四話
部屋に戻ると葵は鞄を放り投げて靴を持ったまま、ふすまの取っ手に手をかけ、力を込めてふすまを少しずつ開けていく。
ふすまは石を引きずる音を鳴らしながら動き、1人は入れるぐらい隙間を作ると葵は遺跡の中へと入っていく。
奥へと進み、広間に来るも昨日会った男がいない。
辺りを見渡していると外へと通じる通路に血らしきものが続いているのが見える。
「あの人。まさか!?」
葵は傷だらけのまままた戦いに行ったと思い、探しに行こうとすると後ろから足音が聞こえる。
音のした方に振り向くとそこには昨日巻いた包帯を真っ赤にさせた男が大剣を担ぎ、もうは片方の手で何かを引きずっている。
「来てたのか」
「ちょっと、傷は大丈夫なの!?」
「あぁ、もう治った。それと腹減ったから」
そう言って男は片手に引きずったものを葵に見せてくる。
一見外見は犬かと思うが、明らかにでかいし、何より牙が生えた鷲みたいな頭と山羊の様な頭を生やしている。
異世界っていろんな生物がいるんだなぁと葵は思いつつも、目の前の生き物が本当に食えるかどうか不安でいた。
「もしかしてそれを食べるの?」
「喰うか?」
男はそう言って謎の生き物を解体していき、あっという間に巨大な一つの肉塊にした。
葵は肉を調理するのかワクワクしながら見ているとなんと男は肉を無理やり噛みちぎって食べてしまった。
「えっ!? 生で食べるの!?」
「喰うか? うまいぞ」
男はそう言って肉を強引に千切ると、葵に差し出してきたので唖然としつつも肉を受け取った。
異世界での食べ方なんだろう。葵は真似して肉を噛みちぎろうとする。
口の中に広がる生臭さと鉄の味。体が飲み込みたくないと拒絶し、吐きたくなる。
簡単に言えばくそまずい。
「まずっ! あなたこんなの毎日食べてるの!」
「毎日ではないが、食べてる」
葵は男の味覚を疑いたくなる。正直こんなものを平気な顔で食べるぐらいならまだ明人の手料理の方がまだましだと思うぐらいまずいのだ。
葵は男の腕を掴み、そのまま部屋へと連れて行こうとする。
だが葵が踏ん張っても男は一歩も動こうしない。
「どこに行くんだ?」
「部屋! 私もお昼まだだから作ってあげる」
「何を?」
「ご飯だよ。ほら、こっち」
何がなんだかわからない様子の男を連れて部屋に入る。
ふすまを閉め、男をそこら辺に座らせると肉の調理に入る。
まだ血がついているのでよく洗い、調味料で誤魔化しながら炒め物を作る。
全部作るのに30分近くかかり、大皿にてんこ盛りの炒め物が出来上がった。
葵は大皿をテーブルに置き、自分の箸とフォークを持つとレオとテーブルを挟んで座った。
「なんだこの茶色いの?」
「あなたが持ってきた肉」
男は驚きつつ、手で持とうとするので葵はフォークを渡す。
「誰かを殺しに行くのか?」
「違うよ。これで刺して食べてごらん」
男がフォークを武器ように持ち、恐る恐る肉を指すとそのまま口に運ぶ。
「うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
男が大きく叫び、部屋一体がまるで地震でも起きたのかと言わんばかりに振動した。
鼓膜が破れそうな声量に葵は耳を塞ぎ、男の方に視線を向けると男は目を輝かせながら肉を次々と食べていく。
おいしいんだろう。あんなにあった肉がもうない。
それに気付いた男は慌てて謝ってくる。
「す、すまない」
「ううん。でもよかった。初めて使う食材だったから不安だったんだ」
葵は食器を洗いに行くために台所に向かう。
食器を洗っていながら男の名前をまだ決めていなかったことに気付く。
頭の中であーでもない。こうでもないと悩みながら考え、食器を洗い終えてやっと一つの名前が思い浮かぶ。
「ねぇ、あなたの名前決めたんだけどさ、レオってどう?」
「なんとでも呼べばいい」
葵は今日会った獅生に申し訳ないと思った。中々インパクトがあって使ってしまった。
男――レオは特に嬉しそうな感じはなく、窓の外を見ている。
「どうしたの?」
「お前はこんな息苦しい場所で生きてるんだな」
レオはそう言って異世界に戻り、葵に向けて手を伸ばす。
「来い。俺が広い世界を見せてやる」
葵はレオに言われるがまま手を掴む。
するとレオは軽々と葵を右肩に乗せる。
肩幅が大きいせいかまるで椅子に座っているような感覚だ。
レオは葵を片手でしっかりと固定すると大剣を片手に持って遺跡を駆けていく。
まるで車の助手席に乗っているような感覚だ。何しろ人が走る速度ではない。
レオは葵に気を使っているのか木の枝にぶつかりそうになると身をかがんで避けてくれる。気を使ってくれるのは嬉しいが、もう少しゆっくりしてくれないと怖くてたまらない。
森を過ぎ、山の頂上目指して駆け上がっていく。
「ここだ」
レオが連れて来たのは山の頂上だ。
マンションや工場など一切なく、田舎の様な大自然が広がっている。
ポツポツと街が見え、遠くには西洋のお城みたいなものが見える。
標高が少し高いせいでちょっと呼吸が苦しいものの、そこから見える景色は絶景の一言に尽きる。
「綺麗……」
「この世界は八つの種族に別れている。俺達みたいな奴から羽が生えていたり、口から炎を出す奴までもいる」
「へぇ。ねぇ、その内そこにも連れて行ってよ」
「あぁ。連れて行く」
しばらく景色を眺めた後、レオが「帰るか」と呟いてきたので葵は頷いた。
山を下ろうとした時に反対方向から足音が聞こえてくる。
「おやおや? バーサーカーがこんなところで何をしているんですかねぇ?」
猫背で真っ赤なローブを羽織った細目の男が笑みを浮かべながら立っている。
男の後ろには部から式黒づくめの人が何人もいた。
葵が心配してレオを見るとレオは歯をむき出しにしながら男を睨み付けている。
「そんなに睨まないでくださいよぉ。いつもあっている仲でしょう? おや、 おやおやおや? 誰ですかあなた?」
男が葵の方に気付いて声を掛けてくる。
明らかに怪しい人物である。あまり自分の名前を話したくなかった。
葵が黙っていると男は何かを思い出したかのように掌に拳を打った。
「先に私から名乗らないといけませんでしたねぇ。いや~失敬失敬」
男はそう言って深くお辞儀をすると名乗り始める。
「私、ルトマニア王国専属研究員所長のバラリアン・ルーと申します。以後お見知りおきを」
ルーはそう言って「さ、あなたは誰ですか?」と声を掛けてくる。
相手が名乗ってきた以上こちらも名乗らないと相手にとって失礼なのではなかろうか?
