4日
桜の蕾は少しずつ膨らんでいる。
去年はあれだけ元気だった彼女が、今年はどうしたことか、病院のベッドで寝込んでしまって、起きている時間さえもう僅かしかないのだ。
細い息で、一日のほとんどを寐て過ごす。
桜の花よりも今の彼女の儚いことは、だれから見てもそうであろう。
美しい花が咲くことは、もちろん嬉しいことであるし、散りゆく花の美しさも知っているつもりではあることだ。
桜の花吹雪に包まれて、認めざるを得ないその美を去年は否定した。
ならば今年はどうしたものか。
こうなっては、認める他ないだろう。
花ならば、花ならば僕は、否定だってできた。
けれど彼女の話がこうも近く重なってしまうと、無理だ、無理だよ、どうしようもない。
「今年も花見に行けるかしら。私ね、去年あなたと花見に行けて、とてもとってもとーっても楽しくって幸せだったのよ」
目が覚めたのか、後ろから彼女の声が聞こえて来た。
幸せだったのは僕もそうだ。
とてもとってもとーっても、楽しくって幸せだったのだ。
この一年を何度だって繰り返したい。
弱っていく彼女を見なければならないのは辛いけれども、それだって、彼女と思いきり全力で精一杯、楽しみまくれたんだから最高の一年に決まってる。
この最高の一年を、何度も見たいんだ。
時間を止めることなど叶わないし、先に進むことを拒むことを彼女は望まない。
実際に僕たちの子ではないが、彼女が残してくれた子だと思って、愛しい我が子を可愛がることが僕にできる唯一のこと。
それが彼女の望む道だ、きっとそうだ。
愛しい妻に縋るよりも、未来を、愛しい我が子を……
彼女がせっかく僕に残してくれたのだから、僕は、僕は…………。




