賠償金は魔物退治で(その3)
さて、まだまだEBIが続くようです。
杏奈はただ海を見る。
透き通った海。気温は16度程度だが風と波がある。海老たちはどこへ行ったのか。
「おい、杏奈!早く戻ろうぜ!」
グランツが杏奈を呼んだ。
「いや、まだ終わっていない。」
海を見たまま、杏奈は言う。彼女には仮説がある。タコの魔物から湧き出てきた海老について。
「あの海老、ひょっとするとイデアかもしれない。」
「は?」
聞き返すグランツ。杏奈も、突拍子のない事を言ったのは分かっている。それでいて、杏奈は本気で考えている。
「シオン先輩。もう少しここで見張りましょう。何かおかしいです。」
「いいけどよ、髪に海老ついてるぞ。」
シオンは不意に言った。なんと、杏奈の髪には海老が絡まっている。その海老は不審な動きを見せ……。
「うぁっ!?」
するりと髪を抜け、海老はシオンの顔面に突進する。明らかに普通の海老ではない。
いや、海老は単独ですらなかった。海老の群れが海から飛びはね、突進してくるのだ。
「的が小さいっ!それに数が多すぎる!」
杏奈単独では捌ききれない。シオンと二人でも厳しい。グランツも相性はよくないだろう。だが、ノエルはどうだ?
ノエルは海老たちの群れに狙いを定めた。彼女の周りに文字列のイデアが回っている。
「スクリプトランチャー!!!」
その一撃は海老たちを弾き飛ばす。しかし、これで全滅させられるわけがない。
「奴の切り落とした足はどこにいった?なぜ何も残らない?」
鉄扇で海老たちをいなしながら杏奈は言った。
「見ていた限り、あの蛸足は海老になった。信じられない話だと思うし、正直、私も、意味がわからない。」
「杏奈……」
ノエルも何か考えているようだった。この海老の群れ。どう見てもおかしいのだ。
「多分、この海老を操っている誰かがいるのかもしれない。どこかに隠れて操っているとかね。」
「……達観しているのかと思えば、随分と突拍子のないことを言うんだね。そういうとこは嫌いじゃないけど。」
ノエルは辺りを見回す。しかし、これといったものがない。岩影も、蛸の魔物を相手取る時に身を潜めた場所だけだ。
ここでグランツが言う。
「う、海だ!あの漁船!あの漁船から黒い影が来る!!!」
双眼鏡で遠くを見ながらグランツは言った。彼は確かにこちらへ向かってくる、海の中の黒い影を確認した。それは漁船の方向からやってくる!
「海だったか。任せろ、俺があの船ごと沈めてやる。」
シオンはグランツから双眼鏡をひったくると、漁船を見た。誰が乗っているのかはわからない。それに加え、かなり距離はあるだろう。だいたい2km前後といったところか。
シオンは指先を海水につけた。冷たい水の温度がシオンの身体に伝う。
「何をするんですか?」
「俺が高波を起こす。船には波だろ。」
ノエルが聞き、シオンは答えた。悪戯でもするかのような笑みのシオンはイデアを調整し、指先から波を撃った。
「説明するぜ。俺のイデアは波。音波だと思ったがちょいと違った。だから……」
何も起こらない。シオンのイデアも無駄だったようだ。
「どうするんだよ!あの距離をなんとかできるか!?」
と、グランツが言う。そうなるのもごもっともだ。シオンが張り切った割に成果は出ず、漁船に乗った何者かへの対抗策も白紙に戻った。直前まで張り切っていたシオンは自分の無能さに苛まれている。
「くそう、方法が思い付かねえ。1km以上先から狙われるなんて聞いてねえぞ。」
シオンはさぞ歯痒いだろう。怪物、いや怪物のイデアを倒しても本体が無事では仕方がない。
「いや、二人は分からないかもしれない。けれど、さっきは漁船なんてなかった。ひょっとすると近づいているのかもしれません。」
ノエルは言った。
「……だな。近づいている。その前に黒い影も来るな。」
4人は再び戦闘態勢に入る。杏奈は鉄扇を開いて星空のようなオーラを纏い、グランツは周囲にダーツを浮遊させ、ノエルの周りでは文字列が彼女の周囲を回る。
「お前ら準備はいいな?俺は大丈夫だ!」
再び奴は来た。が、今度は海蛇。そして大きい。見たところ粘液で覆われている。
「ノエル、粘液を剥がして。」
杏奈は言う。
「ええ。スクリプトランチャー!」
ぶつけられる文字列。粘液が辺りに飛び散った。そこにシオンが音波と光と雷の魔法を撃ち込む。強いエネルギーが一帯に迸る。
「亀裂……?」
杏奈は異変に気づく。巨大な海蛇にはなんと亀裂が現れた。これで杏奈は正体を見抜く。
「グァァァァァァァ!!!」
海蛇は謎の咆哮を上げた。そして体ごと地面に叩きつけ、4人はそれぞれの方向に避ける。
ほどなくして海蛇は形をなくし、すべて海老となる。
「ここは私とシオンさんが防ぎます!」
シオンとノエルが前に。確かに杏奈やグランツでは分が悪い。
「歯痒いぜ。せっかくイデア使えるようになったってのに。」
渋々グランツは後ろに下がる。杏奈にもその気分は痛いほどわかる。いや。兄との約束もあるグランツの方が尚更歯痒いだろう。杏奈は周囲の観察に専念することにした。
シオンとノエルが海老の群れをいなしている最中、杏奈は漁船が岩影のある場所付近に近付いたことを確認。
「グランツ。奴が来た。しびれを切らしたのかもしれない。」
「おう。」
シオンとノエルが襲い来る海老に気をとられている間、グランツがダーツを撃つ。
「出てこいよ。」
グランツは言った。ダーツによって漁船には大きな損傷が。船から降りてくる一人の中年男性。
それに伴って、海老たちは大人しくなった。
「?」
不審そうに付近を見回すノエルにも中年男性は見えた。そして確信した。
「きっとあいつが黒幕だろうね。恐らくは幻影か何か。たちの悪い相手だよ。」
次回予告ッ!
現れた中年男性。その中年男性は日々の残業に追われ、全てを放り出して海に出ていたッ!杏奈たちを会社からの刺客だと勘違いした彼は杏奈たちに襲いかかるッ!
「俺に構うな!俺は会社をやめてやる!!!」
次回、サービス残業はトラウマの元!お楽しみに!
なお、上記の予告は全て嘘です。




