異世界からの解放
書き直しに苦労しました。
残酷描写(人間串刺しを超えます)にご注意ください。
アンジェラの能力でシオンが消された。この一瞬の出来事で待ち伏せていた4人の心境は大きく変わる。
ノエルはもはや意味などないと判断し、アンジェラを縛っていた文字列を解除した。
次は誰がアンジェラの相手をするか。膠着した状態を崩したのはノエルだった。ノエルは廊下に落とされたグランドピアノの影から姿を現す。アンジェラに宣戦布告をするかのように。
「……廊下全体に攻撃用の文字列を配置。ここで勝負を決める!」
ノエルを包んでいたイデアが急速に散り、その範囲が廊下全体に及んだ。それが攻撃の合図となる。
二コラはアンジェラが射程距離に入ったことを確認すると2階から炎を放った。室内でありながら適格にアンジェラを焼こうとする炎。避けるアンジェラ。その先には張り巡らされた攻撃用の文字列が。アンジェラがそれに触れた瞬間、彼女の体に傷が入る。
その傷に反応したアンジェラは二コラ、ノエルの存在を認識。イデアを一瞬にして展開した。
「歪め!お前たちが私に付ける傷はこれ以上増えない!」
ブラックホールの近くであるかのように空間が捻じ曲がる。ノエルは二コラの言っていた意味を理解した。全く知らない状態でこれを見れば精神に悪影響を及ぼすだろう。それほどの歪みが生じている。
その歪みは1階と2階をかき回し、距離さえも無視するようなものだった。カーペットがめくれ上がり、建物の素材の骨が掘り出され、撒きあがる。回転か。それとも別の何かか。
ノエルと二コラはその影響を受け、アンジェラのすぐ近くにまで引き寄せられた。
何が起きたのか。瞬間移動でもなければ時間停止でもない。もっと異質な何かがこの現象を引き起こしたと二コラは確信した。
(きついな。相変わらず頭がおかしくなりそうだぜ……)
二コラの目は空中を向いていた。彼に何かが見えているというわけでもなく、ただ何もない空中を――
「二コラ!ノエル!」
2階の壊れた床から見ていたグランツは叫んだ。
不用意に近づけばシオンのように消されてしまう。次に消されるのはどちらだ。2階から見たアンジェラの狙いの矛先はノエルに向いていた。
くすぶるイデアのエネルギー体。ノエルは残されたわずかなイデアで防御壁を張った。
「耐えられるわけがないでしょう。格が違うのよ」
赤いブラックホール。アンジェラはノエルが読んでいたタイミングに攻撃をせず、イデアの密度を限界まで高めた。
――私はここで死ぬのかもしれない。ノエルの頭の中にその言葉がよぎる。自身のかつてない危機において、ノエルはあまりにも冷静で絶望していた。だが、死んで終わりではない。ノエルは廊下に張り巡らせた大半の文字を解除した。
叩き込まれる赤いブラックホール。それは防御壁を簡単に破り、ノエルの体をも引っ掻き回す。
「お願い……これで……」
血。骨。内蔵。ノエルの体の中身がぶちまけられた。彼女の目から光が消える。ノエルは左腕が取れ、心臓も露出してしまうほどの傷を負った。この傷は腕の良い錬金術師の治療を施さなければ生存できる見込みなどない。ノエルも生きていられないことを悟っていた。
「杏奈……二コラ……グランツ……」
ノエルの様子は階段からも見えていた。赤いブラックホールで引っ掻き回され、ノエルの血液が床を濡らす。もはや彼女は生きていられない。
「ノエル……」
杏奈は惨殺されるノエルを見て感情を抑え込んだ。討伐対象に味方が殺されることはいつでも想定していなければならない、と杏奈は思い出す。まだ動いてはいけないのだ。
が、ノエルはまだかろうじて生きている。彼女は切り取られなかった右手である場所を指差した。
――ルーン石がカギ
