。錬金術師が見つかるか否かは二コラとジョシュアの行く末を左右する。せっかく杏奈が助かる可能性を与えたのだから。
「端末は圏外だな。俺が戻ってくるコンダクター(紙飛行機の形の空を飛ぶ手紙)を飛ばして連絡する。お前が魔法を使えなくても飛ばせば自動的に俺のところにもどってくる。連絡はそれで頼む。」
宿を出るとき、シオンはグランツに紙切れを渡した。その紙切れには紙を飛ばすための謎の文字が書かれていた。これがもともとのレムリア大陸に普及していたという伝達手段のコンダクター。
「おう、わかったぜ。」
二人は宿を出ると、別行動を開始する。グランツは仕事の斡旋所に向かってみた。
グレイヴワームにある仕事の斡旋所。さすが煉瓦職人の町というだけあり、煉瓦にまつわる依頼が多く集まっていた。だが、グランツが探していたのはそのような依頼ではない。
「あー、すみません、ここに錬金術師からの依頼は来ていませんか?」
グランツは斡旋所を管理している青年に尋ねた。
「いえ、来ておりませんね。そもそも錬金術師がこの町にいるかどうかも怪しいところですね。」
青年は答えた。ここでは情報を得られないだろう。グランツはそう思っていた。
「ですが、錬金術師の情報を得られる可能性のあるイベントなら私も知っております。グレイヴワームの夜会。ちょうど本日夜8時からの開催となっておりますのでそちらに参加されては?」
「グレイヴワームの夜会……。参加してみるので他に情報をください。」
グランツは言った。すると、その青年は緑色のチラシをグランツに手渡した。
――グレイヴワーム夜会。場所はカフェTNT。午後8時からの開催。服装自由。グレイヴワームの住人でなくても可。テーマを決めて他愛のない話をする場となります。
「行くか行かないかはあなたが決めてくださいね。」
この時、グランツは行くつもりでいた。錬金術師の情報がつかめるのならこちらのものだ。そう思っていた。グランツはシオンに渡された紙にグレイヴワーム夜会に参加する旨を書いて紙飛行機の形に折って飛ばした、
やがて、夜を迎えるグレイヴワーム。グランツは会場となるカフェへ。その会場にはさまざまな人がいる。煉瓦職人もいれば宿の経営者だっている。学生もいる。そのような闇鍋のような会場に立ち入ったグランツであるが、決して目立ちすぎることはなかった。
グレイヴワーム夜会は一つのテーブルに数人が座って会話を楽しむ形式である。グランツの座ったテーブルにはもう一人の青年が座っていた。グランツの兄を思わせるほど整った顔をしている。
「ええと、グランツ・ゴソウだ。情報収集のために参加しました。」
グランツはさっそく自己紹介をした。
「はは、奇遇ですな。僕も情報収集に来たのです。おっと、まだ名乗っていませんでしたね。僕はヴィダルと申します。」
えらく礼儀正しい男だった。いや、グランツの礼儀がなっていないだけだろう。そして、あと3人が同じテーブルに座る。
「スミスです、よろしくお願いします。」
「ジョンと申します。」
「俺のことはケニーと呼んでください。」
話のテーマが発表され、話をしている間にグランツは少しずつではあるが殺気を会場の中から感じ取った。誰が発しているのかもわからない。そして、席を移動しても近くにいる3人の人物がグランツを狙っていることにグランツは気づく。グランツはあえて話の途中で腹痛に襲われたふりをしてトイレへ。
「くそ……誰だ?俺を殺そうとしているんだよな?」
グランツは息を整えて自分の命を狙っている者を待ち伏せる。見えない範囲でイデアを出し、その直後に全力を出せるように身構えた。
ドアが開く。来た。入ってきたのはスミスと名乗った男。グランツはダーツを取り、投げようとした。
「待つんだ!俺は何もしていない!この通り武器も持っていない。」
「本当に?あんた、ずっと俺の近くにいただろう。」
グランツはダーツを投げることはしなかったが、スミスを疑ってはいた。
「断じて違う……!それに、俺には君を殺す理由なんてない!」
「そうか。まあ、俺は命を狙ってくるやつを待ち伏せるよ。誰かわからねえが。」
グランツはトイレの個室に身を潜めた。鍵はかけない。人の気配がすればそこから奇襲をかける。その作戦でいく。5分ほど過ぎ、再び足音がした。その足音の主はヴィダル。
「おかしいな。ここにいるはずなんだが……」
