一話
『次は豊吉、豊吉です。出口は右側です』
車掌のアナウンスを聞いた相原葵はゆっくりと目を開け、眠気眼を擦りながら辺りを見渡す。
外は夕暮れになっており、車内にはちらほらと老人や子連れの主婦が座っている。
葵は電光掲示板を確認するとゆっくりと立ち上がり、キャリーバッグを転がして出口に立つ。
ドアが開き、目的の駅である豊吉駅に降りるとうんと背伸びをした。
春風に長い黒髪がなびき、日焼けの無い真っ白な肌に浮かぶ汗が引いていく。
鞄を開けると中に入ってあるお手製のお握りが潰れており、大きくため息を吐く葵。
「なんか変な夢見ちゃってたな」
葵は改札を出て外に出ると、鞄の中からスマホを取り出して兄である相原明人にSNSでメッセージを送る。
『豊吉についたから先に部屋に入ってるよ。色々迷惑かけるかもしれないけどよろしくね』
スマホをしまおうとすると直ぐに明人からメッセージが届いた。
『承知した。仕事が終わり次第至急向かう。以上』
相変わらず硬い文章に葵は『そんな硬い文章じゃ、彼女出来ないぞ』とメッセージを送ると地図アプリを開いて目的の住所を打ち込み、アプリに従って歩いて行った。
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だいたい10分そこそこで目的のアパートが見えてくる。
錆びついた階段を上り、206号室の前に来ると鍵を開けて中に入る。
部屋の中は特に物が散乱しているわけでもなく、汚くもないいたって普通の六畳間の部屋だ。
「ふーん。ちゃんと掃除はしてるみたい。よかったよかった」
葵はキャリーバッグを部屋に置くと押入れらしきふすまを見る。
「もしかして」
葵がふすまを開けようとするも全くびくともしない。
「やっぱり。全く相変わらず押入れに物入れる癖直ってないし」
葵が力を込めて開けようとするとふすまは少しずつ動いていく。
人一人入れるぐらいまでのスペースを確保すると押入れを覗いた。
「なにこれ……」
押入れの奥は石造りの遺跡が見える。
ちょっと埃っぽく、葵は思わず咳き込んでしまう。
葵は何度も目を擦ったり、頬をつねったりしても目の前の光景は変わらない。
葵は恐る恐る遺跡に向かって手を伸ばし、地面に触れる。
足に石の感触がする。掌についた小石を払うとパラパラと部屋に落ちていく。
まぎれもない現実だった。今葵の目の前に広がる景色は実際に存在するのだ。
「嘘でしょ……」
恐怖よりも好奇心に負けた葵は急いで靴に履き替え、遺跡の中に入っていった。
どうやらふすまと繋がっているのは遺跡の石の扉らしく、閉めるのに一苦労する。
スマホのライトを頼りに少し進むと壊れている石像や謎の壁画が見え、さらに奥に進むと開けた場所に出た。
天井は丸形に開けており空の景色が見える。
壁には何体もの壊れた石像と武器が配置されており、奥にはでかでかと大きい壁画と棺の様なものが見える。
壁画はボロボロだが、小人に向かって人が祭っているように見える。
「何だろうこれ」
葵は壁画をまじまじと見ていると後ろから足音が聞こえてくる。
驚いた葵は咄嗟に棺の後ろに隠れる。
「おい、本当にやるのかよ」
「当たり前よ。俺は早く上り詰めて楽になりたいからな」
「がはは、欲に忠実だな」
声からして男性が三人ぐらいだろうか。流暢に日本語を使うあたり日本人なのだろう。
葵は恐る恐る棺から三人組を覗いた。
背はかなり低く、小学校低学年ぐらいだろうか。体全身緑色で簡素な皮鎧を付けている。
耳と鼻は高く、目は昔の少女漫画みたいに大きい。
手には木でできた盾と刃が分厚い剣を持っている。
葵は自分の目を疑った。完全にあれは人ではなく、よくゲームとかで雑魚モンスターとして出てくるゴブリンだ。
葵は一つの答えが出た。
ここはよく映画やアニメの題材になっている異世界なのだと。ゴブリンを見て確信した。
葵はあまりにも驚いてしまい、足音を鳴らしてしまう。
「誰だ!?」
一体のゴブリンが音に気付き、棺の裏に隠れる葵を見つける。
ゴブリンは醜悪そうな笑みを浮かべ、葵の髪を掴んで棺の裏から引きずり下ろす。
「おおーい。人族の女がいたぞ!」
「マジか! すげぇな。こんな場所で見つかるなんて俺らついてるんじゃねぇか」
「早く食おうぜ。腹減ってきたぞ」
二体のゴブリンに身動きを封じられ、振りほどこうとするも力が強くて振りほどけない。
「いやっ! 離して!」
一体のゴブリンが剣を持って今にも降りかかりそうだった。
自分の好奇心のせいで今まさに殺される。葵は後悔しつつ、目を瞑った。
――ザシュッ
斬りつけられたが、痛みはない。
葵は目を開けるとそこには剣を持ったゴブリンの胴体だけが見える。
自分の目の前で倒れ、ゴブリンの首から大量の血があふれ出ている。
「俺の縄張りで何している」
ゴブリンの後ろには2メートル以上もある傷だらけの大男が大剣を片手に立っている。
ごわごわの黒い長髪のせいで顔は見えないが、明らかに激怒しているだろう。
「ひっ、で、でたぁ!」
二体のゴブリンが葵を離して大男に向かって剣を構えるも大剣に胴体を真っ二つにされてしまう。
一瞬のうちに三体のゴブリンを殺した大男は葵の方に向かってくる。
次に殺されると思った葵は逃げようとするも大男は途中で止まり、そのまま地面に倒れてしまった。
「ちょっと、大丈夫ですか」
男の体から血が溢れ、地面に真っ赤な池を作る。
葵は急いで元来た道を戻り、部屋へと戻ると外に出て財布を持ってコンビニに駆け込む。
包帯とガーゼや消毒液を買うと走って遺跡に戻ると男の元へと向かう。
何とか男を転がし、無い知識を振り絞って傷口の治療をしていく。
何時間かかったかは分からないが、もう空は暗く、スマホのライトを使って辺りを明るくしながら男の看病に尽くした。
男が目を覚ました。無理に体を起こそうとするので葵は横たわらせる。
男は自分の体に巻いてある包帯を気付き、何度も包帯に触る。
「これはお前がやったのか」
「そうだよ」
葵はポケットから潰れたお握りを取り出し、男に差し出す。
「なんだこの幼虫の塊は?」
「お握り知らないの。幼虫じゃないから安心して」
葵はお握り男に渡す。男はどこか慎重にお握りを食べると、気に入ったのかあっという間に平らげてしまう。
「それだけ食欲があれば大丈夫そうね」
葵はふと時間が気になってスマホの電源を入れようとするも電池切れ。
葵は帰ろうとするのだが、暗すぎて歩いても壁にぶつかるばかりで全く出口に到達できないでいた。




