5日
最近の彼女は僕が会うことを拒むことがある。
前々からあったと言えばあったのだが、これほどまでに、彼女からの拒絶の言葉を受けるのは初めてだった。
それほどまでに、そうしなければならないまでに、彼女は変わってしまっているのだろうか。
思うほど苦しいし、口惜しいことである。
今度は、彼女が嫌だと言っても、会いに行くとしようか。
そうでもしなければ、本当に僕は、彼女の最期を見られないかもしれない。看取れないまま、終わってしまうかもしれないのだ。
そんなものでは、お互いに納得して終われないに決まっている。
本格的に彼女の死期が近いことを認め、諦めることにも繋がるかもしれないけれど、それが真実なのだから受け入れる他ないだろう。
僕だって、いつまでも逃げられるものだとは思っていない。彼女だって、いつまでも逃げていたいとは思っていないはずだ。
それなら僕には、それくらいの覚悟が必要なのだ。
僕の中の彼女を殺す覚悟が、実際に彼女が死んでしまう前に、必要になるのだ。
「どうしてあなたがここにいるの? 突然に来るようなことは、嫌だって私、ちゃんと伝えたはずよ」
押し入った僕への声は、聞いたこともないほどに冷たかった。
けれど僕は彼女の怒りを鎮める自信があった。
なんらかを僕がするというわけでもないのだが、ちょうど覚悟を決めるべきときが迫っていただけでなくて、今日である必要が僕にはあったのだ。
これもまた、僕にあったと言えば少しの語弊はあるかもしれないが。
数週前に佐倉さんが出産をされて、今日は遂に退院をした日なのだ。
一時は危険な状態に陥っただとかも聞いていたので、心配ではあったものだが、母子ともにどうやら無事だったらしい。
家でゆっくりしたいのではないかと提案をしたものだが、佐倉さんの方から「是非、本日すぐに」との要望であった。
入院している彼女の容体が悪化していることを知っているだろうから、手遅れにならないようにと、きっと早めてくれたに違いなかった。
妙な気を遣わせてしまったものだが、ありがたいことだと純粋に思う。
僕を責めるような口調だった彼女ではあるが、佐倉さんの姿を見てはそうもいかないことである。
「見苦しいところを見せてしまって、お恥ずかしい限りです。まあっ。その子が私たちの子、なんですね……。とっても素敵」
佐倉さんの姿を捉えて本当に恥ずかしそうにした後で、赤ちゃんが見えたのか、彼女は嬉しそうで……寂しそうな声で感動を告げた。
まるで未練はないとでも言うような、清々しい表情に変わったものだ。
もしかしたら、彼女が今までこの世にいてくれたのは、自分の子を一目見るためだったのかもしれない。
幸せそうな表情は、なぜだか僕をひどく不安にするようだ。
「…………」
見ると、彼女は静かに涙を流していた。
桜の花はまだ蕾。
あと少しで手が届くから、あと少しだけ待ってくれ。
全て終わったところで終わりにしたんだ。
僕にも彼女にも、そうする責任がある。




