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355日


 それから一週間と少しばかり、彼女の看病をしながら仕事をしていた。

 基本的に僕は家から出ることが好きではないし、人に合わせることも、規則的なことも、集団行動も苦手である。

 それだけで選んだ職業だけれど、今は最高の選択だったと思う。

 キャリアも積み重ねたもので、彼女の看病が必要になる最近では、看病をしながらの仕事でも収入が足りるところまでやって来た。


 僕が職業を選んだあの時点から、僕たちの運命は始まっていたのだろう。

 家からほとんど出ない僕だ。

 人と出会うことなんて、ほとんどありはしない。


 そして彼女も屋外にいることはほとんどないのだ。

 人と出会うことなんて、ほとんどありはしないだろう。


 そんな僕たちが出会えたことを、運命と言わずになんと言えよう。

「何を考えているの? 仕事の手も止まって、あなたらしくないよ」

 彼女に言葉を掛けられて、すっかり考え込んでしまっていたことに気が付いた。


 回想に入るなんて最悪だ。

 終わりに近付いているように思えるじゃないか。

「何を考えているの、か。……さすがの僕も恥ずかしいから、言いたくないかも」

「え? それは、仕事の手が止まっていることよりも、あなたらしくないことね。まさかあなたが、恥ずかしがって、私に言えないようなことがあるなんて思えないわ」

「ちょっと、それは失礼なんじゃないかな?」

 そんな彼女も可愛らしいのだけれどね!


 桜の花は完全に散ってしまったが、彼女は反対に元気になったように思える。

 桜の花が咲く頃に、彼女の体調がよくなったものだから、彼女はやはり桜のようだと思ったものである。

 しかし散り際なんかじゃなくて、健康的な姿が可愛らしい彼女は、桜なんかではなかったようだ。


 桜が咲く頃に元気になって、桜が散る頃にはさらに元気になった。

 もしや、これから彼女の体調は、本当によくなってくれるのかもしれない。

 桜に込めた願いは、叶えられるのかもしれない。

 僕と彼女の愛の力、導く運命の力、きっとそうだ。


 今日はもう仕事なんてする気分ではなかった。

 一日のノルマは明らかに達成できていないけれど、今日の僕は、元気な彼女を祝福したい。

「今年は祭にも一緒に行けるかしら。秋には山登りしてみたいの。紅葉を見ながら、栗とか梨とか、柿なんかも食べてみたいわ。雪遊びもしたいの」

「僕も今それを言おうと思っていたんだ。元気そうだから、いろんなことに誘っちゃおう、とね」


 迷惑を掛けたくない、彼女はいつだってそう言うものだから、かなり意外なことに思えた。

 最期くらい頼ってもいいじゃないのよ、それがあの人のためでもあるのだわ。それに、たくさんたくさん思い出を作りたいの。

 言葉にしない想いが、痛いくらい伝わって来た。


 彼女らしいことだ。実に彼女らしいことだ。

「あら素敵、ありがとうね。私、柿を食べたことはあるんだけど、お腹を壊してしまったから、それ以来は食べたことがないの。だから私は秋の柿が食べたいわ」


 それからも、僕たちは夢を語り合った。

 今年全て叶うはずの、夢を語り合ったのだ。


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