神守杏奈に託したい
本日投稿分その二です。
創作しているとやはり優遇してしまうキャラ出てきますよね。
シオンが病院まで面会に来てから4日後の2月24日。杏奈は退院する。帰るべき家が鮮血の夜明団の寮しかない杏奈はシオンに付き添われて寮まで戻った。
杏奈は孤児だった。幼い頃に故郷が滅亡し、ある人物から連れ出される形でディサイドの町にやってきた。そんな杏奈だが、故郷の滅亡からディサイドにやってくるまでの出来事については頑なに語らない。そればかりか彼女は人に心を開くことさえも拒絶していたようだった。
語られない彼女の過去は彼女の心に影を落とし、かかわる人物に対してもぶっきらぼうな態度しか取れなくしていた。
荷物が散乱したお世辞にも片付いているとはいえない部屋にて杏奈は荷物整理を始める。鮮血の夜明団引退に向けての準備である。このときの杏奈はほんの少し名残惜しさを感じていた。11歳の頃、はじめてシオンとともにキメラと戦った時。シオン・ランバートという男はとても頼もしかった。それでも杏奈は彼に心を開く気にはなれなかったが。
「私は先輩のようにはなれない。この力があっても」
本棚の本を段ボール箱に詰めながら、杏奈はつぶやいた。
たぶん未練はない、と自分に言い聞かせるのだった。
同日の夜、鮮血の夜明団の会長シド・ファーネルは書類整理をしていた。主に報告書の。その中には任務のものもあれば、杏奈の退院についてのものがあった。
シドは杏奈の退院についての報告書を手に取る。
――神守杏奈。一連の症状の原因は不明。図1のようなオーラあり。
シドは顔をしかめた。実は、シオンやシドにも似たような症状が現れたのだ。シオンはともかくシドは吸血鬼。病気にはかからないはずなのだ。
さらに、シドもその身に違和感を覚えていた。彼の周囲に浮かぶ古代文字。それを見て、彼は頭がおかしくなったのだと感じていた。
また、シドは報告書だけではなく調査データも気にしていた。シオンもシドも杏奈も、もう一人の発症者もスリップノットに立ち入ったことがある。何にせよ、原因はスリップノットにある。シドは確信していた。
「せっかく夜なんだ。外を歩いてこよう」
シドは書類を置いて一度外に出る。
十三夜月が付近を明るく照らす。2月末のディサイドは雪こそ降らないものの、寒い。しかし吸血鬼にとってはそれほどのことではない。
そう、吸血鬼にとってそれほど寒くないのだから、薄着であれば吸血鬼であると気付く。
「……黄色?あの服は? 」
その人物を見たシドはふと、ある人物が浮かぶ。その人物とはドロシー・フォースター。6年前に紅石ナイフで吸血鬼となってアンジェラ・ストラウスと心中した人物。その直前に魔族に関する手紙を寄越し、一度魔族に乗っ取られていた組織を取り戻すきっかけにもなった。
だが、シドは冷静になった。死んだ人間は生き返らない。この世のいかなる魔法を使っても、人間を生き返らせることなど不可能だ。
「……みつけた」
凍りつくようで可愛らしい声――まさにドロシーの声そのものだった。
ドロシー・フォースターに似た人物はシドに近づいてくる。シドの中の何かが彼を焦らせる。
逃げろ。戦え。何かにさいなまれながら、ドロシーを見た。
「あなただけは、絶対に殺さなくてはならないの。アンジェラの為に」
彼女は焦るシドに言う。
――彼女は本当にドロシーなのか。
「お前は誰だ」
腹を括り、ドロシーらしき人物、いやドロシーなのだろう。なぜか現れた彼女に尋ねた。
「ドロシー・フォースター。覚えていてよ、シドさん。こんなに薄情だとは思わなかった」
凍りつく視線はシドに向けられる。そのままでも、狂気は6年前と変わらない。だが、ドロシーの瞳に変化があったのだ。それは、ドロシーの目が左右で色が違うということ。赤と青の瞳はシドをじっと見つめていた。
