ブラッドステインドヴァンパイア
瓦礫の向こう側から姿を現したグランツ。アンジェラとの戦いにおいて、彼はまだ無傷だった。おちゃらけた態度はなりをひそめ、因縁ある人物に見せたものと同じ表情でアンジェラを睨んでいる。
「殺せねえのならそれなりにやるんだよ。俺がやるのは、シオンが来るまでの時間稼ぎだ!」
グランツの周りに展開されるダーツのイデア。その数、20を超える。
アンジェラは動かない杏奈を放り投げるとイデアを纏い、グランツに詰め寄った。イデアを右の拳に集中させてグランツに叩き込む。
対するグランツは20を超えるダーツをアンジェラの心臓に撃ち込む。
それはほぼ同時だった。
アンジェラの体からだらだらと血が流れ、グランツは黒いものを吐き出して倒れる。アンジェラは傷を受けてもなお涼しい顔でグランツを見ていた。彼女の目に血液が入っても。
アンジェラの心臓にダーツは達していたものの、彼女の心臓は破壊されていなかった。
「……危なかった。あとはシオン一人だけね。もっとも、地下で生きているかどうかも怪しいけれど」
アンジェラは胸に刺さったダーツをすべて抜き、洋館の残骸の方へ向かっていった。彼女の歩いたところに血が滴る。のちにアンジェラを探す者がその血をたどると考えられたように。
空中に浮遊していた洋館は杏奈によって転移した。ディサイドの郊外に洋館が墜ち、そのときに洋館の地下部分も破壊される。その破壊された地下部分、そこには3人の男たちが閉じ込められていた。
アンジェラの配下にされておきながら決して彼女に従わなかった者、彼女の暗殺を試みた者、彼女と相対して最初にいなされた者。彼らはアンジェラ・ストラウスという女から邪魔者だと認定されている。
邪魔者たちのうち、この現実に初めて気づいたのはシオンだった。
見慣れた建物が一部を残して破壊された様を見て、彼は何かを察していた。それと同時に、「奈落」から脱出すべきだと直感的にわかっていた。
「ディ・ライト。これは逆にチャンスじゃないか?」
と、シオンは言う。
「チャンスだって?どう見ても洋館は落ちた。アンジェラは外にいるのか?」
「ああ。アンジェラが派手に能力使って暴れているからなあ。早いとこ止めねえと手遅れになるぜ」
シオンの顔に絶望の色はなかった。
確かに今戦況は変わっている。シオンたちのいる空間は脱出不可能な密室ではなくなり、アンジェラは町で暴れている。2人が閉じ込められた奈落は洋館の地下だったのだ。
「そうか。一つだけ教えてくれ。ここはどこだ?」
「よくぞ聞いてくれたな。俺たちが元いた世界のディサイドって町だ。そして、アンジェラの故郷でもある」
と、シオンが言うとディ・ライトは息をのんだ。吸血鬼としての、タリスマンに居座るアンジェラの姿しか見たことのないディ・ライトは、彼女の過去を少し考えてしまった。
――この町に住んでいた頃のアンジェラはどのような人物だったのだろうか。今と同じ自分勝手で一人よがりだったのだろうか。
ディ・ライトは余計なことを考えるのをやめた。今は戦うべき時。
「なるほどな。市街戦なら俺も苦手ではない。紫外線使いだけに」
ふっ、とディ・ライトは笑った。彼もまだ冗談を言えるほど心の余裕があるようだ。
シオンはエンゲルの方を見る。
「お前はどうなんだ?ここでおとなしくするか、俺と一緒に行くか、別行動か」
「……おれか?別行動でいいならここを出る。おまえのはなしにのるつもりはないぞ」
エンゲルは鎖を引きちぎると外に出た。彼が何をしたいのか、シオンにはわからなかった。が、彼は只者ではないとシオンは感じていた。
「シオン!何ぼうっとしているんだ。俺たちもアンジェラを討つぞ」
ディ・ライトがシオンに声をかけ、二人はエンゲルから少し遅れて外に出た。
瓦礫。遺体。瓦礫。
アンジェラの破壊行為もここまでくるとすがすがしい。少し離れたビル街で何かが崩れる音がするのにシオンも気づいた。急いだほうがいい。二人の考えは一致していた。