葵は名乗ろうとした時にレオに止められる。
「こんな奴に口を出すな」
「おやおや、冷たいですねぇ。 それにしてもあなたはどうやってこの化け物を手なずけたのですか? 実に興味があります」
「この人は化け物なんかじゃない! 立派な人じゃない!」
葵の言葉にルーは目を丸くしていたが、その次に腹を抱えて笑い始める。
なんだかむかつく。態度や仕草がまるで人を馬鹿にしているような感じだ。
「いや~。失敬失敬。まさかバーサーカーのやったことを知らない人がまだいるとは思いませんでしてねぇ」
「やったこと?」
「やめろ!」
ルーはレオの言葉を無視して話を続ける。
「貴方が今まさに乗っている化け物は十年前に人を含めゴブリン、ドワーフ、エルフ、マーメイド、ハーピィの王国を半壊し、そしてドラゴニュートとビーストの大部隊にたった一人で立ち向かって全員殺したんですよぉ。今はだいぶ大人しくなりましたが、私にとっては十年たった今でも変わらない風貌と唯一魔力を使えるので実験材料にしたくてしたくてたまらなくてぇ」
レオは無言だ。長髪で顔は見えないが明らかに激怒している。
ルーはそんなのお構いなしに話し続ける。
「あなた、どうやってそんな化け物を飼いならしたんですかねぇ? ぜひとも知りたいですねぇ。 いや、あなたを実験したいですねぇ。ぜひとも解剖したいですぅ」
ルーの合図と同時に黒ずくめの人が各々の武器を構え始める。
葵はレオに下ろされ、離れて行った。
レオの周囲に赤い稲妻が走り始めた。 ごわごわの黒髪は赤色に変色し、レオの体の周りに淡い赤色の炎を纏っているように見える。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
空気がレオの咆哮で振動する。
空には数えきれない鳥とドラゴンが飛び、地面には小動物や虫が逃げていく。
黒ずくめの人たちは逃げずにレオに向かって襲い掛かっていく。
レオは剣で斬られようが槍で腹部を刺されようがお構いなしに黒ずくめの人を大剣で真っ二つにしていく。
実際に人が死んでいるのを見た葵は吐きそうになるも堪える。
「やはり欠陥品だけじゃ足りませんねぇ」
ルーは手を三回鳴らした。
するとルーの奥からレオよりも身長がずっと高く、ジェイソンの様な仮面をかぶった筋肉隆々の人が戦斧を持って三人現れる。
まさに巨人だ。
「うがあぁぁぁ!」
レオは黒ずくめの人を蹴散らし終えると次は巨人に向かって走って行く。
巨人の戦斧が下ろされ、体に深々と傷を作るもお構いなしに巨人に向かって大剣を振う。
たとえ深く切り裂かれようと、腕が吹き飛んだとしても淡い炎が傷を治し、レオは戦いに向かう。
巨人と戦うレオを見て葵は感じた。
まるで狂戦士だ。
レオが巨人を倒し終えるもルーはいつの間にか姿を消している。
レオは怒りに任せて暴れ始める。
地面は抉れ、木々は何本も倒れていく。
――早く止めないと!
「やめてレオ! もう敵はいないよ!」
葵の言葉にレオは耳を傾けてくれない。
続けて何度も声を掛けるがレオが止まる気配はない。
葵は勇気を振り絞って暴れまわるレオに近付いていく。
石が飛び、頬を斬り、木の枝がぶつかり、怪我を負うも懸命にレオの元に向かう。
レオの元に行ったって何が変わるかわからない。だけどあんなに苦しそうに暴れている姿をほっとけない。
葵がレオの近くに来た時だった。
レオが葵の方に振り向き、雄叫びを上げながら大剣を振り下ろそうとする。
葵は咄嗟に目を瞑った。
しかし、体に何の変化はなく、恐る恐る目を開けるとそこには硬直したままのレオの姿が見える。
大剣が手から滑り落ち、鈍い音を辺りに響かせた。
そしてレオは頭を抱え苦しそうにもがき始める。
葵が心配して駆け寄ろうとするも「来るな!」と制した。
少し時間がたつとだんだんレオの体にまとっていた淡い炎は消え、髪も元の黒に戻った。
レオは立ち上がり、ボロボロの葵を見た。
「ごめん。ごめん……」
レオはボロボロと泣きながら謝った。
葵は思った。やっぱり優しい人だと。