「薄情だからというわけではないけど、私の血と肉になりなさい、シド・ファーネル。あなたの魔法が欲しい」
ゾクゾクする、というのはまさにシドが味わっている感覚である。全身を無数の手や触手で撫で回されているような感覚。シドは命を狙われていることを実感した。
「いえ、このイデアとルーン石の加護を試してみないとね。せっかくだから異界でない場所でも使いたいな」
ドロシーの体の周りに監視カメラのようなビジョンと黄色の霧が現れる。黄色の霧がほんの少し見えたシドはこれで確信した。ドロシーは異界に行った。これは非常にまずいことである。シドはまだ死ねない。せめて情報を伝えてからでなければ。
シドはその瞬間にダッシュし、本部へ戻る。自分の命は残り少ない。吸血鬼でありながらシドは命の終わりを感じ取っていた。たとえ吸血鬼であっても、命とは泡沫の輝きなのだ。ペンを取るシド。ドロシーがやってくるまでにシドはペンを走らせた。
――一番強いオーラもといイデアを持つ神守杏奈に異界の調査を託す。そして異界の吸血鬼ドロシー・フォースターを倒せ。これは会長命令である。
こう書くと、基礎的な魔法の一つである保護の魔法をかけ、シドは付近の様子を見る。
ドロシーはいない。そのかわりに、シドにとって懐かしい人物が。
深紅の衣装、毛先が紅く染まった髪。それを除けばあのアンジェラ・ストラウス。しかし、彼女もまた死亡したと言われる人物である。
「生きていたのか……。アンジェラ、復帰するのならそれでいい。どうなんだ?君の意思は」
シドは思わず口にする。
あわよくば彼女を復帰させたい。優しすぎたシドはほんの少しの可能性を信じていた。
だが、現実は非情だった。
「……人間でない者の言葉、聞き入れる必要なしよ。堕ちたわね、シドさん」
アンジェラは言った。6年前とは違うぞっとするような威圧感だ。しかし、言っている事は6年前のアンジェラでも言いかねない事。なぜならアンジェラは吸血鬼を嫌い、人間の味方を名乗っていたからだ。
が、そのアンジェラも今は人ならざる雰囲気を持っていた。
「ならばシオンを呼べばいいだろうか?シオンは俺と違って人間だ」
「いいえ、その必要はない。そのかわり、貴方の血を頂きに来たわ」
アンジェラの周囲に赤い霧と羅針盤、そして十字街が現れる。どうやら彼女も失われた魔法イデアを使えるらしい。それも、ドロシーとは規模が違うものを。端的に言えば、アンジェラは危険である。アンジェラは重く強いオーラを放っている。
「×××」
言葉は聞き取れない。一瞬にしてシドはアンジェラの前に引きずり出され、彼女の仕込み傘で心臓を貫かれる。シドが灰と化す直前、アンジェラはその血を啜る。
「頂いておくわ、貴方の血」
アンジェラの口元を鮮血が濡らし、鮮血は小さな明かりを受けて輝いていた。
翌日の朝、仕事を終えないシドを不審に思ったシオンが会長室にその様子を見に行った。
会長室には灰と置き手紙だけが遺されている。灰は机の前に積もっており、小さな明かりでキラキラと光っていた。吸血鬼の灰はどの灰よりもさらさらとしており、光を受ければ優しく輝く。
これでシオンは確信した。シドは死んだ。何者かの手によって殺されたのだ。
「酷いな」
シオンはしゃがみ、灰を見る。細やかで白い灰だ。そして、このつもり方からして光の魔法によるものではない。心臓に何かを突き刺された可能性の方が高い。
それからシオンはシドの置き手紙を読んだ。これは間違いなくシドの筆跡だ。しかし、ここに不可解な文字列があったのだ。それは――
「冗談だろ?ドロシー・フォースターは死んだはずだ」
ドロシーの死を知るシオンにとって、理解しがたいことだった。
なぜドロシーは生きていたのだろうか……?