プロローグ
その日は、いつもと変わらない朝だった。
いつものように起き、いつものように身支度をして、いつものように学校へ行く。ただ少し違うのは、今日が俺の18歳の誕生日だということだけ。だがこれも、1年前と変わらないだろう。そう、思っていた。
通学時間の朝。横断歩道の真ん前で信号待ちをしていた。車通りが少なく、歩行者が多い道。
歩行者信号が青に変わり、そこで信号待ちをしていた誰よりも早く前に歩き出した瞬間、車に轢かれた。
スピードを緩める気配のなかった車は、俺をいとも簡単に突き飛ばし、衝突の衝撃で体が宙を舞い、数十メートル離れた地面に頭から叩きつけられた。頭からは赤黒い血が流れ出し、地面に面積を広げる。
遠くに聴こえるのは事故を目の当たりにした人達の悲鳴。走り去っていく車のエンジン音。そして、一拍毎に間隔が長くなる心臓の鼓動。
息もしづらく、指さえも動かせない状態で悟る。
……死…ぬ………か――
そう思い終わる間もなく、意識が途切れた。
目の前にはただ白が広がっていた。四方八方上下左右白一色。地面も空も白だから、空間認識力が鈍くなる。
「どこだ? ここ…」
確か…事故ったんだよな…。それで、死を確信して…! そうか!
「天国か」
「半分正解」
俺の独り言に答えた声に振り返ると、そこには、後光が差し、貫禄を携え、それでいて優しさを持ち合わせた男が立っていた。
一目見て確信する。
「神様だ…」
「いかにも。私は、神である」
…偉そ。
「偉そうではない。偉いのだ」
心読むのかよ。下手なこと考えられないな。
「見た目結構若いんですね。神様ってもっとお爺ちゃんみたいな感じかなって思ってました」
目の前の神様は見た目30代。といっても人間年数で何年生きてるかなんて分からないが、きっとそこらのお爺ちゃんより長生きだろう。
「最近赴任したのだ。今日は神になって初出勤日だ」
赴任? しかも初出勤って…会社?
気になることは多々あるが、まずは最初の疑問だ。
「半分正解って、どういう意味ですか?」
「うむ。ここは天国、地獄、そして人間界を繋ぐ空間。界廊だ。廊下だと言えば分かりやすいかな。つまりは天国の途中。死後の世界には変わりない」
そういう意味で半分正解か。やっぱり死んだんだな。俺…。
「それで、俺はどっちに逝くんですかね? 出来れば、地獄は遠慮したいんですけど」
地獄なんていいイメージが無い。そりゃ天国がいいに決まってる。
「天国逝きか地獄逝きかを決めるのは閻魔の仕事だ。私には決められない」
なんか訊いたことあるな。舌を抜くとか抜かないとか。幼稚園の絵本で見た気がする。
「私がここに来たのは、君に一つ、提案をするためだ」
「提案? 何ですか?」
「君、異世界に興味はないか?」
「異世界?」
「そう。君が生前いた科学文明の世界ではなく、魔法文明が発達した世界」
「魔法…」
「その世界で生まれた者は魔力を宿し、何も無いところから火を出したり水を出したりして、生活に役立てている」
「すげぇ…」
「その顔は興味ありって顔だな。希望に満ち溢れているぞ。だが、無理にとは言わん。天国に逝きたいのなら、私から閻魔に多少の口利きは――」
「行きたいです! 魔法文明の世界!」
右手を真っ直ぐ上げ懇願する。反射的にしてしまった。
「いい返事だ。そうこなくてはな」
そう言うと神様は、俺の頭に手をかざした。体に熱が伝わるが、不快感は無く、むしろ心地いい。
「なにを…」
「君は魔法世界の生まれではないからな。魔法は使えない」
「えぇ…」
「期待させてすまないな。だが、そんな顔するな。変わりといってはなんだが、能力を与える」
「能力?」
「数秒間だけ直視したものの時間を遅くする。名を『刹那の眼差し』という」
「チートじゃん」
「距離が近ければ近いほど秒数は長くなる。剣術との相性もいいだろう」
そんなこと一言も言ってないのに、俺が剣道をやっていることを知ってる。心読まれたか。
「あの、何でこんなことしてくれるんですか?」
ふと、疑問に思った。話を訊く限り普通は天国か地獄に逝くのに、なぜ異世界行きの提案をしてくれたのだろう。
「それは、」
かざしていた手を下げると、白の世界に光が溢れ、目の前の神様を覆い隠した。
「今日が君の誕生日だからさ。来栖亮君」