242日
「初めまして、こんにちは、佐倉と申します。ほら、あなたもしっかり挨拶をするのよ」
「……こんにちは」
予定の合う日を探してもらって、彼女の体調はあまりいい方ではなかったのだけれども、無理はしない程度だということで、僕たちは早速、彼女とその母親に会いに行った。
父親はいないのだそうだが、初対面ということもあって、詳しい話は聞かなかった。
わかるのは、彼女がその年齢にして子を授かることとなったのは、父親がいなくなったことが関係しているということだ。
詮索はするべきでない、のだろう。
少女のお腹は想像していたよりも大きくなっていて、風貌で判断するつもりはないけれど、少女の髪型や色、化粧は神様というには派手であった。
立派な家であるところと、お淑やかなは親の雰囲気、そして何よりそういった恰好をしていても、丁寧でしっかりとした彼女の言葉遣いには、一時の気の迷いなのだろうとは思う。
それはファッションであるから、それだけのことで、差別をしたり軽蔑をしたりするようなつもりはない。
けれどその少女と風貌と風格がミスマッチであるように思えた。
当の少女と、その母親が、二人で並ぶ。
僕と、やはり体調が優れない様子の彼女が、机を挟んで反対側に並ぶ。
僕に紹介をしてくれた知人が、なぜか座りもせずに、落ち着かないで歩き回っている。
「これでお互いのことは、なんとなく知れたわけです。一生を左右する重要な決断となるのかもしれませんし、その赤子にとっては人生の決断そのものなのです。遠慮など必要ないのです! 取り引きを破棄するのなら、今しかありませんよ!」
何がそんなに楽しいのか、調子に乗って知人が語る。
話し方が腹立たしいが、人生の決断だというのはそのとおりなのだから、言葉ごと否定することができず腹立たしさが増す。
紹介をしてくれたこと、感謝はしている。
だけれども、人生の決断だとわかっているのなら、なぜそれを茶化すようなことをするのだろう。
その態度が僕には理解が苦しかった。
「僕たちはあなた方を疑う理由がございません。可能でしたら、連絡先でも交換できないでしょうか? そうしたら、いつでも指定なさった日付に、会いに参ります。腹を痛めた子でしたら、会いたいに決まっているのです」
少しの間、そして……
「わかりました。是非」
少女の方から答えてくれたのだった。
それを見ている母親は、彼女の母親というよりも、母親の先輩というように見えた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
連絡先の交換を終えると、食事を食べていくよう勧めてもらったが、僕たちはすぐに帰ることにした。
ずっと僕は心配していたのだが、彼女の顔色が愈々悪いのだ。
早く家に帰らなくてはいけない。
自家用車を持っていないこと、そして僕が免許を持っていないことを、すごく恨めしく思えた。
来るときには電車で来たのだが、駅まで連れて行くのも辛いし、このまま彼女を電車に乗せるのも僕には辛い。
所持金を確認して、タクシーを呼び出す。
どうせ家へと向かっているのだから、足りなかったときには、家から現金を持ってくればいいか。
それよりも今は、早く彼女を家へと連れ帰って、布団で寝かせてあげなくちゃいけない。
息が苦しそうなのを見ていられなかった。
タクシーが来ると、彼女を乗せて僕も飛び乗った。
「道を説明しながら行くので、急いで、今すぐに出発してください」
一つ一つ道を説明しながら、あとどれくらいで着くものか心の中で数えているうちにも、彼女の息はより苦し気に聞こえてくる。
急げ。もっと急いでくれ。
「僕の肩を使って、眠っていてくれて構わないから」
そう言うのに彼女は頑なで、眠ろうとはしてくれない。
きっと僕が彼女をタクシーから降ろす、その苦労を心配してくれているのだろう。
僕の筋力を考えたなら、頼りないのも納得だ。
家に帰るよりも、病院へ連れて行くべきだろうか。
いつもの病院へ向かってしまって、家までよりも少し距離が離れるけれど、一体お金は足りるだろうか。
それは無理だろう。
現金を持ち歩く習慣がない自分もまた、恨めしく思える。
家に到着する。
僕の所持金も彼女の体力も、限界に近いようだったから、時間としても距離としても本当にギリギリだったものである。
ほっと安心したら、僕も彼女の隣で眠りについてしまっていた。