3日
「本当に可愛いわね。私たちの子ども、……信じられないわ」
どれだけ彼女が拒絶しようとも、僕は毎日病院へ行くことにしていた。
仕事は再来週くらいの分までやってあるから、最悪、あと一カ月は何もしなくたって大丈夫だろう。
今は仕事なんてしている時間はない。
佐倉さんから引き取った子どもを、毎日連れて、彼女の腕に抱かせるのだ。
少しでも彼女に子どもの愛を知ってほしい。少しでもこの子に彼女の愛を知ってほしい。
僕の妻というのを、母親というのを、知らない子にはなってほしくないのだ。
これからだって実の母親である佐倉さんに会うつもりはあるし、会ってもらうつもりもあるけれど、それとは別に僕の妻という母親を知ってほしい。
母親は、父親の妻であることを感じてほしい。
こんな赤ちゃんが憶えていられるわけがないにしても、彼女の愛が記憶じゃない場所に残ると信じて、それに……僕が彼女の母親らしい顔が見たくて。
毎日、僕は病室に一日中いるのだった。
彼女を信じていないわけじゃない。けれど、認めなくてはいけないときは、逃げようとしても来てしまうのだ。逃げられないのだ。
「新しくやりたいことを思い付いたわ。私ね、母親として、我が子を叱ってみたいの。だから元気になって頑張らなくっちゃね」
ニコッと笑って彼女が抱き締めたところ、なぜだか泣き出してしまったのだった。
一人の病室なものだから、隣のベッドの人に迷惑だとかはないけれど、隣の部屋にも聞こえてしまうかもしれない。
具合が悪いから入院しているのだろうし、今、眠っている人だっているだろう。
「ど、どうしたら、ねえ、どうしたらいいの? 泣か、泣かないでよ、どうしよう……。え、私って、もしかしてだけど、嫌われてるの?」
大人しくて、ほとんど泣かない子だったので、彼女が動揺してしまっている。
動揺のあまり、彼女まで涙目になっているように見えた。
「嫌われているだとか、そういうことはないよ。お腹でも空いたのかな、それとも、オムツを替えてほしいのかな。眠いのかもしれないね。あと、本にはなんて書いてあったかな」
家で泣いたときは落ち着いて対処できたのに、彼女の動揺が移ってしまったのか、僕までなんだか動揺してしまうようだった。
子育て、これから先が思いやられることである。
いつだって彼女の微笑みが僕を見守ってくれているとしても、こんな穏やかな母親なのだから、僕が父親として叱ったり躾けたりもしなくちゃいけないのだろう?
赤ちゃんのうちからこの状態で、……こりゃいけないな。
桜の蕾は、もう開き始めている。
満開までもあと少しだと思われた。




