一つの都市と時代の終わり
最終パートとなります。諸事情でこの時間の投稿です。
半壊した鮮血の夜明団本部。破壊された場所付近にも生存者が2名いた。構成員の一人である狩村彰。もう一人は錬金術の報告のためにディサイドの町へやってきた錬金術師ユアン・ブルックス。彼らの元にもう一人の生存者がやってきた。
「杏奈……!生きていたんだな!」
思わず彰は言った。ディ・ライトのように戸惑っているわけでもなく、心から杏奈の帰還を喜んでいるようだ。2か月弱。杏奈が異界にいた時間は短くない。久々に見る杏奈の顔、生きている杏奈の顔に彰は安堵していた。
「喜ぶのもいいけれど今は彼女の体の心配をすべきだよ。生きているだけで奇跡的なくらいだけど、なんで生きていられるのかい?」
後ろからユアンが言った。安堵した彰とは対照的に、ユアンは明らかに杏奈を心配している様子だった。
「さすがの聴力の持ち主ですね、ユアンさん。今はまだ死ねないので、私のイデア……能力でねじ切れた体内組織を無理やり保持しています。どうせ私は失うものがなにもないので報告を終えたら能力を全解除して死ぬつもりです。ちょうどアンジェラの首も取れましたから」
「それは許さない。主に彼がね。惚気も大概にしてほしいけど君の生存を心から願っていたのは確かだよ」
ユアンの言う彼とは彰のこと。訓練や任務や勉強に明け暮れていた杏奈は彼のことを別段気にしたことはなかった。しかし彰はそうでもなかったらしい。人を寄せ付けないように見えて本当は純粋な杏奈に惹かれていたのだという。
「さて、治療しようか。病院も壊されたみたいだから医務室での治療になるけどね。」
と、ユアンは言った。
「よろしくお願いします」
杏奈はユアンに連れられて医務室へ入っていった。その様子を見届ける彰はまだ肩の力が抜けきっていなかった。いくら腕のいい錬金術師であるユアンが治療を行っても100パーセント助かる保証はない。彰は自分でもそれを受け入れ、救助活動が行われる市街地へと向かった。
市街地は派手に破壊され、ディサイドの町の都市としての機能はすでに失われていた。前の車両のない貨物列車は積荷が爆発したようで、その残骸が燃えている。あまりにも痛々しい風景を前にして彰は心を痛めていた。
近くにはグランツとシオンがおり、2人ともシートの上に寝かされていた。
「すみません。2人は生きていますか?」
彰は救助活動をしていた中年男性に尋ねた。
「なんとか息はある。こっちの水色髪の方は意識が戻らないから治療をした方がいいがね」
「そうですか。ありがとうございます。仕事仲間なので連れて帰りますね」
と、彰は言うとグランツをおぶって鮮血の夜明団本部へ戻っていった。
――颯爽とした姿で通り過ぎる彰の姿を眺める生き残りの少女が一人。館の火災の中から生還したその少女は怯えた様子を見せなかったが、きょろきょろしていた。
「どうしたんだ?お父さんとお母さんは?」
「いないよ。お母さん、おへやで変なことばかりしているの。でも、いなくなっちゃった」
「そうか……この火災では生きていないだろうし」
少女の姿に彰は心を痛めていた。が、彼はすぐに少女の手を引いて鮮血の夜明団の本部まで連れて行くのだった。様々な思惑がありながら。
4日後。体内の臓器などが激しく損傷していた杏奈も動けるほどに回復していた。それだけではない。シオン、グランツ、ディ・ライトもかなり回復した。これもユアンやその知り合いの錬金術師の助けがあってこそのものだ。
その杏奈は今、鮮血の夜明団本部の医務室にいる。ベッドから起き上がり、異界から持ち帰った手帖を読み返すのだ。手帖をめくるたびにページが涙でにじむ。
「ノエル、ジョシュア、二コラ……。もう全部終わった」
――長かった旅は終わった。調査も完了し、アンジェラ・ストラウスらも討ち取った。だが、杏奈は今一つすっきりした気分になれず、涙を流していた。
「泣いているのか?」
杏奈の傍らにいた彰は言った。
「うん。あの旅で仲間……大切な友人を失ったんだ。クラスメイトとなじまなかった私に向き合ってくれた友人。元は敵対したけれど私が助けた仲間もね」
「杏奈……」
杏奈はハンカチで涙を拭った。
「さてと、報告しないとね!あれから2か月くらい経つけどシド会長の次って誰が会長になってる?」
「それは……」
彰は口ごもった。シドが死んだ後に会長を務めていたネイサン・ジョエルの遺体が見つかったばかりで現在会長は不在。だが、この事実は言わなくてはならない。
「今、会長はいない。代理を務められる人もシオンさんくらいだろうな。ここに残っていた構成員は俺以外全員殺されたんだ」
「そうなんだね。みんな殺されたのか」
彰の語る事実が杏奈の胸を打つ。鮮血の夜明団の構成員のうち、本部所属だった者はほとんどが殺された。杏奈はこの事実を受け入れるしかなかったのだ。
「残念ながらな。俺とシオンさんでいろいろと話した。これから俺たちがどうなるのかって話だ。ひとまずディサイドが町として機能できないことも考慮して本部が移転になるらしい。移転先はディレインだそうだ」
と、彰は言った。
ディレインの町。異界に存在したディレインの町とはことなり、山に囲まれているものの田舎町と言うには発展しており、独自の魔法などが発展している。また、魔物ハンターとともに存在してきた場所であって彼らに対して差別的な目線を向ける者もほとんどいない。そこに本部を置くことは確かに理にかなったことであるのだ。
「ディレインね。わかったよ。私もここを離れることになるんだね」
「そうなるな。全員が快復してからディレインに旅立つ。ま、この大都市ともお別れってわけだ」
「そっか。少し名残惜しい気もするけれど。生き残ったからこそやることもあるし」
杏奈の快復から3日後。杏奈を含む本部所属だった魔物ハンター4人は新天地ディレインに到着した。山には新緑が芽吹きはじめ、一行が歓迎されているようにも感じられた。住人たちはディレインにやってきた4人を歓迎する姿勢を見せている。だが、その様子でも一行の心に残された傷が消えることはなかった。
「会長就任の挨拶もあるんだろ。頑張れよ、シオン」
シオンの隣を歩くグランツが言った。
「そうだな。候補者もいない、推薦もない状態で俺が無理やり就任することになってしまったが、まあいいか。これから時代も変わっていくからな!」
シオンは言った。
――シオン・ランバート、24歳にして鮮血の夜明団143代目会長に就任。ディサイドにあった鮮血の夜明団本部は裏切り者アンジェラ・ストラウスによって機能を失い、ディレインに移転。裏切り者アンジェラ・ストラウスは神守杏奈の手によって討ち取られる。
会長殺しの裏切り者を討ち取るための旅は記録の上では杏奈、シオン、グランツの3人でのものだとされている。しかし杏奈は忘れもしないだろう。裏切り者を討ち取る旅は6人での旅だった。記録に載らなかった3人についても杏奈は覚えている。
――記録に残らない記録。
千早ノエル、二コラ・ディドロ、ジョシュア・ノートン死亡。
鮮血の夜明団とレムリア大陸は新たな時代に入っていくだろう、と杏奈は確信するのだった。
こういうわけで完結となりますが、続編の執筆も考えております。
読んでくださりありがとうございました。