張り巡らせていた文字の残りはそう表記されている。「この戦いの鍵を握るのはルーン石」であると杏奈は解釈した。杏奈の体は勝手に動いていた。
アンジェラはもはやノエルが死んだものとしてターゲットを二コラにうつす。二コラもそれを承知でアンジェラを迎え撃つ。
まずは二コラがアンジェラに向かって炎を放つ。空間が捻じ曲がり、炎が消し飛ばされる。それを見越した二コラがアンジェラに突撃する。アンジェラはその一撃で吹っ飛ばされた。
「追撃だな。挟むぞ!」
二コラは言った。
ここで杏奈がアンジェラを挟んだ二コラの反対側に回る。
「私がやる。もしかしたら対抗できるかもしれない」
星空のようなイデアを纏った杏奈はアンジェラの首を狙って鉄扇を振りぬいた。アンジェラの首から血が噴き出す。それでもアンジェラは倒れない。
アンジェラは斬撃を受ける前にも増して強いイデアをその身に纏う。
「すべてのルーン……私に加護を……」
その声はまるで怨嗟のようだった。
アンジェラの受けた傷は瞬く間にふさがっていく。彼女は一度杏奈を視界に入れたものの、無視して二コラとの距離を詰めた。
「きたか!」
二コラもイデアを最大限に展開する。炎が吸血鬼に効くかどうか、二コラはよくわかっていない。だが、二コラはまずアンジェラに向かって直径1.5メートルの火球を放った。廊下のカーペットの1点だけが不自然に燃え上がり、炎の壁をなした。
――空間はねじ曲がらない。二コラはそれを不審に感じていた。ノエルやシオンはその能力でやられた。二コラも同じものが来ると考えていた。
アンジェラは火球を突き破った。鬼のような形相で二コラとの距離を詰める。
捻じ曲がる空間。だが、それは二コラの足元だけだった。彼の足は胴体から切り離された。
「燃えろ!!!俺が死んでも、お前だけは!!!」
二コラはさらにアンジェラに向かって炎を放った。何発も、何発も。それこそ混乱した兵が銃を乱射するように。
アンジェラはそれをかいくぐり、二コラの髪を掴んで引き寄せると首に牙を突き立てた。
炎の壁で塞がれ、杏奈はその先へ進むことができなかった。が、彼女の中で嫌な予感だけはしていた。
2分後。アンジェラが炎の中から出て来た。彼女の口元は血で濡れている。まさか、と杏奈の中に最悪の状態がよぎる。
「血を頂いたわ。さすが同族の血ね。前にも増して力が湧いてくる。私一人が残されたことは癪だが少し、ほんの少しだけ気分がよくなったわ」
アンジェラは言った。
対する杏奈はその状態を察した。どうやらアンジェラは二コラの血を吸飲し、殺してしまったのだ。杏奈の中で怒りがふつふつと湧き上がる。
「ねえ、杏奈。仲間を二人殺してみたのだけど貴女はどんな気分?怒ってる?恐怖を覚えた?また別の考えだったりするの?」
アンジェラは言った。人を小ばかにしている、いや、杏奈が怒る姿を想像しながらそれすらも娯楽として楽しもうとしている。そんな顔だ。
怒らない、ここで絶対に怒ってはいけない、とアンジェラは自分に言い聞かせる。だが、彼女の怒りは言葉では隠せてもイデアには如実に現れる。
杏奈のイデアはブラックホールのように激しく渦巻いていた。
「あんたを殺すための決意は固まった。そんな感じだ。多くは言わない。それが命取りになりそうだからね。少なくとも怒りを通り越して冷静にはなれている」
杏奈は言った。二人の間に流れた緊張した時間は終わり、杏奈がアンジェラの首を切り落としにかかる。
鉄扇が空を切る。アンジェラはあと数センチのところで鉄扇を避け、火の中に飛び込んだ。杏奈は顔をしかめる。
「決意できていようとそうでなかろうと、ここでは私を殺せない。さようなら、杏奈。私は元の世界へ行く」
炎を挟んだ反対側で空間が大きく湾曲する。やがて、その中にポータルが現れ、アンジェラは足を踏み入れた。
「素晴らしき君たちに絶望の終焉を。この屋敷はやがて堕ちる」