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二話


壁にぶつかる葵を見かねてなのか、男は大剣を杖代わりにして石扉まで案内してくれた。

 はたして元の世界に帰れるのだろうか? こういった異世界に行くアニメってだいたいが元の世界に帰っていないものが多いと思い出す。


 葵は神にすがる思いで押入れと連動している石扉を引いた。

 扉が動き、中を覗くとアパートの部屋が見える。

 葵は安堵の息を吐きながら靴を脱ぐと、部屋の中に入る。


「ありがとう」


 男は何も言わない。無関心なのかそれとも照れてるのか黙っている。

 

「私、相原葵。あなたの名前は?」


「俺に名前はない」


 男は葵に背中を見せ、自分の住処に帰ろうとする。

 その背中が何だか寂しそうに見え、「ねぇ、待って!」と呼び止めてしまう。


「明日、また会おうよ。その時までにあなたの名前を考えておくから」


「明日……」


 男は頷くとそのまま無言で帰ってしまった。

 葵はふすまを閉めると、どっと疲れが出てしまったのかその場に座り込んでしまう。


――なんか、ついさっきのことが夢みたい。


 葵が時計を見ようとした時、ドアの鍵が開く音が聞こえる。


「たっだいまぁ! 今残業が終わって帰って……何で靴持ってるの?」


 部屋に入ってきたのは明人だ。

 よれよれのスーツ姿に髪は相変わらずぼさぼさ。無頓着と言えばいいのか、だらしないと言えばいいのか。とにかくもう少し身だしなみは整えてほしい。


「お帰り。ご飯にする? それともお風呂入っちゃう?」


 葵が何気なく明人に聞くも明人からの反応がない。

 ちらりと明人を見るとなぜか嬉しそうにガッツポーズしている。


「何してるの?」


「いや、いつも一人だったからさ。妹でもそんな言葉を聞くとなんか嬉しくって」


明人が嬉しそうにしつつ「最後にそれともわ・た・しって入れると最高だったな」と言ってきたので葵は軽く明人の脛を蹴るとご飯にするために冷蔵庫を開ける。


「ビールとつまみと気持ち程度の卵と豚肉しかない。よくこんな食生活で耐えてたね。正直若干引くレベルだよこれ」


「お前にはわからないと思うけどな、仕事終わりの酒って最高に旨いんだよ」


 葵はため息を吐きつつも卵と豚肉を取り出す。


「明日食材買っておくからビールどうにかしてよね」


「えぇ! 待ってくれよ、おビール様を簡単に手放すなんて俺にはできない! おビール様は俺にとって彼女と同等の存在なんだ!」


 明人の抗議を無視しつつ、葵は卵と豚肉を砂糖と醤油で甘く炒め、皿に盛った。


「ねぇ、炊飯器どこ?」


「おビール様を置いておくなら教えてやってもいい」


「今日夕飯抜きにされたくなければ教えて」


「家に炊飯器なんてございません」


 あっさり吐いた明人に葵は大きくため息を吐いた。


「なら今日はこれだけだからね」


「うん。ありがとう葵」


 明人はお礼を言いつつ冷蔵庫に向かっていくので葵はスーツを掴む。

明人のやろうとしていることは葵にとって筒抜けである。


「今日から一ヶ月はビール禁止! これ以上しこたま飲んだら将来早死にするよ!」


「分かってるんだけど――」


「言い訳しない!」


 明人はしょんぼりしながらも手を合わせて「いただきます」と呟いた。

 明人が炒め物を食べようとした時、葵は何かを思い出したかのように明人を制す。

 葵はキャリーバッグを開け、中から母親と父親の写真が入った写真立てを取り出し、テーブルに置いた。


「じゃ、いただきます」


「いただきます」


 葵と明人の二人で夕食を取り始める。

 何の話もなく二人は黙々と炒め物を口に運ぶ。


 葵は先に食べ終えてご馳走様をするとキャリーバッグの中を整理し始める。


「平気そうにしているけど。大丈夫なのかよ」

 明人の言葉に葵は涙ぐみそうになるが、こらえる。

 正直とても泣きたい。ずっとため込んだ感情を全部吐き出したい。でもそれをしてしまうと兄には迷惑をかけ、空の上にいる父親と母親にそんな泣き顔をみせて不安がらせてはいけない。もう私はこれから先も大丈夫だと見せなくてはならない。

 葵は目の前にいる明人に笑みを作りながら心配かけまいとした。


「大丈夫。私は何ともないよ」


 明人は「そうか」と答えると後片付けをしに台所に向かった。


 ――しっかり笑えていたかな?