「俺が合図したら援護を頼む。紫外線の援護があるとこっちも戦いやすい」
2人は声を掛け合って別れた。
「シオン・ランバート。生きていたのね、悪運の強い奴め」
シオンの姿をその目にとらえたアンジェラは言った。
地下に閉じ込めたシオンが生きているだろうとは思いもしなかったアンジェラ。洋館が墜ちれば誰もが死ぬとアンジェラは予想していた。が、杏奈とグランツに次いでシオンまでその予想を裏切った。
「本当に目障りよ、鮮血の夜明団は。生ごみにたかる蠅みたいにね。だからお前も殺すわ」
アンジェラには和解の余地などない。
アンジェラを取り囲むように展開されたイデアがとてつもないエネルギーを放つ。町をも破壊しかねないエネルギー。
対するシオンは指先から光の魔法を放つ。
「甘い甘いッ!」
鬼のような形相のアンジェラは片手で光の魔法を弾き飛ばした。シオンの撃った光の魔法はアンジェラの皮膚に触れることなく吹き飛ばされた。まるで軌道そのものが捻じ曲げられたように。
せめて剣を持っていればよかった。遠距離攻撃に頼らなければよかった。シオンの頭の中で後悔が渦巻く。
「倒すとか考えた俺が馬鹿だったか……?だったら俺はどうして……」
無力感。それにさいなまれるシオンはこれまでの人生で最も絶望していた。
そんなシオンを目の前にして、アンジェラは立ち止まる。かつて光の魔法を使っていたがゆえの選択だった。
「至近距離でやられても困るわ。だからこうやって殺す。転移せよ!生き埋めにしてやる!!!」
シオンの頭上から一瞬にして大量の土の塊が降り注ぐ。それらは無惨にもシオンを生き埋めにし、うず高い山となった。
アンジェラはその山に背を向け、町の方へと向かっていった。
だが、彼女を追う者もいないわけではない。改造吸血鬼エンゲル。異形の吸血鬼である彼はアンジェラを生かしておこうと思っていなかった。
アンジェラが余裕を見せたとき、次なる襲撃者の一撃が彼女を襲う。
手の甲から飛び出た骨の刃。その刃はアンジェラの頸動脈を切り付け、そこから血が噴水のように噴き出した。
アンジェラは頸の傷をものともせず、後ろを向いた。
「自ら来てくれるとは思わなかった。シオンが生きていることからするにお前はシオンを殺さなかったということでしょう。よりによって最後まで生き残った住人がお前だったとは」
アンジェラを襲撃したのはエンゲル。彼もまた吸血鬼である。
「おれは死ねないからな」
「生意気な顔をするのね。一つだけおしえてあげる。お前が死ねるたった一つの方法をね」
死ねる。その言葉はエンゲルの思考を一時的に停止させた。
彼は奈落にいたときから死にたがっていた。いや、それ以前からだ。錬金術師の実験体として使われ、正真正銘の不死身となってしまったときから。それ以上前。別の実験で血液中に紅石ナイフの成分を注射され、以後100年間密閉された空間に閉じ込められていた頃から。
エンゲルは死を救いとさえ思いこんでいたのだ。
だが、アンジェラの提案は救いなどとは程遠かった。
アンジェラは拳にイデアを込めてエンゲルの腹に叩き込む。エンゲルの腹が筋肉も内蔵も関係なくねじれ、臓物が辺りに散乱する。
「アンジェラ……まさか……」
「そうよ。同族の血は私を極限まで強化する。貴男の血を頂くわ」
その言葉が言い終わらないうちにアンジェラはエンゲルにとびかかる。そして1秒かかることなくエンゲルの首と身体が切り離された。
首の切断面からはとめどなく血が流れ出る。アンジェラはその切断面――切れた頸動脈に口を当てて血を啜るのだった。
エンゲルの体がカラカラに干からびるくらいになると、アンジェラはそれを投げ捨てた。彼女の中から得体のしれない力が湧き上がる。それはアンジェラ本人が一番わかっていた。
「……やはり同族の血は力が違う」
アンジェラは邪悪な笑みを浮かべると、シオンの上にうず高く積もった土に刺さった剣――異界から転移したものであろう剣を引き抜いた。