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ルーンと異界の旅日記  作者: 墨崎游弥
異界の入口編
12/107

破綻した執行人

何を以て破綻したと言うのか。私は最近ずっと考えております。

 船から降りてきた中年男性は漁師だった。いや、もともとは異界の人間ではない。彼は数年前にとある事故で異界に来ることとなった。


「……なんだお前たちは!せっかくの異界ライフを邪魔するな!」


 中年男性が言った。彼は見たところ弁当屋の男のようなメタボ体型ではなく、程よく筋肉のありそうな外見をしていた。


「異界……まさか。」


 杏奈はすぐにわかった。そいつはただの異界人ではない。


「名乗りな。名前、どこから来たのか。そして、あの蛸や海蛇はお前がやったのかどうか」


 杏奈は強気な口調で尋ねた。いつでも鉄扇で彼を切り伏せる準備はできている。


「名前はフォズィー。こちらがわではないオーペスの町出身でさっきのは私がやった。だから何だ!」


「いや、聞きたい情報はだいたい揃ったよ。問題はお前がなぜこんなことをしたか、だよ。見たところ漁師よね」


 杏奈はひたすら問い詰める。そして、動機というものはフォズィーが何に関わっているのかもわかる。


「私さ、理由が分からないと夜も眠れないんだよね」


「……じ……女王様の命令なんだ。逆らったら殺される……きっと。女王様は美しいが恐ろしいお方なのだ。俺も脅迫されている」


 これは予想外の答えだった。杏奈としては、フォズィーが金のために杏奈たちを狙っていると読んでいたのだ。そして、事態は思いの外複雑だ。しかし、これは本当だろうか?


「なぁ、一つ聞いても良いか?」


 シオンが言った。


「お前、女王様を知ってるなら姿も見たよな。名前くらい教えてくれたっていいだろ」


「それはしたくない。俺だって命が惜しい。人間だからな」


 フォズィーは言い放った。


「まあ、そのうち分かるからいいか。ひとまず、魔物の正体はこいつでいいですね?」


 杏奈はシオンに聞き、シオンは頷いた。そして杏奈は星空のようなオーラを纏った回し蹴りでフォズィーを気絶させ、ロープで縛る。


「さて、斡旋所にもどって報告するか」




 一行はスリップノットの斡旋所に戻ってきた。この依頼を受けるときに「必ず斡旋所で面と向かっての報告が必要」と言われたからだ。


「お疲れ様です。生きて帰ってこれたのですね」


 青年は言った。見るからに生きて帰ってきたことをよく思わないようだ。


「依頼主を呼びますので少々お待ち下さい。はぁ、依頼主が破綻した人間なだけあります」


 青年はぶつぶつと言った。破綻した人間とはどのような人物を指すのだろうか?弁当屋の店員のように食品に毒を盛る人物だろうか?


 15分ほど待つと、別の青年が現れた。年齢にして25歳程度。


「どうも、鮮血の夜明団異界調査隊御一行様。やはりこいつでしたか」


挿絵(By みてみん)


 青年は言う。この青年に破綻したところなど、一切見えない。


「不審に思うことはありません。僕はビリー・クレイと申します、以後お見知りおきを」


 見た目は普通のスーツを着た青年。態度は礼儀正しく、まるで執事のようだ。主ではない部外者に対する執事の態度を取るビリー・クレイであるが、同時に危なさを隠しきれずにもいた。故に、シオンと杏奈は警戒を怠らなかった。


「いえ、それほど殺気立つこともありません。今の僕はあなたたち全員に歯が立たないほど弱いです」


 ビリーは言った。一言のパワーだけではなく、彼の纏う空気すら良く研がれた懐刀のよう。ビリーはまず、縛られたフォズィーに近付いた。


「……!!!んんん!!!」


「君は用済みなのです。アンジェラ様は君の行いが目に余ると判断され、この僕に処刑を命じたのですよ。聞けば、漁に明け暮れていたそうではありませんか」


 カチャッ。ビリーは拳銃を抜き、銃口をフォズィーの額に向けて、何発かフォズィーを撃った。その様子はあまりにも残酷で、ノエルは目を背けた。しかし、シオンはそれ以外にも思うことがあったのだ。アンジェラ、という名前。一番の気がかりだった。


 血で浸される斡旋所の床。木の床にフォズィーの血がゆっくりと染み込んでゆく。


「うっ……この為に俺たちは……」


 グランツは言った。


「そうですね。報酬は支払います。契約ですのでね」


 ビリーは至って冷静だった。いや、これがビリーの「平常」なのだろう。


「良い仕事とは、己に課せられたやるべき事を最小限の労力とリスクで遂行する事です」


 ビリーは300万デナリオンの入ったアタッシュケースを開けて中身を晒し、閉じると無表情でシオンの目の前に置いた。


「……確かに受け取ったぞ」


 シオンは不本意そうだがアタッシュケースを手に取った。ここで反抗的に出たら何があるのか分からない。


「さて、君たちには少しここを離れてもらわなくてはなりませんね。少しこちらで事情があるのです。何、ここの依頼の一つくらい受ればよいのです。賠償金、あるのですよね?」


 ビリーは淡々と一行の情報を話してきた。この様子からいくと、どこかで繋がりがあるのかもしれない。


「ちっ……ここは一つ依頼でも受けるとするか。別に、お前の為ではないが」


 杏奈は言った。


「ああ、ここから消えて下さり助かります」


 ビリーの言葉に耳を貸さず、杏奈は250万デナリオンの依頼状を手に取り、シオンと同じ手続きを済ませる。


「ビリー・クレイ。約束通り一度ここから消える。では」


 杏奈はそのまま斡旋所を出た。それを追うように残りの3人も出るのだが、シオンは納得出来ていない部分があったのだ。


「杏奈。さっきの行動は何だよ」


 シオンが問い詰める。


「ビリー・クレイの気迫には負けていません。ここからあいつを見張りたかったんです」


 杏奈がシオンに伝えたのは斡旋所の壁にある隙間。ここから中の様子が見えるのだ。声だって聞こえてくる。杏奈はこの隙間を、ビリーとのやり取りの間に発見していた。何かの役に立つかは考えていなかったが。そして、穴から観察することも閃きでしかないのだ。


「なるほど」


 と、シオンが言う傍らで杏奈は隙間から斡旋所の様子を見る。


 斡旋所の中ではビリーがフォズィーの服のポケットから何かを出している。石のようなものだ。石のようなものを回収したビリーはもとの世界のものと変わらない携帯電話を取りだし、誰かに電話をかけている。


「××。こちらビリーでございます。ルーン石は無事回収いたしました。こちらが確認していないものは残り4つです」


 ノエルはこの言葉を聞き、ぞっとする。なぜか。それは、自分たちのルーン石の数と、ビリーが回収しようとしているルーン石の数が一致しているから。


「場所を移りましょう。嫌な予感しかしません」

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