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序章


――私、死ぬのかな。


彼女は包帯越しから見える真っ赤な血を見ながらそう思っていた。

住んでいた家と周囲の木々は燃えていて、ここから近い街は山を一つ越えないといけない。助けなんて呼べるわけもないし、逃げたとしてもこの体では街に着くころには死んでいるだろう。



「くそっ! 何で止まらないんだよ!」



 彼女の傍で包帯を用意しつつ、必死の形相で涙をぽろぽろと流している男がいる。

 今時珍しい黒の短髪で優しそうなたれ目。ただ顔に似合わず図体がでかくて泣き虫だった。それのせいなのか幼少時はよくバカにされていたなと彼女は思い出していた。



「元兵士がそんなに号泣しない。いつも言ってるでしょ? それに、私の夫なら、もっと男らしくしなさい」



喋るたびに体が悲鳴を上げる。傷口からはどんどん血が溢れていく。

彼女は自分があと数分で命が尽きようとわかっていた。それでもなお、泣き虫の夫のために平然を装っている。


 男は腕で涙を拭うと彼女を慎重に抱きかかえ、燃える森の中を走って行く。

 あんなにも美しかった森は今では無残な姿に変わっている。


 男が急に立ち止まった。

 何事かと彼女は男が見ている方に視線を向ける。

そこには金色の髪に長い耳が特徴的なエルフの青年が下卑た笑みを浮かべながら立っている。手には細剣を持っており、今にでも斬りかかりそうだ。

 


「あはは、あなたの考えなんてお見通しなんですよ」


男が青年から逃げようとするも反対側には青年と同じ鎧を着た兵士がぞろぞろと現れる。

いつの間にか待ち伏せされており、兵士に囲まれてしまった。



「どうですか、愛する人が今まさに死にそうなのは! 私は嬉しくて嬉しくてたまりません! 隊長――元隊長。あなたは今どんな気分なのですか?」



青年の合図で周りにいた兵士が襲い掛かってくる。

男は両腕で彼女を守りながら青年と兵士から逃げようとする。

たとえ斬られようと、剣が体に刺さろうとその足は止めなかった。



――もうすぐ。私は死ぬ。



彼女は男の顔を見る。

何十年も見てきた男に二度と会えないと思うと悲しみがこみ上げてくる。

 


――死にたくない。死にたくない。死にたくない。



彼女は走馬灯の様に男に出会って楽しかったことや悲しい事が沢山思い出していく。



――死にたくない。死にたくない。死にたくない。



意識が虚ろになっていき、体がだんだん冷たくなっていく。

 最後に何か言わなければと男に向かって彼女は口を開いた。


「あなたを。もっと……」




――愛したかった。






彼女はゆっくりと瞼を閉じて未練を残しながらその生涯を終わらせた。


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