ヴィダルはキョロキョロしている。何のためなのだろうか?そして、片っ端から個室を開け始めた。やはり、ヴィダルはグランツを探している。覚悟を決めねばならない。グランツは個室の中でイデアを出し、ヴィダルを待ち伏せる。
ドアが開いた。ヴィダルだ。
「なんだ!?」
グランツはとっさにダーツを撃った。それをヴィダルは薔薇のようなもので防いだ。そして、反撃と言わんばかりにグランツを吹っ飛ばし、グランツは便器に頭から落ちた。
「本当はあの場で気づかれずに殺すつもりだったがまあいいか。」
ヴィダルは鋭いナイフを懐から出すと、グランツに近づき、とどめを刺そうとしたが今度はグランツがヴィダルを蹴り飛ばした。そして、グランツは立ち上がる。
「畜生!俺の服と髪を台無しにしやがって!」
と、グランツは言う。
「そんな事言っても無駄だよ。」
ヴィダルの薔薇のビジョンが増えた。赤と青と黒と白の美しい薔薇だ。しかし、グランツはそのイデアがどのような力なのか想像もつかなかった。だが、グランツには関係ない。グランツは手での投擲だけでなく、周囲に出しているダーツのビジョンを飛ばしてヴィダルを攻撃。ヴィダルは薔薇の花びらをシールドのようにしてダーツを防いだ。
「イデアを使うことは不本意ではあるが、致し方ないな。」
しゅっ、とヴィダルの両手には青と黒の薔薇が出現する。そのうちの一本を放つヴィダル。グランツはその攻撃の全容を理解できなかったが、とにかく避けた。黒の薔薇がトイレの壁を貫通する。当たらなくてよかった。
ヴィダルはさらに青の薔薇も放ってきた。その青い薔薇は花びらが刃物のように鋭く、花びらが当たった場所は深い傷がつけられていた。こちらも当たらなくて正解。しかし、ヴィダルはすでに次の攻撃へ移る。今度は白い薔薇。どんな力なのだろう?
「いでっ!?」
ゴッ。ガードしたのがいけなかった。グランツはよけようと思えばよけられたが、白い薔薇をあえてガードしたのが間違いだった。白い薔薇はグランツの左腕の骨を折ったのだ。
「フン。これで組みしやすくなったな。」
だらりと下がるグランツの左腕を確認したヴィダルは言った。
「ふざけんじゃねえ……お前、なんで俺の命を狙う?」
「雇われているからさ。お前がルーン石を持っているから、その回収に来た。かくいう僕もこの『ゲーボ』のルーン石の加護を受けているが。だから選ばれた。」
余裕を見せたヴィダルはナイフを納めた鞘を見せた。そこには『ゲーボ』の文字が刻まれた深紅のルーン石がはめ込まれていた。
「マジかよ……昨日もルーン石の持ち主に出会ったぞ。やれやれだぜ。」
「そうだな。意図的にこの町にルーン石持ちが集まるようにしたら、予想外に増えたからな。本当の狙いはグレイヴワームの西のはずれに住むターヤという錬金術師だけだ。」
ヴィダルはどうも錬金術師について知っていたらしい。そして、彼の発言はグランツにとっても大きな手掛かりとなる事だった。
鞘に納められたナイフをヴィダルは懐に入れる。そして、再び薔薇のイデアを出し、ある程度の距離を保ちながらグランツを攻撃する。グランツもダーツを飛ばし、ヴィダルを攻撃する。だが、その攻撃は赤い薔薇の花びらによっていとも簡単に防がれた。ヴィダルは中距離で対応しづらい相手である。だからあえてイデアは使わない。
「!?」
グランツは近くにあった掃除用のデッキブラシを取る。
「おおおおおおおおお!」
「は?」
ヴィダルが困惑した瞬間を狙ってグランツはデッキブラシでヴィダルの足を殴打。バランスを崩して転倒したところにいくつものダーツを撃ち込む。
「やめろ!!!」
グランツはとどめにデッキブラシでヴィダルの頭を殴って彼を気絶させた。
「あー、服と髪が汚れちまった。それと、こいつがナイフ持っていると危険だから没収しとくか。」
グランツは気絶しているヴィダルの懐からルーン石のはめこまれたナイフと鞘を抜き取り、自分の服のポケットに入れた。そして、トイレのすぐ近くにある非常用のドアから外に出た。
煉瓦造りの宿に戻るグランツ。相変わらず服と髪はぐっしょりと濡れている。
「ただいま。杏奈の様子は大丈夫か?」
グランツはノエルに尋ねた。
「大丈夫みたい。今は寝ているよ。」
と、ノエルは答えた。グランツはそれを聞いて安心し、ひとまずシャワーを浴びることにした。便器の水をかぶってしまったのだから。