明人の気持ちはいくら家族の葵でもわからない。

安心しているのか。もしくは心配しているのか。葵はいくら考えても答えが出ない問題を保留にし、陰湿な空気を和ませるために、今日異世界に行ったことをある程度はぐらかして明人に伝えようと考えた。


「突然なんだけどさ。もし異世界に行けるとすればどうしたい?」


「葵からアニメの話題に触れるなんて珍しい。そうだな、その異世界がテンプレートじみた異世界なら俺はもうそっちで生活するな。そっちの方が楽しいし。もしかしたらそっちの世界でハーレムが出来るかもしれないしな」


 予想していたのとまったく同じ答えに葵は苦笑しつつ「お兄モテないから異世界に行っても一人でスライムと戦ってそう」と答える。


「何を! 俺にかかれば魔王なんてすぐに蹴散らして後の余生を俺のことが好きな10人から20人の女性にちやほやされるんだよ」


「夢にも程があるでしょ。コミュ障で非力なお兄にはスライムがお似合いだよ」


 葵はキャリーバッグから荷物を全部取り出すとどこにしまおうか悩む。


「お兄。服とかどこにしまえばいい?」

「押入れ使えよ。こう見えても一人暮らしを始めてから常に掃除を心掛けているからスペース結構余っているぞ」


 明人がふすまに手をかけて開けた。

 そこには葵がつい先ほどみた異世界の光景はなく、ただ布団とタンスが置かれている。

 葵は押入れに近付き、手を近づけて触れようとするもそこにはただの木の感触がするだけだった。


「どうした葵? 言っておくがエロ本はないからな」


 明人の言葉を無視しつつ、葵は一旦押入れを閉めてもう一度開けようとする。

 すると入った時と同じ重みを感じる。


――もしかして私しか開けることが出来ないの?


「お兄。ふすまを開けて」


 明人は首を傾げながらもふすまは開けた。

 そこにはさっき見た押入れの中が見える。

 葵は秘密がどこかにあるのかもと思い、押入れの中に入って漁り始める。


「お、おい。何してんだよ」


 少々戸惑っている明人を差し置いて押入れを探していると何冊か本が出てくる。

 本に書かれている内容はとてもではないが女子高生になる前の少女が見てはいけない代物だ。葵は何も言わずそっと元の位置に戻した。

 兄の性癖が捻じりに捻じ曲がっているとしても葵は特に怒りもせず、悲しみもせずにただ笑みを浮かべた。


「たとえお兄がどんな性癖を持とうと私はお兄の家族だよ」


「やめろ! そんな目で俺を見るな!」


 明人の隠した物には特に触れず、一通りの荷物を押入れの中にあるタンスにしまい、さっさと風呂に入った葵。

 時刻は21時半を過ぎている。

明日は高校の入学式だ。万全で挑まなければならない。

 少しでも体力を回復させるために布団を敷き、寝に入る葵と明人。


「荷物どれぐらい来るんだ?」


「食器とか、冬服とかかな? 家具は全部リサイクルショップに売ったからそんなに荷物はないよ」


「そっか。まぁ部屋には入るだろ」


「いろいろ迷惑かけちゃってごめんね」


 葵が誤ると明人は「そういう時はごめんなさいじゃなくてありがとうだろ?」と言った。

 いつもはだらしない兄だが、変なところで男らしさを見せるのは少しカッコイイと思ってしまう。

 

「さて、早く寝るぞ」


 明人は布団をかぶって葵に背を向けた。

 寝顔を誰にも見せたくないのは昔と変わらない。


――そう言えばあの人の名前考えてなかった。


葵は異世界にいる男を思い浮かべ、名前を考え始めるも睡魔に負けてしまい、いつの間にか寝息を立て始めたのだった。


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